
1957年の創業以来、防衛装備品から自動車、通信機器まで、専門性の高い翻訳とマニュアル製作を手がけてきた株式会社ホンヤク出版社。長い歴史の中で業績が低迷した時期もあったが、近年はM&Aを活用し、同業他社や周辺領域の企業を次々と統合するロールアップ戦略と、AIの積極的な導入により業績を回復させている。当時の厳しい環境を打破し、複雑な受発注の構造という業界全体の課題解決にも挑む代表取締役の堀下修氏に、組織変革の軌跡と未来に向けたビジョンを聞いた。
映画『摩天楼はバラ色に』と父の背中を見て抱いたビジネスへの強い憧れ
ーーまずは、経営者を志した原体験について教えてください。
堀下修:
小学校低学年の頃に『摩天楼はバラ色に』というアメリカ映画を観たことが最初のきっかけです。その映画で主人公が自身の知恵と行動力を駆使して一発逆転をする展開を見て、「将来はスーツを着て活躍するビジネスパーソンや経営者になりたい」と強い憧れを抱きました。
また、私の父は工場の作業員として働いており、夜中の2時や3時に家を出て夕方に帰宅するという生活を送っていました。そんな父に感謝する一方で、私は父とは違う環境に身を置きたいという思いが強くなったのです。そこで、新卒で広告代理店に入社し、ベンチャー企業の営業職として経験を積みました。その過程でも、「30代までに明確に経営者になる」という目標を常に持ち続けていましたね。
古い企業体質との対峙と入社3ヶ月で掲げた社内改革の青写真
ーーその後、2010年に貴社へ入社された当時の社内はどのような環境でしたか。
堀下修:
私が入社した当時の弊社は、体育会系で軍隊のような厳しい環境が根付いていました。「上の言う通りにやっていればいい」という風潮があり、新しい提案を受け入れてもらうのが難しい状況だったのです。会社を良くするために新しいウェブサイトでの集客などを提案しても、すぐには理解を得られないような環境でした。
ーーそのような状況下で、どのように社内改革を進めていったのでしょうか。
堀下修:
入社して3ヶ月ほどの頃、会社を良くするためにやりたいことを自ら100個ほどリストアップしました。当時は提案してもすぐには耳を貸してもらえませんでしたが、共感してくれた上司の協力も得ながら、少しづつ着手していったのです。具体的には、紙の受注伝票を基幹システムへ移行し、当時はあまり使われていなかった翻訳支援ツールを本格的に導入するなど、アナログからデジタルへの転換を進めました。歩みはゆっくりでしたが決して諦めず着実に改善を重ねた結果、当時リストアップした提案の8〜9割はすでに実現しています。
孤独とは無縁の経営 真面目で控えめな社員たちの「声なき想い」を形にした軌跡

ーー大きな改革を進める過程で、孤独を感じる瞬間はありませんでしたか。
堀下修:
2023年に弊社の代表取締役に就任し、さらなる組織改革を牽引する中でも孤独を感じたことはこれまで一度もありません。なぜなら、私が実現したいことは、社員一人一人の願いでもあるからです。入社当時に掲げた100個の提案も、真面目で控えめな社員たちが密かに抱えていた声なき想いを集約したものに過ぎません。それは「もっとこうしたい」という彼らの願いであり、それを形にしていくことが私の役割です。共感してついてきてくれる社員がいるからこそ、今の弊社があるのだと感謝しています。
翻訳業界の構造的課題に挑み、飛躍的な事業拡大と次なるステージを見据える
ーー社内だけでなく、翻訳業界全体に対してどのような課題感をお持ちでしょうか。
堀下修:
最も課題を感じているのは、多重下請けによる利益の分散と搾取の構造です。翻訳業界の市場は2000億円規模といわれていますが、そこに約2,000社もの翻訳会社が乱立しています。4次、5次といった多岐にわたる複雑な階層の受発注構造が常態化し、不必要に利益が分散してしまっており、現場で素晴らしいアウトプットを生み出している優秀な翻訳者たちが、正当に評価されず搾取されている現状があります。そんな状況下で、私は関わるすべての人たちが正当に評価され、しっかりと対価が支払われる環境を目指しています。そのためにも「儲かる業界」へと変えていきたいと強く思っています。
ーーその多重構造を打ち破るために、どのような戦略を描いていますか。
堀下修:
AIを「仕事を奪う脅威」ではなく、「お客様の選択肢を広げる武器」として最大限に活用することです。たとえば関連会社では、機械翻訳とプロの校正を組み合わせた手法に特化し、新たなニーズを現在開拓しています。また、この業界は会社によって専門領域が細分化されているという特徴があります。だからこそ、各領域の企業をM&Aによるロールアップ戦略で積極的にグループに迎え入れ、ITや金融など対応できる分野を増やすことが重要です。それが結果として私たちの対応の幅を広げることに繋がり、AIの活用と同様に「お客様の選択肢を広げる強力な武器」となります。こうした取り組みを通じて「やり方次第でこの業界はまだまだ伸びる」と自らの成長で証明していきたいのです。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
堀下修:
足元の業績は順調に回復しており、2期連続で130%成長するところまで来ました。将来的にはさらなる成長を見据え、売上高100億円、100年続く企業という目標も視野に入れています。こうした事業成長を実現し、さらなる飛躍を遂げるために目指しているのは、日本語が絡む翻訳において「ホンヤク出版社にしか依頼できない」と言われる唯一無二の存在になることです。自社の発展にとどまらず、翻訳業界全体のマインドチェンジを促し、新たなスタンダードをつくり出していくことが私たちの次なる挑戦です。
編集後記
自身の目標は社員一人一人の願いでもある。そう語る言葉には、決して折れることなく、真面目な社員たちの声なき想いをすくい上げてきた堀下社長の深い愛情と覚悟が滲んでいた。受発注の多重構造やAIの台頭に揺れる翻訳業界にあって、社長の眼差しは常に「関わる人が正当に評価され、幸せになる未来」へと向いている。自らの成長で業界全体のスタンダードを変えようとする圧倒的な熱量に触れ、未来の翻訳業界がどう変わっていくのか、大きなワクワク感が止まらない。

堀下修/1981年、神奈川県生まれ。日本大学卒業。株式会社リクルートの代理店に入社後、ベンチャー企業を経て2010年に株式会社ホンヤク出版社へ入社。前職では取締役としてマネジメントおよび経営全般にも深く関与した。ホンヤク出版社へ入社後は、営業および製作の両面から改革を推進。現在は、業務提携やM&Aにも積極的に取り組み、2027年に70周年を迎えるホンヤク出版社を「100年続く企業」とするべく、そして「もっと儲かる翻訳業界」を目指して日々奮闘中。