※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

福岡県で高品質な板金加工を手掛ける株式会社ヤスナガ。高い技術力を強みとした受託製造で確固たる地位を築いてきた同社は今、大きな転換期を迎えており、トップダウン体制から脱却し、AI導入やDX推進、そして「心理的安全性」を軸とした組織改革を進行中だ。その変革を牽引するのは、異業種から家業へと飛び込んだ専務取締役の安永翔太氏である。20代の定着など製造業の課題に直面する中、同氏が導き出した答えがある。それは「社員全員で価値をつくり発信する企業」への道筋と、未来の展望だ。これまでの歩みや次世代を見据えた組織づくり、そして板金加工の新たな可能性に挑む情熱について詳しく話を聞いた。

異業種からの家業参画と現場で学んだ対話の重要性

ーーまずは、家業へ入社された経緯をお聞かせいただけますか。

安永翔太:
アウトドア関連企業での約6年間の勤務を経て、結婚と転勤を機に帰郷したことがきっかけです。もともと大学卒業後は全国の直営店舗やラフティングのツアーガイドなどをしており、自分が心からやりたい仕事を経験してきました。そのため当初は会社を継ぐ考えはなく、現社長である父からも「自力で生活できるようになれ」と言われていたのです。しかし、地元に帰郷した際に父から「就職先としてヤスナガもある」と誘いを受けました。全く期待されていないと思っていたので、声がかかったときは純粋に嬉しく、1カ月ほど熟考した上で2017年に入社を決意しました。

ーー入社後はどのような業務からスタートしましたか。

安永翔太:
まずは神奈川県にある板金加工の大手企業で、後継者育成プログラムを半年間受講しました。そこで板金の基礎を学んだ後に自社へ戻り、そこからは地道に製造部門の各部署を回る修業時代を数年かけて過ごすことになります。その後、品質保証課の課長として環境マネジメントシステムのISO取得に向けたプロジェクトリーダーなども経験してきました。長年現場にいる社員の大変さや、それぞれの思いを肌で感じたことで、私のコミュニケーションスタイルも少しずつ変化していったように思います。入社当初は頭ごなしに意見を言ってしまうこともあったものの、今ではまず現場の声に耳を傾け、「一緒に解決策を考えよう」という対話の姿勢を何よりも大切にしています。

トップダウンからの脱却と全社員面談で見えた組織の課題

ーー現場での経験を経て、現在注力されていることは何ですか。

安永翔太:
社員のチームワークを高め、組織の基盤を強化することに力を入れています。当初は、アウトドアと板金加工を掛け合わせた新規事業を進める予定でした。しかし、ビジョンを共有するために正社員約40名と面談したところ、人間関係の悩みや世代間のギャップが見えてきたのです。弊社が今日の基盤を築けたのは、現社長が強いリーダーシップで会社を牽引してきたからこそです。一方で、時代の変化とともに20代の社員が定着せず、中間層が薄くなっている現実がありました。そこで方針を転換し、まずは足元の組織づくりに取り組むことにしました。

ーー具体的にはどのような改革に取り組んでいますか。

安永翔太:
目指しているのは、社員が自分の意見をきちんと言える、互いに話し合える文化をつくることです。その土台になるのが「心理的安全性」です。家庭の事情や体調不良など、仕事以外の悩みを抱えたまま無理をするのは避けるべきであり、「今こういう状況です」と先に言える空気感をつくりたいと考えています。弱みを言えない関係のままでは、仕事の場面でも本音の意見は出てきませんから。また、世代交代を見据えて、部課長層とも本音で話し合う場を設けました。長年同じポジションにいる管理職からも「私たちが変わらなければ20代が育たない」という声が上がっており、組織全体で変わろうという機運が高まっています。

成長を後押しする教育制度と利益を守る圧倒的なDX

ーー技術を高めるための教育体制はどのように構築していますか。

安永翔太:
九州シートメタル工業会を通じた独自の教育体制を整え、会社負担で国家試験や認定試験に挑戦できる環境を用意しています。さらに、資格取得やスキルの習得が明確に給与へリンクするキャリアアップ制度も構築しました。これまでは制度の魅力がうまく20代の若手に伝わっていなかったため、現状は改めて「実力を発揮して成長すること」の価値を社内に浸透させているところです。また、工場内は10年以上前から冷暖房を完備し、機械の自動化も早くから進めてきました。ものづくりが好きな人にはうってつけの環境だと自負しています。

ーーDXやAIの活用はどのように進めているのでしょうか。

安永翔太:
専務主導でデジタル日報を導入して、時給単位の実績を紐付けて利益管理を徹底する取り組みを行っています。この成果が評価され、2025年度には経済産業省の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定されました。また、最近では社員の負担になっていた目標管理シートの作成に最新のAIを活用し始めています。文章を書くのが苦手な現場の社員でも、AIと対話することで本質的な課題を言語化できるようになったことで大きな業務負担の軽減につながりました。創出された時間はチームワークを高めるための対話や、より人間らしい創造的な仕事へと振り向けていく方針です。

ーー最後に、貴社が目指す今後の展望をお聞かせください。

安永翔太:
私たちが目指すのは、充実した制度と心理的安全性を土台として「板金加工の可能性」を社員全員で追求していく自立提案型の企業です。これまではお客様の要望を図面通りに高品質につくる受託製造で確固たる地位を築き上げてきましたが、今後はより良い設計や提案を行い、「自分たちで価値をつけて発信していく企業」へと生まれ変わろうと動いています。私が手がけるブランド「Naturesteel.」の取り組みも、その可能性を切り拓くための一つのきっかけに過ぎません。

将来的には、社員一人ひとりが目指したい方向性や可能性を、会社全体で一緒に追求できる体制を築いていきたいですね。「『どうしようもない』で終わらせない」という強い思いを胸に抱きながら、困りごとや心配事も先に言える心理的安全性を何よりも大切にし、誰もが明日も出社したくなるような、楽しく前向きに働ける環境をつくっていきます。その温かな組織風土から、新たな価値が次々と生み出されていく未来を、社員一人ひとりと一緒に描いていけたらと願っています。

編集後記

トップダウンの成功体験に固執せず、組織の在り方を柔軟にアップデートしていく。それが同社の専務取締役、安永翔太氏の持ち味だ。全社員との対話から自らの計画を潔く軌道修正し、足元の「チームワーク」と「心理的安全性」の構築に舵を切った姿勢に、次世代リーダーとしての深い覚悟を感じた。「どうしようもない」と諦めることなく、誰もが弱みを見せ合える温かな風土が育まれつつある。そこから生まれる活発なアイデアが、同社の「板金加工の可能性」を切り拓いていくだろう。新たな価値を世界へと発信していく同社の飛躍に期待も膨らむ。

安永翔太/1988年生まれ、福岡県柳川市出身。駒澤大学卒業後、アウトドアメーカーのモンベルで約6年勤務。2017年、家業の株式会社ヤスナガに入社し、2026年4月より専務取締役。板金加工技術とアウトドアの知見を掛け合わせた自社ブランド「Naturesteel.」を立ち上げ、新規事業を推進している。