
同業他社の台頭により、かつて稼働率が50%台まで落ち込んだホテルをインバウンドに特化する戦略で回復させた株式会社王宮。同社を率いる3代目社長の橋本正権氏は、「日本と世界の架け橋に」という使命感を抱き、従業員への大幅な権限委譲や充実した福利厚生など、独自の経営を実践している。厳しい状況からいかにして危機を脱し、「思い出づくりのテーマパーク」というビジネスモデルを形にしたのか。橋本氏の軌跡と経営方針を追った。
どん底からのV字回復 先見の明があった「インバウンド特化戦略」
ーーまずは、これまでのご経歴をお聞かせください。
橋本正権:
京都精華大学を卒業後、関西学院大学のMBA(経営学修士)で経営を学びました。長年にわたり社外の勉強会へ参加して実践的なビジネスを学んでいましたが、学術的な観点からも本格的に経営を深く学びたいと考えたのが進学のきっかけです。
その後、1997年に弊社へ入社したのですが、当時社長であった父は非常に体調が悪く、入退院を繰り返している状況でした。そのため、入社当初からフロントスタッフとしてのチェックインやチェックアウト業務、宴会現場でのサービス対応、さらには企業様への宴会の営業など、多岐にわたる現場実務をこなしていました。それに加えて、父が病気で不在の際には私が社長業の代行を担うなど、入社早々から現場と経営の両面を実質的に支えることになったのです。
ーー当時の社内や経営状況はどのようなものだったのでしょうか。
橋本正権:
2000年頃のことですが、同業他社との競争激化によって弊社のホテルの稼働率は50%台にまで落ち込み、深刻な経営危機に陥っていました。さらに社内に目を向けると、部門間の対立が激しく、人間関係の軋轢から職場の空気感も悪いような環境だったのです。「このままでは太刀打ちできない」と危機感を抱いた私は、「社員を幸せにし、社会に貢献する会社」にしようと、社外の勉強会で学んだことを活かして社風改革に乗り出しました。しかし、急激な変化に対して社内で猛反発が起き、結果として3割の社員が辞めてしまうという、まさにどん底の状況を招いてしまったのです。
ーー社員が激減し、稼働率も低迷する中、どのようにしてその危機を脱したのですか。
橋本正権:
人手も売上高もない絶望的な状況下で転機となったのが、当時中国で就職していた王宮の現専務である弟の存在です。彼は現地で海外からの訪日需要をいち早く見出し、帰国しました。まだ誰もインバウンド営業を開拓していなかった時代に、彼が自ら台湾や韓国、香港の旅行会社へ足を運び、直接パイプをつないでいったのです。ちょうどLCC(格安航空会社)が普及し始めた追い風もあり、海外のお客様を一気に取り込むことに成功し、稼働率は90%にまで急上昇しました。
ーー業績回復を経て、どのようにして現在の組織文化を育んでいったのですか。
橋本正権:
インバウンド特化という戦略が当たり、業績こそ回復したものの、社員の心からの笑顔ややりがいはすぐには生まれませんでした。「戦略や社風を良くするだけではうまくいかない。自分たちの仕事がどう社会に貢献しているのかという『使命感』が不可欠だ」と痛感したのが、現在の組織づくりの原点です。
あるとき、いつも不機嫌そうにしていたフロントスタッフがいきいきと笑顔で仕事をしていました。理由を聞くと、海外のお客様から「あなたのおかげで日本が好きになった」というアンケートをもらったというのです。そのとき、「私たちは日本を好きになってもらうために仕事をしているんだ」という使命感が明確になりました。それ以降、「日本と世界の架け橋になる」という方針に共感してくれる人を採用するようになり、現在では外国籍のスタッフが7割を占める、活気ある組織に生まれ変わっています。
独自のホテル運営 「思い出づくりのテーマパーク」と圧倒的な権限委譲

ーー貴社のホテルは、一般的な宿泊施設とどのような点が異なるのでしょうか。
橋本正権:
私たちはホテルを単なる滞在場所ではなく、「思い出づくりのテーマパーク」にしたいと考えています。そのため、着付けなどの日本の文化を体験できるイベントを毎日開催したり、夜には夜鳴きラーメンを無料で提供したりしています。お酒を含む40種類のドリンクも飲み放題です。
ーーそうした多彩な企画は、どのように生み出されているのですか。
橋本正権:
最大のポイントは、従業員への大幅な権限委譲です。弊社では、従業員1人につき20万円まで、事前の決裁なしで自由に使える権限を与えています。「これをやりなさい」と上から指示したり、費用対効果の報告書を求めたりすると、“やらされ仕事”になって面白くありません。ひな人形の飾り付けや輪投げの企画など、スタッフ自身が「お客様に喜んでほしい」と考え自発的に実行しています。これにより、お客様に感動を提供でき、それがお客様自身のSNSなどの口コミとなって広がるのです。多額の広告費をかけずとも集客できる好循環が生まれています。
離職率を下げる規格外の「社員第一」な福利厚生
ーー従業員が活き活きと働ける環境づくりのために行っている取り組みを教えてください。
橋本正権:
「社員と共に幸せと誇りを感じる会社」という方針のもと、手厚い福利厚生を用意しました。特徴的なのは医療費の補助です。社員が病気になったときは、最大50万円まで会社が医療費を負担する仕組みとなっています。高額療養費制度を利用すれば、がんの治療などでも大半は50万円に収まるため、社員は医療費の心配をすることなく安心して治療に専念できるでしょう。さらに、子どもが6歳になるまでは役職と給料を保証したまま復帰できる制度も整えました。安心して働ける環境を整えることが、社員のパフォーマンス向上に直結すると信じております。
ーーホテル運営以外にも、展開されている事業はありますか。
橋本正権:
「絆を深めるお手伝い」という使命のもと、宴会事業を展開しております。ここでは常識にとらわれない独自のサービスを提供しています。たとえば飲み放題は3時間に設定し、キャンセル料は当日1分前でも一切いただきません。また、横断幕の作成やプロジェクターの貸し出しなどもすべて無料で対応可能です。消防署やインフラ関係の方々など、急な出動やトラブルで直前にキャンセルせざるを得ないお客様にとって、このシステムは非常に喜ばれました。その結果、現在ではリピート率が90%を超える事業へと成長を遂げています。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせいただけますか。
橋本正権:
訪日需要の増加とともに土地や建築費が高騰しており、新規出店は容易ではありません。しかし、チャンスがあればホテル事業も広げていきたいと考えています。また、かつてのように国際線が止まり、ホテルや宴会事業が完全にストップしてしまうリスクに備え、社員を守るための新しい事業の柱も模索しています。「思い出づくりのテーマパーク」という考え方をさらに進化させ、どんな困難な状況でも社員を守り抜ける強靭な組織をつくっていきたいと思います。
編集後記
インバウンドの可能性をいち早く見抜き、V字回復を実現した株式会社王宮。その真の強さは「社員の幸せ」を第一に考える経営哲学にあった。スタッフへの権限委譲や手厚い医療費補助は、社員に対する深い信頼の証である。「日本と世界の架け橋に」という使命感を胸に、自律的に動くスタッフがつくり出すおもてなしの空間は、今後も世界中の人々を魅了し続けることだろう。

橋本正権/1973年、大阪府生まれ。京都精華大学卒業。関西学院大学専門職大学院MBA修了。1997年、株式会社王宮に入社。2012年、同社代表取締役に就任。