※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

地方への転職や移住を伴う「Uターン・Iターン」は、年収ダウンや住環境の変化など求職者側のハードルが高い。同時に、手数料ビジネスである人材紹介会社にとっても、経済合理性に逆行する難易度の高い領域だ。しかし、地方特化型の人材紹介を手掛ける株式会社エンリージョンの代表取締役である江口勝彦氏は、「儲からない領域を儲かるようにするのが私の仕事」と語る。実業団から単身アメリカへ渡った異色のバスケットボール選手時代、人事としての葛藤、そして稲盛和夫氏の教え。数々の経験を経てたどり着いた、「人生の豊かさ」を問い直す独自のキャリア支援と、働きがいのある組織づくりの全貌に迫る。

損得を重視した学生時代から一転 アメリカで知った「枠組み」の無意味さ

ーーまずは、これまでのキャリアをお聞かせいただけますか。

江口勝彦:
学生時代までの私は、学歴や資格など「何を獲得できるか」という考えに強くこだわっていました。実際、進学校から国公立の大学へ進み、将来に備えて教員免許を取得しました。しかし、いざ就職活動を迎えたとき、「何かを持つこと自体が目的なのか」と疑問を抱きました。そして同時に「大好きなバスケットボールを本当にやり切らなくていいのか」という自身の本心に気づいたのです。そこから考え方が大きく変わり、実業団からプロチームを経て、単身でアメリカへ渡り挑戦を続ける道を選びました。

現地で痛感したのは、日本国内での実績や肩書きが評価を一切左右しないという現実でした。当時、アメリカのトライアウトにアジア人が参加すること自体が珍しく、私がこだわっていた「日本国内でのポジション」という枠組みは、場所が変われば全く無意味だったのです。しかし一方で、過去の経歴がどうであれ、その瞬間に良いプレーができれば正当に評価される世界でもありました。私がそれまで必死に得ようとしていた物差しは、結局は自分の中だけの狭い枠組みに過ぎなかったのだと肌で感じました。

ーー起業をしようと思った理由をお聞かせください。

江口勝彦:
アメリカでの挑戦に区切りをつけた後、私は新潟で再出発を図るべくリクルートの新潟支社に入社しました。その後、営業時代のお客様であった地元企業へ転職し、人事部門で働くことになったのです。そこで直面したのは、世界的な不況に伴う人員整理という苦渋の決断でした。利益追求のために、人員削減を行うのは合理的ですが、現場には働く人たちの生活があります。深く悩む中で、「会社とは一体何のためにあるのか」という強い葛藤を抱くようになりました。

そのような折、リクルート時代の上司から「Uターン・Iターン転職支援事業を新潟で立ち上げないか」と誘いを受けました。都市圏から地方への転職は年収が下がるケースが多く、「求職者の年収の〇〇%」というかたちで企業から手数料をいただく人材紹介ビジネスとしては経済合理性とは真逆です。

しかし、Uターン・Iターンにはそれらを補って余りある大きな社会的意義があります。たとえば、4人家族が地方へ移住すれば、地域に新たな消費が生まれ経済が回ります。利益の追求にとどまらず、地域社会へ直接貢献できる事業に強い使命感を感じ、迷わず参画を決めました。

ワークライフバランスのジレンマを打破する「QOL」の向上へ

ーー仕事と家庭を両立させる働き方についてどのようにお考えですか。

江口勝彦:
私はそもそも、「ワークライフバランス」という考え方に少し違和感を持っています。というのも、バランスをとろうとすると、どちらかを優先すればもう一方が下がってしまうという、トレードオフの関係になりがちだからです。私たちが本当に目指すべきなのは、人生の質そのものを引き上げる「QOL(Quality of Life)」の向上であり、仕事も家庭もどちらの質も上げていくことではないでしょうか。たとえば、会社のために懸命に働きながらも、夕食は自分の子どもたちと一緒に食べる時間を大事にしたいと思うならば、それはQOLの向上につながるはずです。

現代は大学への全入時代であり、夫婦共働きでキャリアを築くケースが増えている中、もし夫婦の両方が全国転勤のある企業に勤めていた場合、どちらかが転勤になれば家族としての生活が成立しなくなります。その結果、どちらかがキャリアを諦めざるを得ないというジレンマに陥ってしまうのです。だからこそ、仕事か家庭かの二者択一ではなく、「暮らしたいところで、思いきり働く」という選択肢が重要になってきます。自分が暮らしたい場所を選び、そこでも全力を注げる仕事を見つけることができれば、仕事と暮らしの両方の質を同時に高めていけると考えています。

ーー難易度の高いUターン・Iターン転職支援において、貴社ならではの強みを教えてください。

江口勝彦:
1人の担当者が求職者と企業の両方を担当する「両面型」を採用している点です。大手企業のように分業した方が効率的かもしれません。しかしUターン・Iターンには生活環境や教育環境、家賃相場など、求人票だけでは伝わらない無数の不安が伴います。地元に精通し、企業のリアルな状況から地域の暮らしまで網羅した人間が直接語る必要があるのです。そうでなければ、求職者の不安を払拭し、人生の大きな決断へ導くことはできません。地域に対する熱い思いを持った専任担当者が、圧倒的な情報力をもって求職者に伴走する。これこそが、私たちの最大の強みです。

「暮らしたいところで思いきり働く」を当たり前の社会基盤へ

ーー働きがいのある組織づくりについてお聞かせください。

江口勝彦:
「会社は社員や社会を守るためにある」という考えを経営の根幹に置いています。私は稲盛和夫さんから長年経営を学びました。そのため、地方だから給与が低くていいとは一切考えません。首都圏と変わらない高い報酬水準を実現し、社員がのびのびと能力を発揮できる風土を整えています。また、弊社のビジョンを実現していくために、スキルだけでなく地域への熱い思いを持つ人材を積極的に迎え入れています。

ーー今後の展望はどのようにお考えですか。

江口勝彦:
求職者の「人生の選択」そのものを豊かにする社会基盤の構築を目指しています。現在、転職という段階のさらに手前から求職者に寄り添う「キャリアデザイン事業」をスタートさせており、経済的合理性だけではない「私にとっての本当の豊かさ」を整理する機会を提供したいと考えています。

今後は、求職者からの求めや隣接県での需要の高まりに応じ、全国へ支援のエリアを広げていく予定です。しかしその根底にあるのは事業拡大そのものではなく、「地方経済への直接的な貢献」です。1人のUターンが家族を呼び込み、地域経済を回していくという大きな影響を生み出します。誰も実行しないなら、儲からない領域を儲かるようにして価値を届けるのが私の仕事です。地方でのキャリア形成に対する諦めを希望に変える。日本中に「暮らしたい場所で、私の才能を最大限に生かす」人々が溢れる未来をつくっていきます。

編集後記

経済合理性に逆行するUターン・Iターン転職支援領域において、「儲からない領域を儲かるようにする」と言い切る江口社長。その力強い言葉の裏には、自身の原体験と「会社は社員を守るためにある」という確固たる信念があった。地方への移住は、個人のQOLを向上させるだけでなく、地域経済に直接的な活力を生み出す。同社が提供する「両面型」の細やかなサポートと熱意ある伴走は、求職者にとって人生の大きな決断を後押しする希望の光となるだろう。今後、「暮らしたいところで思いきり働く」という選択肢が日本の当たり前の社会基盤となり、同社が地方経済の活性化と人々の豊かな人生にどのような価値を届けてくれることだろうか。同社のさらなる飛躍が楽しみだ。

江口勝彦/1978年生まれ、静岡県出身。千葉大学卒業。プロバスケットボール選手として活動後、株式会社リクルートを経て、2010年に地方特化型の人材紹介会社である株式会社エンリージョンを設立し、代表取締役に就任。Uターン・Iターン転職に特化した全国最大級のネットワーク「リージョナルスタイル」に加盟し、新潟・群馬・長野・山梨・富山・石川・福井・滋賀の8県9拠点で事業を展開している。