※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

1951年の設立以来、電力設備業界向けに部品加工事業を展開し、現在は「銅ブスバー」の精密加工に特化する株式会社石垣商店。同社の三代目である石垣雅裕氏は、大学卒業後に美容専門学校へ進学し、ヘアメイクアップアーティストを目指した経歴を持つ。その後24歳で家業へ入って現場から経営まですべての業務を経験し、2019年に代表取締役へ就任した。コロナ禍の危機を乗り越え、現在は「10年で売上高100億円」の目標を掲げる。トップダウンから「みんなで動く」自律型組織へといかに変革したのか、その決意と経営観に迫った。

退路を断った24歳の決意 現場から経営まですべてを学ぶ日々

ーーまずは、家業へ入社された経緯についてお聞かせいただけますか。

石垣雅裕:
幼稚園の頃には「将来は社長になりたい」と言っていたくらいなので、自分の中ではもともと会社を継ぐことを意識していたのだと思います。ただ、両親から明確に言われたことはありませんでした。実はもともと、大学卒業後は東京の美容専門学校へ進学し、ヘアメイクアップアーティストを目指していたんです。しかし、学びを進める中で「どこかで実家に戻ればいいという甘えがあるから本気になれていない」と痛感しました。このままでは何をやっても中途半端になると思い、「逃げ場のない環境に身を置こう」と覚悟を決め、24歳で家業に入社しました。

ーー入社後は、どのような業務からスタートされたのですか。

石垣雅裕:
製造現場から始まり、営業、配送、経理など、全業務を一通り経験しました。とくに製造現場では、自分の手を使って何かをつくり上げる楽しさを実感しました。美容の学校で培った手の動かし方など、意外な形で経験が活きる部分もありましたね。

その後、28歳で取締役に就任し、会社の改革を進める立場になりました。当時は中小企業診断士や簿記の資格を取得し、ISO認証の取得や展示会への積極的な出展、定期面談の実施などを手探りで進めていました。今振り返ると、これらはすべて「『良い社長』として外側からどう見られるか」を強く意識した行動だったと思います。

代表就任とコロナ禍 全責任を負い「数字と利益」に向き合う

ーー「外側を意識した経営」から、意識が変わるきっかけは何でしたか。

石垣雅裕:
2019年に代表取締役へ就任したことが大きな転機です。就任した直後にコロナ禍を迎え、売上高が下落するという厳しい環境に直面しました。全責任を背負う立場になり、「会社の利益や財務体制の抜本的改革」へと意識がガラリと変わったのです。社員に還元するためには、ただ売上高を伸ばすだけでなく、しっかりと利益を残さなければならないと痛感しました。

ーー利益を残すために、具体的にどのような財務体制の改革を進めましたか。

石垣雅裕:
単に売上高を追うのではなく、「限界利益」を高める構造をつくるための取り組みを始めました。私一人で数字を抱え込むのではなく、外部の専門家を交えた「原価管理プロジェクト」を立ち上げたのです。社員の中からメンバーを集め、財務や利益が残る仕組みについて3年かけてともに学び、組織全体で数字への意識を変えていきました。

「みんなで未来を決める」 OKRと経験が循環する会社づくり

ーー財務体制の改革を進める中で、組織全体にはどのような変化がありましたか。

石垣雅裕:
利益が残る仕組みをともに学んだことで、社員と数字への意識を共有できるようになりました。そこから「みんなで未来を決め、みんなで動く」という組織づくりへと発展していったのです。具体的には、幹部や社員を含めた約8名とともに、あえて今の延長線上にはない、手の届かない遠い目標を設定するOKR(目標管理手法)を導入しました。直近では「中部地区で一番選ばれる企業になる」という目標を掲げ、そこから逆算して「どうしたら到達できるか?」を毎月のように議論し、実行する組織へと進化しています。

ーー社員の方に、主体的に未来を描いて動いてもらう狙いは何でしょうか。

石垣雅裕:
根底にあるのは「経験が循環する会社づくり」という思いです。会社の中で最も特別な経験を得られるのは社長ですが、展示会の企画や採用活動、新規事業など「経営にかかわる経験」を私だけが独り占めするのではなく、社員に分け合いたいのです。「自ら決断し、その結果の未来を引き受ける体験こそが、人の人生を豊かにする」と信じています。

銅ブスバー加工に特化した事業戦略と独自の集客手法

ーー現在の事業における最大の強みは何でしょうか。

石垣雅裕:
「銅ブスバー」の精密加工に圧倒的に特化している点です。年間における弊社の銅加工量は約150トンにのぼり、月に1000〜1500点、年間で約2万点という多品種少量の精密加工体制を敷いていることが、他社との大きな差別化につながっています。変圧器や制御盤を作る電力設備メーカー様へ向けて供給を行っており、単品から少ロットまで柔軟に対応できる生産ラインを整えました。

さらに、銅は非常に傷がつきやすい素材であるため、一般的な治具では曲げ加工の際に傷が入ってしまう課題があります。弊社では傷を防ぐ独自の治具を自社で開発し、高い品質水準を維持するノウハウを蓄積してきました。

ーーその精密加工体制を活かす集客面ではどのような工夫をされていますか。

石垣雅裕:
専門Webサイト「銅ブスバー.com」によるオンライン集客と、売上高へ直結する戦略的な展示会出展を掛け合わせています。サイトを通じて毎月10件ほどの新規お問い合わせを安定して獲得できるようになりました。銅ブスバーという特定の材料名で検索された際に確実に受注を獲得できる仕組みを構築できたと感じています。

展示会出展に関しても、以前は銅の美しさや魅力を広く伝える自己表現の場として参加していました。しかし現在は、実際にお客様としっかりつながり受注へつながる展示会のみを厳選して出展する方針へと大きくシフトしています。リアルとWebの両面から認知度を高め、中部地区にとどまらず日本全国のお客様との縁を広げる取り組みを推進しています。

売上高100億円への挑戦と次世代リーダーの育成

ーー最後に、今後の展望やビジョンをお聞かせください。

石垣雅裕:
2036年までに、現在の10億円規模から10倍となる「売上高100億円」を目指します。これは、単に工場を新設して売上高20億円を目指すような、既存事業の延長線上の話ではなく、M&Aや周辺領域への進出を前提とした戦略です。そのためには、5年後、10年後の未来を一緒に考えられる人材や、M&A先の社長を任せられる次世代幹部の育成が急務です。すでに100億円規模の経営者の話を直接聞く機会を設けたり、「未来創造会議」を新設したりして動き出しています。将来的にはベトナムなどの海外拠点も視野に入れ、電力設備業界で「困ったらまず石垣に相談しよう」と言われるインフラを支える存在になりたいですね。そして、社員やかかわるすべての人が、素敵な人生を歩めるようなグループをつくり上げていきます。

編集後記

最も心を動かされたのは、石垣社長の「経験を分け合う」という言葉に込められた熱量だ。会社を大きくすることだけが目的ではない。自らが決断し、未来を引き受けるという「経営の醍醐味」を社員にも同じように経験してもらいたいと願う姿勢からは、トップとしての深い愛情と覚悟を感じた。10年で100億円という壮大な目標に向かって、ともに未来を描き、ともに動く彼らの組織力をもってすれば、その未来は必ず実現可能な現実として私たちの目に映るに違いない。

石垣雅裕/1986年、愛知県生まれ。中小企業診断士。2019年に株式会社石垣商店の3代目代表取締役に就任。銅専門の金属加工会社として、電力設備向け銅ブスバー加工を中心に事業を展開。事業承継、組織づくり、M&Aにも注力している。