
「2歳から6歳まで入院生活を送る中で、同室の子どもたちが亡くなるのを目の当たりにした」。そう語る赤石氏は、「医者になる」というかつての夢を、別のアプローチで叶えようとしている。彼が率いるENELL株式会社は、浄水施設と配管に頼らずその場で安全な水を生み出す「分散型オフグリッド水インフラ」を展開。日本国内のみならず、世界中の水問題を根本から解決しようとしているのだ。なぜ、さまざまな事業を経験してきた起業家が水の領域に飛び込んだのか。そして、同社が目指す「水のOS」とはどのような世界なのか。前例のない挑戦の裏側にある強い信念と、未来への展望に迫る。
「医療の前にきれいな水を」 挫折した夢が再びつながった瞬間
ーーまずは、起業を志すことになった原体験を教えていただけますか。
赤石太郎:
自分が医者になって「命を救いたい」と思ったことが原点です。私は2歳から6歳まで入院生活を送っていたのですが、そのとき、同じ病室の子どもたちが何人も亡くなっていくのを目の当たりにしていました。そのような経験から、将来は病気の子どもたちを治せる研究医になろうと心に決めていました。しかし、大学進学時に家庭の事情で、受験費用から入学金・授業料、さらには生活費までを自費で捻出する必要が生じ、医者になる道を諦めました。私は、生きるために起業の道を選び、以来、ビジネスの世界を歩んできました。
ーーそこから、どのようにして現在の事業へとつながったのでしょうか。
赤石太郎:
命を救いたいという夢は、医療ではなくとも「水」という手段で実現できると知ったからです。あるとき、アフガニスタンなどで自費で井戸を掘る活動をされていた中村哲医師のことを知りました。中村先生は「先進国は医療を提供するが、医療の前にきれいな水を与えたら病気にならない、だから私は井戸を掘る」と語っていました。それを聞いたとき、頭をハンマーで殴られたような衝撃を覚えました。子どもの頃の夢を「水」で実現できると気づいたのです。さらに、中村先生は私が通っていた高校に隣接する高校の大先輩でした。先生の訃報に触れた後、その遺志を引き継ぐ決意を固め、水の事業に特化することにしました。
「運ぶ」から問題が起きる 分散型水道がもたらす究極の自給自足

ーー現在、水に関してどのような課題があるとお考えですか。
赤石太郎:
日本にも、海外にもさまざまな水の課題があります。日本は水が豊かで安全と思われがちですが、現実は大きく異なります。配管の老朽化による漏水は年間約2万件発生し、すべてを更新するには150年以上かかります。さらに、PFASによる水質汚染が各地で発生し、過疎地域における今後の水供給維持の困難さも大きな問題です。被災地でも、個人宅の配管修復が追いつかず、完全な復旧には至っていません。世界に目を向ければ、人口増加に伴う深刻な水不足や、衛生的な水にアクセスできない人は4人に1人を超え、廃棄ボトルによるプラスチックゴミの問題も起きています。
ーーそれらの課題に対し、貴社はどのようにアプローチしていますか。
赤石太郎:
水問題の発生原因は、「我々人間が衛生的な水を獲得するためには、必ずどこからか水を運んで来なければならないこと」です。そのために配管やペットボトル問題が発生します。当たり前すぎて、このシンプルな問題が議論されることもほぼありません。それであれば、衛生的な水を運ばずに、自分の手元で生み出すことができれば、あらゆる問題が解決すると気付きました。そこで私たちは、浄水施設や配管に頼らず、衛生的な水の自給自足を実現する「分散型オフグリッド水インフラ」を開発しました。
ーー具体的にはどのような技術でしょうか。
赤石太郎:
我々は5つの革新的な技術を有しています。
独自の殺菌技術とろ過技術の組み合わせで、塩素などの薬剤を使わずに、河川水や雨水などあらゆる水を無菌で不純物ゼロの水に転換します。そして、その水が空気に触れた常温状態でも半年間以上無菌保存を可能とします。それらをかなりの低電力で稼働させます。さらに空気から水を生み出します。この5つの技術を搭載した装置を小型から大型まで3種類マーケットに展開しており、この装置を置くだけで、どこでも安全な水を供給できます。政府機関や自治体も配管に依存しない分散型水道の価値を認め、弊社の取り組みは「日本政府の公式WEBサイト」や、NHK WORLDの「BIZ-STREAM」などでも紹介されています。
前例がなくても価値を売る 世界中を網羅する「水のOS」へ
ーー今後、どのような方と一緒に働きたいと考えていますか。
赤石太郎:
前例がなくても自ら新しい価値を社会に提供し、グローバルに広げていく強い意識を持った方です。私たちの取り組みは世界に向けた大きな挑戦であり、前例がありません。この可能性に共感し、世の中を変える熱意を持つ人に来てほしいですね。現在、さまざまな外部企業から技術連携の打診が数多く寄せられています。既存の枠組みにとらわれず、新しいビジネスをつくり出す面白さを感じられる方と一緒に事業を拡大していきたいと考えています。
ーー最後に、貴社が目指す将来の展望をお聞かせください。
赤石太郎:
目指しているのは、世界中で私たちの技術がいつの間にか使われている世界です。たとえば海外の世界的IT企業であるインテルの「インテル入っている」というキャッチコピーのように、外からは見えなくても、あらゆる建物や事業の裏側でENELLの技術が稼働している状態ですね。私たちは「水のOS企業」になることを目指しています。これは中央集権的な巨大なインフラ施設と配管網を面で広げるのではなく、「点のインフラ」として世界中に分散配置していく仕組みです。ホルムズ海峡での海水淡水化プラントが爆撃されたように、集中したインフラは、地政学的リスクが高まるとともに、「点のインフラ」である「分散型オフグリッドインフラ」が世界規模の新しい水の基盤の1つになると考えています。引き続き、あたらしい独自技術開発を進めながら、水問題を根本から解決していく決意です。
編集後記
幼い頃の原体験から始まり、中村哲医師の思想に触れて、世界の水問題解決へと至った赤石氏の軌跡は印象的だ。その根底にあるのは命を救うという信念と、社会の課題を根本から分析する冷静な視点である。配管という既存の常識を疑い、自給自足の分散型水道という概念を生み出した。前例がなくても価値を切り拓き、それが水のOSとして世界中の基盤を支える未来は、そう遠くないはずだ。

赤石太郎/福岡県出身。慶応義塾大学卒業。学生時代にプログラム解析事業を創業。26歳で売却し、建築分野にて2度目の起業。リノベーション事業から不動産管理システム開発まで手掛ける。38歳のときに公益社団法人東京共同住宅協会に理事職として就任。災害被災者へ空室賃貸物件を提供するプロジェクトを担当。その後、ブロックチェーンの技術と思想を学び、それを活かして水を自給自足する仕組みをつくるオフグリッドインフラ事業としてENELL株式会社を設立。