
証券、暗号資産、そして資産運用の3つの事業を柱に、グローバルで事業を展開するマネックスグループ。同社は今、カリスマ創業者から次世代へと経営のバトンが渡され、大きな構造変化の時を迎えている。M&Aを駆使した大胆な事業ポートフォリオ改革を実行し、テクノロジーを武器に新たな成長戦略を描く。その舵取りを担うのが、代表執行役社長CEOの清明祐子氏である。日本企業にとって長年の課題であるサクセッションをいかにして乗り越え、組織を未来へと導くのか。清明氏が実践する独自のリーダーシップと、同社が目指す金融の新たな姿に迫る。
創業者から経営のバトンを託されたサクセッションの舞台裏
ーーまずは、これまでのご経歴をお聞かせいただけますか。
清明祐子:
もともとのキャリアは、コーポレートファイナンスや投資銀行業務(M&Aアドバイザリーなど)が中心でした。2013年からはマネックスグループ株式会社の戦略企画室にて、M&Aを通じた当社グループの企業価値向上に取り組み、2018年にはコインチェック株式会社の買収なども担当しました。
キャリアとしては、2011年にグループ会社でM&Aアドバイザリー業務を担う子会社の社長を経験したことが転機となり、その後年々ステップアップ。2019年には創業者である松本から引き継ぐ形でマネックス証券株式会社の社長に就任しました。当時、社内外に強くあった「マネックスといえば松本」というイメージから脱却し、「自分たちで自分たちの未来をつくっていこう」と呼びかけ、組織のアップデートを進めました。その取り組みが軌道に乗り始めた頃、2020年にはグループ本体のCOOやCFOを歴任し、松本と二人三脚でグループの経営に携わるようになったのです。
ーーその後、CEOに就任された経緯をお聞かせください。
清明祐子:
創業者の松本は、以前から企業経営のサクセッションを極めて重要な課題と捉えていました。人間は歳を重ねていきますが、お客様や社員といったステークホルダーは常に入れ替わり、平均年齢は比較的若く保たれます。自身と世の中との間に年齢的なギャップが生まれていく中で、「会社の未来を決めるのは、よりステークホルダーに近い世代であるべきだ」と考えたのです。
そこで、いきなり交代するのではなく、段階的なプロセスを踏みました。2022年4月にまずは共同CEO体制へと移行して並走期間を設け、2023年6月に私が単独でグループCEOに就任しました。時間をかけて権限委譲を進めたことで、スムーズな承継が実現できたと考えています。
ーー経営を引き継ぐ上で、特に重視されたことは何でしょうか。
清明祐子:
互いの得意分野の違いを理解し、尊重し、役割を明確に分けることです。松本は世の中の潮流をいち早く読み、新しい事業の種を見つけるのが得意で、アイデアも豊富でビジョナリストですが、私は0から1よりも1を100、1000へと組織を動かしながら育てていくことが得意です。そのため、松本は新しい価値の発掘と事業化に注力し、日々のオペレーションや組織運営は私が担う形をとりました。
この信頼関係のベースには、マネックス証券の社長に就任した際に松本と交わした2つの約束があります。一つは「人事権は全て私に一任すること」。チームづくりは組織を動かす根幹だからです。もう一つは「私を飛び越えて社員に直接アイデアを話したり、新規事業の指示を出さないこと」。開発を含めた事業推進の優先順位やチームの混乱を防ぐためでした。彼はその約束を一切破ることなく、私を信頼して任せてくれました。その積み重ねが、現在の体制につながっているのだと思います。
持続的な成長を見据えた大胆な事業ポートフォリオの入れ替え

ーーCEO就任後、特にどのような取り組みに注力されましたか。
清明祐子:
ここ2年ほどで、非常に大胆な事業ポートフォリオの入れ替えを実行しました。投資家の方々から「3年前とは全く違う会社になった」と言われるほどです。
具体的には、まずマネックス証券の成長戦略を見直して、株式会社NTTドコモと資本業務提携を結び、成長が見込みにくいと判断した香港の証券事業は売却しました。一方で、そこで得た資金を次の成長の柱と位置づけるアセットマネジメント事業に再投資し、北米の資産運用会社へのM&Aや出資を進めました。さらに、2018年に買収したコインチェックについては、グローバルな成長を目指して、中間持株会社として設立したコインチェックグループをナスダック市場へ上場させました。
ーーなぜ、それほどダイナミックな構造変化が必要だったのでしょうか。
清明祐子:
CEOに就任する前から、弊社の経営リソースがやや分散していてとてもわかりづらくなっていると感じていました。M&Aで成長してきた背景もあって事業が多岐にわたっていたのですが、長期的かつ持続的な成長のためには、ポートフォリオを改善する必要があると考えていたのです。
経営とは、ビジョン・ゴールを設定し、資本や人といった限られたリソースをゴールにアラインさせる形で最適配分し、時にリスクをとって長期的成長を成し遂げることです。世の中の潮流と自分たちのリソースを掛け合わせ、注力すべき領域を見極めなければ、スタートアップの頃のような成長曲線は描けません。
そこで、社内で各事業会社の成長戦略や方向性を明確に定めました。強化する事業、他社と連携する事業、売却する事業などを決め、この2年間でそれを着実に実行してきたのです。一つひとつの事業をどう成長させていくかを考え抜き、意思決定した結果が今の事業ポートフォリオにつながっています。
生活の側で資産形成を促すシームレスな体験
ーー他社にはない、貴社ならではの強みをお聞かせください。
清明祐子:
弊社のユニークさは、主に3つの点にあると考えています。1つ目は、創業時から常にグローバルスタンダードを意識してきたことです。例えば、コーポレートガバナンスは、早くから指名委員会設置会社に移行しました。グローバルあるいは米国のスタンダードに経営態勢を合わせているので、現在、証券、暗号資産、そしてアセットマネジメントという3つの事業を国内外で直接の顧客基盤を有して展開することができています。こうした事業構造を持つ会社は、日本の金融機関の中では極めて稀有な存在です。何がグローバルスタンダードなのかを常に追求してきた結果、海外での事業展開にも垣根がなく、現在では収益の約6割を海外で上げています。
2つ目は、多様性を受け入れ、新しいことに果断に挑戦するカルチャーです。「過去はこうだった」「他社はこうしている」といったことに縛られず、自分たちらしい価値を創造しようという風土があります。例えば、暗号資産事業への参入もそうです。業界のセオリーや前例にとらわれず、「新しい技術を取り込むことでシナジーが生まれる」と判断すれば、迷わず挑戦する。多様なバックグラウンドを持つ人材が集まり、一つの正解に固執しないからこそ、こうしたダイナミックな意思決定が可能になっています。
そして3つ目が、テクノロジーに対する深い理解です。特に日本の金融機関では珍しく、基幹システムを内製化しています。私たちはシステムをコストではなく、新たな価値を生む資産だと捉えています。この強みは、AIの活用においても大きな差となります。AIを効果的に動かすには、自社のデータやシステム基盤を深く理解している必要があるからです。中身がブラックボックス化されていないからこそ、新しい技術の波が来たときに、それをスピーディーに自社のサービスとして実装できる。この姿勢が、新しい技術への挑戦を恐れない企業文化を育んでいるのです。
ーー今後、お客様にどのような価値を提供していきたいですか。
清明祐子:
私たちが目指しているのは、これまで金融サービスになじみのなかった方々が、ごく自然に資産形成を始められる世界です。例えば、NTTドコモとの連携では、「マネックス証券に来てください」とお願いするのではなく、API(※2)を通じて私たちがお客様の生活の側に寄り添うことを重視しています。ドコモのアプリの中で、いつの間にか投資へのハードルが下がっている。そんなシームレスな体験を提供したいのです。
この視点は、マネックスグループ全体で描く未来像にも通じています。1999年の創業時はインターネットが革命を起こしましたが、今はブロックチェーンやAIがこれまでの常識を覆そうとしています。ただ、新しい技術は古いものを完全に淘汰するわけではなく、共存しながら進化していくものです。今後は、暗号資産も単なる運用対象から、ステーブルコインのように「決済・価値交換の手段」として生活に浸透し、金融インフラ自体がブロックチェーン上(オンチェーン)に移行する未来も遠くないでしょう。
私たちが目指すのは、そうした「伝統的な金融(TradFi)」と「分散型金融(DeFi)」が高度に融合(ブレンド)した世界です。お客様が技術の違いを意識することなく、生活の中で最適な金融サービスを享受できる。既存の金融と先端技術を掛け合わせ、次世代の社会インフラを築いていくことこそが、私たちの次なる挑戦だと考えています。
(※2)API(Application Programming Interface):特定の機能やデータを、外部の他のソフトウェアから呼び出して利用するための仕組み。
編集後記
創業者が権限を段階的に委譲し、後継の経営者が戦略的改革を推し進める手法は、日本の大企業が抱える事業承継の課題に対する具体的な解決策を示している。清明氏が実践するリーダーシップは、カリスマ性に依存せず、組織全体の能力を掛け合わせ、未来への成長モデルを構築する実務的なアプローチだ。ポートフォリオの刷新、グローバル戦略、そしてテクノロジーの内製化は、企業の長期的な発展を見据えた経営者の強い意志の表明である。変化の速い時代において、同社の進める構造改革は、次世代の経営者に向けた一つの道標となるだろう。

清明祐子/2001年、三和銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2006年にMKSパートナーズに参画。2009年、マネックス・ハンブレクト(現マネックス証券)入社。2011年に同社代表取締役社長を経て、2019年マネックス証券株式会社代表取締役社長(2024年より取締役社長執行役員)に就任。2023年より当社代表執行役社長CEO。