
1992年のバブル崩壊直後、未知の領域であるソフトウェア業界へ飛び込み、株式会社ゼネックコミュニケーションの前身となる有限会社を立ち上げた美馬芳彦氏。意外にも「当初は全く起業する気がなかった」と振り返る同氏だが、現在では世界的クラウドサービスである「アマゾンウェブサービス(以下、AWS)」の有力なパートナーとして、国内でも限られた認定パートナー企業の一社として高い評価を獲得している。指示されたものを開発する「請負型ビジネス」の限界を早くから見据え、急激なAIの進化によって従来型の開発スタイルが大きく変化していくことを数年前から予見。自社プロダクトを軸としたビジネスモデルへと転換した経営判断の背景と、事業変革の全貌に迫る。
起業の意思はゼロ 社員の雇用を守るため未知のソフトウェア業界へ
ーーまずは、会社を設立された経緯を教えてください。
美馬芳彦:
当初は起業するつもりは全くありませんでした。私が責任者を務めていた事業部が閉鎖することになり、関わっていたスタッフや業者の次の仕事を探して、私自身も退職したのです。しかし、取引先から事業を続けてほしいと強く引き留められ、さらに取引を継続するには法人との契約が必要だと提示を受けたのです。そこで、彼らの仕事を守り事業を継続させるため、38歳の時に資金をかき集めて前身となる有限会社を設立しました。
ーーそこからどのように事業を展開されたのですか。
美馬芳彦:
1992年のバブル崩壊直後に、全く知識のないソフトウェアの営業分野へ飛び込みました。当時はまだITが世の中に浸透しておらず、景気が悪化すると一番に予算を削られるような厳しい時代です。手探りの状態から事業をスタートさせ、主にお客様先でのシステム開発を支援する請負業務を中心に取り組んでいきました。その後少しずつ実績を積み重ね、特定の企業から直接システム開発を請け負う形へと事業を成長させていきました。
AI時代の到来と「請負開発」の限界からの脱却
ーー当時のシステム開発の請負業務において、何か課題はありましたか。
美馬芳彦:
以前は売上の約8割が開発支援業務でした。しかし、お客様の要望どおりに開発するだけのビジネスモデルには限界を感じていました。会社を持続的に成長させるには、自ら新しい事業のレールを敷く必要があります。そこで、指示されたものを開発するだけでなく、自分たちで考えたシステムを世の中に提供したいと考えたのです。現在では企業向けの直接開発が全体の4割近くを占めるようになり、自社プラットフォーム事業への転換を進めています。
ーーその危機感は、近年の環境変化でさらに強まったのでしょうか。
美馬芳彦:
ここ3年ほどの生成AIの急激な進化が大きな要因となり、その考えはさらに強まりました。これまでは技術者が一からプログラムを組んでいましたが、現在では指示を出せばAIが答えを返す時代へと変化しています。私たちがこれまでやってきたような、プログラムを一から組むという既存の業種は今後なくなると予測せざるを得ません。だからこそ、一からつくるのではなく最先端の良い技術を使うという時代に合わせ、自社製品事業へ注力する決断を下したのです。
「製品やサービスそのものが選ばれる」仕組みをつくる

ーー現在、主力としている事業の状況はいかがですか。
美馬芳彦:
弊社では、AWS認定資格の保有数が400を超え、高度な専門知識を持つエンジニアが多数在籍しています。クラウド環境を構築する圧倒的な早さと対応力を強みに、着実に実績を積み重ねてきました。その結果、AWSの上位認定取得に向けた体制を着実に強化しています。日本国内でも十数社しか存在しない最上位クラスを見据えながら、技術力とサービス品質のさらなる向上に取り組み、お客様からの信頼も着実に高めています。
ーー実績拡大に伴って新規開拓の営業手法にも変化はありましたか。
美馬芳彦:
昔のように従来型のプッシュ型営業手法を増やすことは考えていません。私たちが目指しているのは、自社製品をしっかりとブランド化し、商品自体が自動的に営業してくれる仕組みをつくることです。世界的にも影響力のあるパートナー企業経由でお客様を紹介していただいたり、認定サービスとしての認知が高まったりしたことで、こちらから売り込まなくても自然と問い合わせが集まるようになっています。反響を確実に受注へとつなげる強固な営業体制が、すでに社内で構築されつつあるのです。
ーーこれからの時代の営業担当者には、どのようなスキルが求められると考えられますか。
美馬芳彦:
単に雑談を盛り上げるようなコミュニケーション能力ではなく、お客様から具体的な相談が寄せられた際に、自社製品が持つ多様な汎用性を正しく説明し、課題解決に向けた最適なロードマップを提示できる深い商品知識こそが不可欠です。対話を通じてお客様の本質的なニーズをくみ取り、自社の技術を組み合わせてどう実現できるかを論理的に説明する力が求められます。商品知識を徹底的に深めていけば、営業はお客様にとって頼もしいコンサルタントになるはずです。
行動指針の浸透と次世代へ「考え方」を継承する組織
ーー組織づくりにおいて、大切にされていることは何ですか。
美馬芳彦:
ただ仕組みをつくるだけでなく、いかにそれを継続させ、浸透させるかを最も大切にしています。弊社では14〜15年前から「クレド(企業の行動指針)」を導入しました。会社としてただ利益を目指すのではなく、1つの目標を全員で共有することが大切です。しかし、それを定着させることが経営において最も難しい部分でもあります。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
美馬芳彦:
社員への還元と、次の世代への継承を大切にしています。社員には、世の中の平均給与の倍を目指せるような事業の仕組みをつくり、しっかりと利益を将来の人材育成に還元していくつもりです。将来、経営者が代わっても、組織の中で働く社員たちが豊かになるよう、この「考え方」が次の世代に引き継がれる会社を目指しています。
編集後記
起業の意思はなく、仲間の雇用を守るための切実な思いから始まったゼネックコミュニケーションの歩み。未知の領域へ飛び込んだ美馬氏の視線は常に時代を捉え、AI時代を見据えた事業転換を進め自社製品への転換を果たした。強力なパートナーシップを基盤に「製品やサービスそのものが選ばれる」仕組みを確立した。明確な行動指針のもと、次世代への継承という新たなステージへ歩みを進める同社の今後に期待だ。

美馬芳彦/1992年、38歳で現在の株式会社ゼネックコミュニケーションの前身となる有限会社総合技研サービスを創業。システム開発事業を基盤に、IoT・クラウド領域へと事業を発展させ、独自のIoTプラットフォーム「IoT Station®」やAI-OCR+RAG搭載の文書活用サービス「AIRO」を展開。AWSパートナーとして培った技術力を強みに、企業のDX推進を支援している。「お客様からパートナー(右腕)と呼ばれるビジネスを」という企業理念を掲げ、顧客との信頼関係を何よりも大切にしながら、技術力と人間力を兼ね備えた企業づくりに取り組んでいる。