※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

16歳の頃から鍛造の現場で修業を積み、長年業界の最前線を走り続けてきた株式会社中央鍛工所の藤井広光氏。同社は建設機械の部品製造から始まり、現在では厳しい基準が求められる半導体製造装置向けの部品まで幅広い領域で製品を提供している。阪神・淡路大震災において、同社の鍛造ナットを使用した高速道路が倒壊を免れたという実績は、その確かな技術力を物語る。「人材」「技術」「最新設備」を掲げ、困難な案件に挑み続ける同氏に自身の考えと次世代に向けた組織づくりについて聞いた。

17歳で学んだ「責任」の重みと言い訳をしない覚悟

ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。

藤井広光:
私は16歳の頃から東京などで鍛造の修業を積み、さまざまな現場で技術を磨いてきました。その後17歳のときに入った会社があったのですが、そこでは周囲の人たちが不良品を出すたびにお客様に謝る姿を数多く見てきました。当時の私はそれがとても嫌で、その時から「すいません」と言わなくていいような質の高い製品をつくることを固く心に決めたのです。

この経験が職人としての私の原点であり、製造業において品質と納期を必ず守るという「責任」の信念につながっています。もちろん人間ですから失敗はありますが、そのときは素直に謝り、決して言い訳をしたり人のせいにしたりはしません。そうした強い信念を胸に、その後も現場を転々としながら技術を吸収していき、18歳で家業へ戻りました。家業を継いでからも最新設備の導入や独立法人化を進めるなど、現状に満足することはなく30歳頃には当時まだ珍しかったアルミ鍛造に挑戦しており、現在に至るまで常識にとらわれないモノづくりを追求し続けています。

ーーこれまでの経験は、現在のご自身の対人関係にどのような影響を与えていますか。

藤井広光:
人間はどこまで行っても対等であるという考えに至りました。社長だから偉いというわけではなく、人間的な器の大きさが大切なのだと思います。そのため、私は今でも社員の皆さまを呼ぶときは必ず「くん」や「さん」をつけて呼んでいます。相手の気持ちになって考え、一人の人間としてリスペクトを持って接することが組織を束ねる上での基本です。

「三本柱」と「諦めない精神」で不可能を可能にする

ーー現在、特に注力されている取り組みは何でしょうか。

藤井広光:
「人材」「技術」「最新設備」の3つを強化することです。鍛造業界においては、これらがどこまでいっても大事になります。技術は会社の特色であり、最新設備は戦うための力です。しかし、良い機械を入れただけで仕事が来るわけではなく、それをうまく使いこなして、どのような手法で製品を生み出すか知恵を絞る必要があります。新しい挑戦に失敗はつきものなので、できるようになるまで諦めない気持ちで向き合わなければなりません。

ーー3つの柱の一つである「人材」の育成については、どのようにお考えですか。

藤井広光:
社内からだけでなく、取引先をはじめとする社外の方からも信頼される人材の育成を重視しています。それに加えて、技術面で受け継ぐべきだと考えているのが「感覚を研ぎ澄ませる姿勢」です。昔の職人は機械の音や振動を五感で察知し、製品の良し悪しを聞き分けていました。現在では安全のために耳栓をするのが当たり前になりましたが、モノづくりに真摯に向き合うその姿勢自体は、時代が変わっても次の世代へ伝えていかなければなりません。

ーーそのようにして磨かれた技術力は、会社としてどのような実績につながっていますか。

藤井広光:
公共工事における製品の継続的な採用や、半導体関連分野への部品提供といった実績を築き上げてきました。この契機となったのは、1995年に起きた阪神・淡路大震災です。その際に激しい揺れによって周囲が倒壊する中で、弊社の鍛造ナットを使用した高速道路が倒壊を免れました。この出来事によって品質の高さが実証され、以降は公団の工事において製品をご指名いただけるようになったのです。現在ではその確かな技術力を生かし、幅広い業界へと鍛造品を供給しております。特に売上の3割以上を占めるまでに成長した半導体分野は、弊社が何十年と培ってきたアルミ鍛造技術が生かされ、数多くの部品を供給しております。

「見たことがない景色」を求めて 海外視察がもたらす気づき

ーー技術力と最新設備を掛け合わせることで生まれる効果についてお聞かせください。

藤井広光:
他社では不可能だと言われていた製品を作れる可能性が高まることです。それには無駄をできるだけ省き、知恵を絞ることが欠かせません。弊社の強みである1200トンの大型設備が持つパワーと、職人が長年培ってきた技術力。この二つをうまく融合させ、いかに使いこなすかが生き残るための道だと考えています。経営者として投資を怠らずに良い機械を導入し、それを職人の知恵と掛け合わせることで、これまで見たことのない新しい景色が広がります。常識にとらわれず、新しい景色を見に行こうと挑戦し続ける姿勢こそが、会社全体の更なる前進に結びつくのです。

ーー新たな景色を見に行くためのヒントは、どのようなところから得ているのでしょうか。

藤井広光:
自ら頻繁に海外へ足を運び、現地の工場や社会の視察を行っています。例えば中国の鍛造所を訪れた際、現場に50台ほどのカメラを設置し、トラックの出入りなどを徹底的に管理している様子に大変驚かされました。素晴らしい取り組みだと感じ、すぐにそのアイデアを持ち帰って自社にもカメラを導入したほどです。

また、実際に足を運ぶことで、報道だけではわからない現地の文化に直接触れられます。海外の良い部分を貪欲に取り入れつつ、日本の治安の良さや清潔さといった長所を再認識できる点も大きな収穫です。だからこそ、20代の社員たちにも、国内にとどまらず積極的に外の世界を見てほしいと伝えています。

会社は野球チーム 「和」を大切にして世界と戦える組織へ

ーー海外にも目を向ける中、今後の鍛造業界には何が求められていると感じますか。

藤井広光:
現在の鍛造業界に求められているのは、会社が野球チームのように動くことです。一人のカリスマがいれば勝てる個人競技ではなく、全員で協力して成果を出すチーム戦だからです。そのため人間性を磨き、チームの「和」を大切にしなければなりません。上に立つ人間がメリハリをつけて結束を固めることで、一人ひとりの力を最大限に引き出すことができます。

ーー最後に、読者へ向けてのメッセージをお願いいたします。

藤井広光:
日本のモノづくりを担う同業者の皆様には、国内にとどまらず、広く海外の動向にも目を向けていただきたいと考えています。世界の製造業は日々進化しており、品質や価格の両面で海外勢に引けを取らない製品を生み出していく覚悟が不可欠です。これからの時代を生き抜くためには、他社が断るような困難な案件にこそ積極的に挑み、自社独自の特色を確固たるものにする必要があります。他には真似できない価値ある製品の製造を追求し、決して諦めない精神で、ともに新たな挑戦を続けていきましょう。

編集後記

「すいません」と言わなくていい製品をつくる。藤井社長のこの言葉には、失敗から逃げず、自身の仕事に命を懸ける職人としての強烈な誇りと責任感が凝縮されていた。最先端の設備投資や海外への視察に表れるような、常に見たことがない景色を追い求める妥協なき姿勢に圧倒される。その一方で、社員を「くん・さん」づけで呼び、野球チームのような「和」を何よりも重んじる温かな眼差しが印象的だった。厳しいプロの目線と人への深いリスペクトが交差する同社の挑戦は、これからもモノづくりの未来を力強く切り拓いていくに違いない。

藤井広光/1948年生まれ。16歳の時に東京へ鍛造修業に出る。複数の鍛造会社を転々としながら技術と見聞を広めたのち、家業の鍛造工場へ戻る。このままでは家業が廃れると危惧し、大型のプレスを導入するとともに有限会社として法人化。2009年の組織再編に伴い、東大阪市へ株式会社中央鍛工所として本社工場を移した。その後も新型のローリングミルや1200t油圧プレスなど次々と設備投資を行い、現在に至る。