※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

「潰れたネジ、錆びたネジを簡単に外せる」機能で国内外のユーザーから厚い支持を集める工具「ネジザウルス」。それを含め、全1,000種類以上におよぶアイテムを展開するのが株式会社エンジニアだ。同社の代表取締役を務める髙崎充弘氏は現在の業績の裏に、20年間にわたる数々の失敗の歴史があったと語る。そこから独自に確立した商品開発のフレームワーク「MPDP理論」はいかにして生まれ、リーマン・ショックによる危機的状況を救ったのか。独自のプロモーションや顧客サポートから医療分野への進出まで、世界を見据えた今後のビジョンとともに同氏に話を聞いた。

20年の試行錯誤と危機的状況を乗り越えて生まれた「MPDP理論」

ーーまずは、現在のヒット商品が誕生するまでの経緯を教えていただけますか。

髙崎充弘:
弊社には現在「ネジザウルス」という主力シリーズがありますが、皆様から評価をいただくまでには20年にわたる失敗の歴史がありました。もともと私が30代の頃は数百もの新製品のアイデアを抱えていたのですが、思い込みが先行して商品をつくってしまい全く売れませんでした。ただアイデアを形にするだけで、それを独自技術として守る「特許(Patent)」、ユーザーを惹きつける「デザイン(Design)」、そして世の中に広く伝える「プロモーション(Promotion)」という3つの視点が抜け落ちていたためです。

そこで、その反省を活かして40代の頃にはPDPの重要性を理解して実践しました。しかし、今度はマーケティング(Marketing)の視点、つまりターゲット分析が甘く、「魚がいない池に網を張る」ような失敗を重ねてしまったのです。

ーーそうした数々の経験を経て、現在の開発手法へはどのようにたどり着いたのですか。

髙崎充弘:
過去の経験から、ヒット商品の必須条件に気づきました。それは「マーケティング・特許・デザイン・プロモーション」の4要素がすべて重なることです。これを独自の「MPDP理論」として確立しました。

2008年のリーマン・ショックのときに、会社の売上高が落ち込む危機的状況に直面しましたが、その際にこのMPDP理論の要素をすべて注ぎ込んで開発したのが4代目「ネジザウルスGT」です。結果として、この商品が業績の劇的なV字回復を牽引することになりました。

「結果にコミットする」 徹底した顧客サポートと独自の知財戦略

ーー独自の理論から生まれた製品は、現在どのようなルートで販売されているのですか。

髙崎充弘:
弊社では現在、全1000種類以上のアイテムを扱っています。その中で主力となるネジザウルスシリーズは、約100種類を占めるまでに成長しました。販売ルートは大きく分けて3つあり、工場ルート、ホームセンターなどの小売ルート、そしてネット通販で、製品ごとに特性が異なるため、ホームセンター向けやネット向けなど、販売先を見極めてバランスを取りつつ展開しています。プロの職人の方に多く利用していただいていますが、一般の方にも用途やニーズに応じて手に取っていただける販売網を構築しました。

ーー知財やブランド戦略の具体的な取り組みについてお聞かせください。

髙崎充弘:
新商品を開発していく上で、特許など知財の管理は欠かせません。しかし、専門家である弁理士と相談する際、知識のギャップが生じることが課題でした。そこで弊社では、社員の「知的財産管理技能士」の資格取得を支援しています。受検料やテキスト代を会社で負担、合格者には報奨金を支給し、現在は社員の3分の1以上が資格を持っています。これは全国的にみても珍しく、また、18年かけてブランドを育て上げ、特許庁から「防護標章」を取得しました。これにより、通常の商標権の範囲を超えて、ネジザウルスブランドをより広く保護できる体制を整えています。

こうした社内の知財リテラシーの底上げと、妥協のない権利保護の積み重ねがあったからこそ、単なる一過性の便利工具で終わらせず、お客様に長く愛され信頼される「ネジザウルス」としての確固たるブランドを確立することができたと考えています。

顧客の声から医療・世界へ ネジトラブル解決に挑む今後の展望

ーーお客様との接点づくりやプロモーションの工夫について教えていただけますか。

髙崎充弘:
私たちは「ネジを外す」という結果に最後まで向き合う姿勢を徹底しており、お客様の困りごとに応じて最適な製品を提案する「ネジレスQ」や「ネジチャット」といった専用窓口を設けています。ネジレスQでは年間約1000件のネジトラブルに関する相談が寄せられます。毎朝スタッフと写真を確認しながら、最適な解決方法を検討しており、必要に応じて直接対応することもあります。

また、プロモーション面においては、私自身が展示会に参加し、お客様の生の声を拾い上げています。さらに最近は新製品が非常に多いため、自分のアバターを作成してYouTube動画で配信するという新たな取り組みも開始しました。社員と手分けをしてシナリオ制作から動画編集までを行い、効率的かつ魅力的な情報発信を展開中です。

ーーお客様の切実な声から、新たな分野へ進出した事例はありますか。

髙崎充弘:
近年、整形外科の現場から「骨固定用のボルトの溝が潰れて外せない」という切実なご相談が寄せられました。そこで、患者さんの負担を少しでも減らしたいという医療現場の課題にお応えすべく、新たに医療用の「メディザウルス」を開発し、販売を開始しました。長年培ってきた既存の技術を応用することで、専門的な現場における特有の困りごとを解決できた重要な事例だと位置づけています。

ーー最後に、今後の展望を教えてください。

髙崎充弘:
私たちのミッションは、世界中のネジトラブルをなくすことです。現在は日本国内にとどまらず、アジアや欧米への海外展開に注力しており、5年後を目処に、世界中のユーザーから届いた写真を見てすぐに最適な工具を案内できる仕組みを完成させたいと考えています。また、多言語対応のネジチャットを活用し、言語の壁を越えたサポート体制も拡充していく考えです。SDGsが掲げる環境保護の観点からも、ものを大切にする姿勢は重要です。レスキューに特化した唯一の企業として、お客様の困りごとを解決し続けたいと思います。

編集後記

20年にも及ぶ試行錯誤の末に生み出された「MPDP理論」。しかし、取材を通じて感じた同社の真の強みは、理論以上に「お客様のネジを外す」という目的に対する並々ならぬ執念だ。現場の生の声を拾うために自ら展示会に立ち、アバター動画で親しみやすさを演出する柔軟な発想には驚かされた。緻密な知財戦略の裏には、顧客一人ひとりのトラブル解決に向けた深い愛情が息づいている。国境や分野を越えてあらゆる現場の課題に挑み続ける同社であれば、世界中のネジトラブルが過去のものになる日は、そう遠くない未来に訪れるに違いない。

髙崎充弘/1955年1月、兵庫県神戸市生まれ。1977年に東京大学工学部舶用機械工学科を卒業後は三井造船株式会社(ディーゼル設計部)に入社。1983年に米国レンスラー工科大学(Rensselaer Polytechnic Institute)大学院修士課程を修了。1987年に双葉工具株式会社へ入社し、2004年9月に株式会社エンジニア(旧・双葉工具株式会社)の代表取締役社長に就任、現在に至る。2012年の文部科学大臣表彰「科学技術賞(技術部門)」受賞や、2013年の黄綬褒章受章など数々の賞に輝くほか、経済産業省や内閣官房の委員、一般社団法人大阪発明協会の副会長など、知的財産や発明に関わる数多くの公職・民間団体の役職も歴任している。