
創業80周年を迎える株式会社アイセン。清掃用品や生活雑貨の企画製造を担う同社で、代表取締役を務めるのが筈谷蔵太氏だ。もともとは音楽の道を志し、サラリーマンになることに抵抗を抱いていた筈谷氏。しかし、小売業での経験を経て、30歳で家業へ入社した。物流、購買、営業と現場を渡り歩いた後、突如として社長に就任した。人口減少や売り場縮小といった市場の逆風が吹く中、独自素材を生かした商品開発と新たな市場開拓で挑む。多彩な経歴を持つ筈谷氏に、これまでの歩みと次世代へ向けた組織づくりへの展望を聞いた。
音楽を志した青年が「働く喜び」を知るまで
ーーまずは、キャリアのスタートについてお聞かせいただけますか。
筈谷蔵太:
もともとはフリーターをしながら音楽の道を目指していたのですが、それがうまくいきませんでした。そんな中で、私を心配した親が、とある小売企業を紹介してくれたのです。当初はサラリーマンとして働くことには強い抵抗があり、親の敷いたレールに乗りたくないという反発心も抱いていましたが、周囲の友人が働き始めていることへの焦りや世間体もあり、就職を決意しました。
ーーそこから、どのように仕事に対する意識が変わっていったのでしょうか。
筈谷蔵太:
会社の人の温かさや風土の魅力に触れたことで、仕事をすることに価値を感じることができるようになりました。当時の環境は厳しさもありましたが、先輩方にはよくしていただき、若いながらも多くの業務を任せてもらえたのです。やれば成果が出て、失敗すれば責任をとる環境のもと、店長やマネージャーとして部下を持ち、マネジメントも経験しました。そういった経験を積むうちに仕事に対して価値を感じるようになり、「仕事をするのも悪くない、面白い」という思いへと変化していったのです。
中国での「ドライな交渉」と突然の社長就任
ーー仕事にやりがいを見出す中、家業である貴社への入社を決断した理由は何でしたか。
筈谷蔵太:
子どもが生まれるタイミングを迎えたことが一番大きいですね。前職には7年ほど在籍しており、そのままキャリアを重ねていこうと考えていました。しかし、小売業という業種ゆえに土日が仕事で長期連休もなく、なおかつ収入面でも生活に余裕を持たせたいと葛藤を抱えていたのです。そんな中、ちょうど30歳の節目に先代である父から声をかけてもらい、自身の生活環境の変化をきっかけに入社を決意しました。
ーー入社後はどのような業務をご経験されたのですか。
筈谷蔵太:
経営者の親族という特別扱いはなく、入社して最初の1年は物流を経験した後、購買として中国でのものづくりに携わり、次いで東京で9年間、営業として現場を回りました。その後、管理者として再び購買部門などを経て、弊社の社長に就任しています。
その中で特に購買時代の中国の工場での経験は大きかったですね。海外では日本の「誠意を見せれば意図を汲んでくれる」という文化は通用しません。そうしたドライな環境の中で、誰を信頼し、どう関係性を築いていくかを見極める力を養えたことは非常に役に立ちました。
ーー社長に就任されたのは、どのようなタイミングだったのでしょうか。
筈谷蔵太:
就任する以前は、取締役として「経営戦略室」に配属されていました。そこで自由に新規施策を考えるよう指示され、半年ほど一人で動いていたところ、ある日突然「明日から社長だ」と引き継ぐことになったのです。唐突な社長就任で、何もわからないところからのスタートでしたが、まずは社内の統制から着手しました。ただ、若さゆえに会社を良くしようと焦って先走ってしまい、組織との足並みがそろわなかった時期があったことは、今でも反省点として残っています。
独自素材と付加価値で勝負する「アイセン」のものづくり

ーー改めて、貴社の事業内容と製品の強みについてお聞かせください。
筈谷蔵太:
弊社は主に清掃道具や生活雑貨の企画製造および販売を行っています。その上で最大の強みとなるのは、長年培われてきた「独自の素材開発力」です。たとえば、お風呂掃除用のブラシには、髪の毛より細い0.051ミリの極細の毛を使用しています。通常、これほど細いと毛が寝てしまいますが、しっかりと自立するよう工夫しているため、目に見えない凹凸に入り込み、汚れをかき出すことが可能です。
また、フッ素でコーティングしながら洗えるトイレブラシなども開発しています。低価格帯の商品と比較して、価格が高くとも必ず一つ以上の確かな付加価値を備えた商品を提供するのが私たちの基本姿勢です。

ーー今後はどのような領域への展開を視野に入れていきますか。
筈谷蔵太:
人口減少や小売店の売り場縮小により、我々の商品は真っ先に影響を受けます。そのため既存の素材技術を応用し、BtoB市場への進出を最優先に進めています。また、海外展開に加え、輸出経路を持たない小規模事業者の方々の商材を我々が海外へ届けるサポートも開始しました。
さらに購買行動が多様化する中、若年層へのリーチも課題です。SNSやインフルエンサーを活用したデジタルマーケティングの強化を目指す一方で、現在は若い20代の層に強い専門店へ向けたOEM供給を行うことで、ターゲット層に直接届ける手法も進めています。
理念の浸透とこれからの時代を担う若者へ

ーー社内のエンゲージメント向上や福利厚生の環境づくりについてお聞かせください。
筈谷蔵太:
創業者がつくった「販売先を愛し、仕入先を愛し、自社を愛する。すべてを愛に染める『愛染』の精神を。」という企業理念があります。私はこの言葉をとても大切に思っており、社員がより理解し、実際の行動に落とし込むべく、新たに「経営理念」を作成しました。
また、社内ではSDGsの取り組みとして、廃材を使った子ども向けワークショップの開催や地域のサッカー大会の協賛など、部署を問わず社員が集まって社会貢献活動を進めています。さらに福利厚生の一環として社員のニーズをくみ取るための目安箱を設置しました。将来的には週休3日制の導入も目標に掲げています。おかげさまで若手社員の離職率も下がっていて、より居心地の良い環境づくりに注力しています。
ーー最後に、これからの時代を担う若い世代の方々へメッセージをお願いします。
筈谷蔵太:
学生時代の自由な時間を生かして、ぜひ日本を出て海外へ足を運んでほしいと思います。そして、対面でのコミュニケーション能力を養ってください。多様な価値観に触れ、人と深く関わる経験は、必ず自分自身の価値を高めてくれます。そうした能力を磨き、自らの時間を有効に使える人こそが、これからの長い人生をより豊かに切り拓いていけるはずです。
編集後記
「現状維持は衰退である」と冷静に市場を見据える視座の裏には、様々な現場で揉まれ、人と深く関わってきたからこその温かみがあった。最も印象に残ったのは、創業者の残した「すべてを愛に染める」という理念を自らの言葉で真摯に語る姿だ。逆風の吹く市場環境にあっても、独自の付加価値を追求し続ける強さは、この揺るぎない精神から生まれているのだろう。老舗メーカーが次世代に向けてどのように自らをアップデートしていくのか。社員を想い、地域社会を見つめる同社の挑戦から、未来を切り拓くための力強い熱量を感じた。

筈谷蔵太/1976年、和歌山県生まれ。2006年に株式会社アイセン入社。2022年、代表取締役に就任。