
1963年の創業以来、靴下メーカーとして歴史を刻んできた砂山靴下株式会社。ルーズソックスの流行などを経て成長を続け、2025年、創業63年を機に「株式会社SUNAYAMA」へと社名を変更した。現在は靴下の枠を飛び出し、美容や健康のライフスタイル雑貨を幅広く展開。「いつも私に、ちょうどいい」をスローガンに掲げ、自社工場を持たないファブレスメーカーとしての機動力を活かし、独自のポジションを確立している。厳しい事業環境から会社を導き、「異質」を武器に躍進を続ける代表取締役の砂山直樹氏に、これまでの歩みと未来への展望をうかがった。
厳しい環境からの社長就任と「ただいま」から「おはよう」への戦略転換
ーー社長に就任された経緯はどのようなものでしたか。
砂山直樹:
私が実家である弊社に戻ってきたのは1994年、当時社長だったのは優秀な私の兄でした。大学卒業後に外部企業で5年間勤めた後のことで、ルーズソックスが飛ぶように売れていた時代です。経営の根幹は兄に任せ、私は営業担当として無我夢中で売上高をつくる日々を送っていました。ところが、兄が病気で急逝し、2004年に常務を務めていた私が突然社長を引き継ぐことになってしまったのです。
私の社長としての最初の仕事は兄の葬儀委員長を務めることでしたが、本当の試練はそこからでした。周囲の理解を十分に得られず、銀行からの突然の一括返済や仕入れ先からの厳しい要求、さらには社員からの辞表提出など、立て続けに問題が降りかかりました。経営の知識もない中での重圧にひどく悩み、帰宅して妻の顔を見た瞬間にボロボロと泣き崩れてしまったほど、心身ともに過酷なスタートだったのです。
ーーその厳しい状況からどのようにして独自の戦略を見出したのでしょうか。
砂山直樹:
創業者である両親や兄がつないできた会社を、自分の代で終わらせるわけにはいかないという意地があったものの、当時の靴下市場には強力な大手がひしめいていました。「いってきますからただいま」という日中に靴下を履いて出かけるオンタイム市場で正面から勝負をしても、勝機は薄い状況だったのです。そこで活路を見出すべく、独自の発想で「時間軸をずらす」戦略へと舵を切ります。
それが、女性の帰宅から朝起きるまでの「ただいまからおはよう」というオフタイムに特化した商品開発でした。当時、世間では素足にミュールなどのスタイルが流行し、靴下業界全体が打撃を受けていました。しかし靴下には本来、汗を吸い摩擦を軽減するという重要な役割があります。素足で過ごす女性たちの足には見えない負担がかかっていると仮説を立て、オフタイムに足をメンテナンスする健康・美容雑貨として靴下を位置づけたのです。これが女性たちの潜在的なお悩みにピタリとはまり、大きな反響を呼ぶ結果となりました。
ファブレス化が生んだ土壌と「無意識に選ばれる」商品づくり
ーー現在の生産体制について教えていただけますか。
砂山直樹:
現在は、自社工場を持たないファブレス形態をとっています。多様化する市場のニーズに柔軟に対応するためです。私は社長になって最初に、中国にあった自社工場を閉める決断をしました。限られた設備しか持たない生産体制では、変化の激しいニーズに対応しきれなくなっていたからです。
工場を手放しファブレス化したことで、会社としての意識が大きく変わりました。自社の設備で「何がつくれるか」ではなく、世の中に「どんなニーズや悩みがあるか」というところからスタートできるようになったのです。たとえば「足が冷えて眠れない」「姿勢に不安がある」といった課題に対して、ゼロから解決策をプロデュースします。その結果、靴下という形に縛られることなくインソールやサポーター、さらには枕などの快眠グッズにまで事業領域を広げ、いろいろなことにチャレンジできる土壌が生まれました。
ーー今後の商品開発において目指す品質の理想形はどのようなものでしょうか。
砂山直樹:
「無意識に選ばれる品質」を極めていきたいと考えています。たとえば朝、まだ頭が働いていないような状態でシャワーを浴びた後、人は無意識に「あの心地よいタオル」を探していますよね。一度使って良かったものの残像を頼りに無意識に手が伸びる。そんな風に消費者の日常に自然と溶け込むような品質です。試験データや数値上のスペックも大事ですが、消費者にとって本当に重要なのはその感覚です。私たちは今、「FEEL GOOD, LIVE BETTER.」というスローガンを掲げています。お客様にとって「いつも私に、ちょうどいい」ものを突き詰めていきたいと考えています。
社名変更と「異質な存在」であり続けるためのブランド構築

ーー現在の社名に変更された意図をお聞かせいただけますか。
砂山直樹:
2025年、創業時の社名である「砂山靴下」から社名を変更しました。その最大の意図は、実態と社名に生じたズレを解消し、お客様に気持ちよく商品を手にとってもらうためです。社名から「靴下」をとってほしいという要望は、14年ほど前から現場の社員たちから出ていました。営業先で「靴下メーカー」という先入観を持たれてしまうからです。また現在弊社の主力商品の一つに枕などの寝具があります。消費者が買おうとパッケージの裏を見たとき、製造元が「靴下株式会社」だと違和感や疑問を抱かせてしまいます。そのような背景から創業63年を機に決断しました。
ーー企業ブランドの構築において社長が最も重視されていることは何ですか。
砂山直樹:
「自社がどう見られたいか、どう思われたいか」を強烈に念じることです。私自身、社長に就任した当初から他社とは同化しないことを意識してきました。つまり常に「異質な存在でありたい」と思い続けてきたのです。私は家業の靴下のおかげで、大学まで行かせてもらい深く感謝している反面、靴下のデザイン自体には強いこだわりを持っていません。だからこそ既存の靴下の概念にとらわれず、フラットな視点で雑貨や美容・健康の分野へと領域を広げることができたのだと思います。この「異質であること」こそが、私たちが存在意義を発揮するための道だと思っています。
ーー今後の展望と未来をともにつくる人材への期待をお聞かせください。
砂山直樹:
今後は「脳科学」という新たな視点を取り入れ、本質的な疲れの解消や良質な睡眠の提供に挑んでいく方針です。同時に、20代の若い感性も積極的に取り入れていきます。現在私たちは女性の生活の質を上げる要素として、「睡眠」「温め」「姿勢」を基軸に商品開発を進めています。専門医との共同企画など、奥行きを持たせたアプローチをしており、今後はそこに脳科学の視点も加えるつもりです。
また、弊社には長年勤める社員が多い反面、組織の若返りも欠かせなくなっています。これからの時代、私たちの世代では追いつけない情報や価値観が必ず出てくるはずです。だからこそ、今の時代を背伸びせずに「これが当たり前です」といえる20代の感性を求めています。私たちのこれまでの経験と20代のリアルな感覚をぶつけ合い、そこから生まれる化学反応を楽しみたいですね。面白いことを考えている、ここで自分を活かしたいと思う方からの挑戦を心からお待ちしています。
編集後記
砂山氏の社長就任時のエピソードが胸に迫った。身内に不幸があり、経営のイロハもわからない中で見舞われた想像を絶する苦難。しかし、砂山氏はそこで折れることなく「ただいまからおはよう」と時間軸をずらす逆転の発想で会社を生まれ変わらせた。「靴下に感謝はしているが、こだわりはない」と語るフラットな視点が、ファブレスという環境と相まって、無限のアイデアを生み出す土壌となっているのだろう。「同化しない」「異質でありたい」という真っすぐな信念には、業界を率いる経営者としての確かな熱量が宿っていた。

砂山直樹/1965年、東京都生まれ。日本大学卒業。繊維商社を経て1994年に砂山靴下株式会社(現株式会社SUNAYAMA)に入社。2004年、同社代表取締役に就任。東京靴下工業組合理事長、一般財団法人東京靴下工業会理事長も務め、業界の発展にも尽力している。