
日本が誇る研究技術と伝統産業を掛け合わせ、未利用資源の価値を最大化するディープテック(先端技術)スタートアップのMorus株式会社。「カイコの会社というより、栄養学の会社」と掲げ、予防医療領域において世界的な健康課題の解決に挑んでいる。総合商社からベンチャーキャピタルを経て、なぜ研究領域での起業に至ったのか。ディープテックならではの組織づくりの難しさと、それを乗り越えるための確固たるカルチャーについて、同社の代表取締役CEOである佐藤亮氏にその思いを聞いた。
原点はアメフトでの「筋肉育成」と日本の技術に対するもったいなさ
ーーまずは、栄養学やカイコという領域に関心を持った原点をお聞かせください。
佐藤亮:
大学時代にアメリカンフットボール部に所属し、本気で日本一を目指し毎日アメフトと筋トレしかやっていませんでした。その当時、恥ずかしながら勉強は一切せず、筋肉とタンパク質のことしか考えない日々を送っていたのですが、唯一どうやって筋肉を育てたらいいかについては真剣に考えていました。その際、アミノ酸や栄養素のレベルまで掘り下げて、徹底的にスポーツ栄養学を勉強したことが、私の原体験であり創業のきっかけです。
一方で、「日本から世界に通用する産業をつくりたい」という強い思いも持っていました。日本には、歴史的に質の高いものづくりや優れた研究があるにもかかわらず、ビジネスとして社会実装しきれていないことが多く現状にもどかしさを感じていたのです。そうした日本の技術や製品、事業を世界に広めるビジネスをつくりたいと考え、新卒では総合商社に入社しました。
ーーどのようにしてディープテック領域での起業へとつながったのでしょうか。
佐藤亮:
商社でアパレルを担当した際、シルクの原料であるカイコに出会ったことが最初のきっかけです。3年ほど働いた後、ご縁のあったベンチャーキャピタルに参画しました。そこでのディープテックの技術シーズ(種)をビジネス化する支援に携わり、改めて日本の研究のすごさと、社会実装されていないギャップを痛感したのです。
アメフト時代から好きだった栄養資源で日本独自のものはないかと探る中で、過去に触れたことのある「カイコ」について改めて調べてみると、日本はカイコの研究が世界トップレベルであるだけではなく、栄養学的に見て非常に価値が高いことを複数の論文で確認することができました。それを本質的なビジネスにするべく、ビジョンに共感してくださるカイコ研究の教授とタッグを組み、2021年4月に創業したのです。

「1+1」を10にも20にもするディープテックにおける組織の条件
ーー現在、経営者として組織づくりにおいて最も大切にされていることは何ですか。
佐藤亮:
「私一人でできることは本当に小さい」という事実ですね。「私はパーフェクトな人間ではない」という前提に立ち、私の弱みを強みとして持っている方や強みが尖っている方とチームを組ませていただいています。異なる強みを持つメンバーが集まることで、「1+1」を10にも20にもできるからです。日々の業務の中で、そうしたチームの力を強く実感しています。
ーーディープテック領域ならではの組織づくりの難しさはどのようなところにありますか。
佐藤亮:
「ディープテック」という、時間がかかり困難も多いスタートアップ企業においては、いくら高い給料を払っても、それだけでは人は定着しないと考えています。だからこそ、メンバーの「自分の人生の方向性」と、会社の「日本の伝統産業とサイエンスで世界に産業をつくる」という目標が合致している状態を、組織づくりの絶対条件としています。この「ミッションアラインメント(働く意味の合致)」こそが、強い組織の根幹であると考えています。単なる報酬ではなく、「社会や地球全体を前進させているか」ということに喜びを感じられるかが重要なのです。
4つのバリューが支える栄養学の会社としての世界への挑戦

ーー「働く意味の合致」を支える貴社のカルチャーについて教えてください。
佐藤亮:
私たちが最も大切にしている価値観として、4つのバリューがあります。
1つ目は「Look Outward:顧客・社会目線」です。ベクトルを自社に向けるのではなく、常に地球目線や社会全体の健康課題に置き続ける視座の高さが求められます。2つ目は「Bold yet Precise:大胆にして緻密」です。スタートアップとして大胆に挑戦しつつも、食品の安心・安全を担保するため、科学的な根拠に基づく緻密さを絶対に両立させる必要があります。3つ目は「Open & Fair:公明正大」です。国籍や年齢、バックグラウンドが異なるメンバーが集まっているという前提に立ち、オープンに議論してフェアに進めることを徹底しています。4つ目が「Sound Mind & Body:心技体」です。社会や地球の健康をつくる会社である以上、私たち自身が心身ともに健康でなければならないため、プロフェッショナルとして自らをマネジメントすることを重視しています。
ーー最後に、それらの価値観を体現した先にある展望をお聞かせください。
佐藤亮:
私たちはカイコの会社というより、栄養学の会社であると考えています。栄養学を起点に、科学的な裏付けのある本当に価値のあるものを世界に広めていく構えです。現在もサプリメントの展開だけでなく、外部企業に向けて健康経営の一環としての栄養学講習事業なども始めています。これからもテクノロジーと栄養学を追求し、世界中の人々の健康寿命を延ばすことに寄与していきます。
編集後記
印象的だったのは、「自分一人でできることは本当に小さい」「自分はパーフェクトな人間ではない」という佐藤CEOの飾らない言葉だ。自身の弱さを知るからこそ、他者の強みを活かすことができる。その深いリスペクトの念が、多様なバックグラウンドを持つメンバーを強く惹きつけているのだろう。「日本の伝統産業とサイエンスで世界に産業を創る」という壮大なビジョンへの共鳴は、ディープテックという険しい道を進む上での何よりの推進力となっている。表面的な健康ブームにとらわれず、本質的な栄養学を追求し続ける彼らの挑戦が、日本から世界へと羽ばたいていく未来が待ち遠しい。

佐藤亮/東京大学教育学部卒業。在学中はアメリカンフットボール部に所属し、スポーツ栄養学を実践的に研究。卒業後は伊藤忠商事株式会社の繊維カンパニーにて、アパレル原料調達やOEM生産管理に従事した後、ベンチャーキャピタルの株式会社サムライインキュベートにて化学品、エネルギー、総合商社領域および、日本企業と海外スタートアップのオープンイノベーション・新規事業開発支援を担当。2021年、Morus株式会社を共同創業。