
縮小傾向にあるとみなされがちな水産業において、未利用魚を活用した定期便サービス「フィシュル!」を展開する株式会社ベンナーズ。代表取締役の井口剛志氏は、大学在学中に実家の事業が倒産し、家屋を差し押さえられるという絶望的な環境から起業の道を選んだ。家業のレガシーを強みに変え、水産業というブルーオーシャンに挑み、現在は累計7万人以上の顧客基盤を持つまでに成長させている。事業にかける覚悟、不満を徹底解消する画期的なサービスの裏側、そして業界全体の救世主となるための未来図について話を聞いた。
逆境から始まった起業への道と「絶対に諦めない」覚悟
ーーまずは、起業を決意された背景から教えてください。
井口剛志:
最大の理由は、短期間で資金を得るために「自分で起業して大成功するしかない」と覚悟を決めたことです。私が大学3年生のとき、実家の事業が倒産し、大切な家や家財までもが次々と差し押さえられるという絶望的な危機に直面しました。その過酷な状況を目の当たりにし、「失ったものを必ず買い戻したい」という強い思いが胸に芽生えたのです。しかし、会社員として働きながら着実に資金を貯める道のりでは、到底時間が足りません。そこで自らの手で最速で現状を覆すべく、大学卒業直後にベンナーズの創業へと踏み切りました。
ーー厳しい環境で起業の道を選ぶにあたり、ご自身の支えとなったものは何でしたか。
井口剛志:
起業時に自分自身と約束した「絶対に諦めない」という強い意思です。社名のベンナーズ(Vennars)や経営思想の核にもその思いを込めています。私の父は商売が下手で、3度の倒産を経験するような破天荒さがありましたが、決して諦めない人でした。その姿を間近で見てきたことで、「諦めない限り解決策はある」「死ぬこと以外かすり傷だ」という揺るぎない精神力を培うことができました。
縮小産業をブルーオーシャンに変える「フィシュル!」の躍進
ーー強い意思を抱く中で、事業領域にあえて水産業を選んだ理由をお聞かせください。
井口剛志:
水産業はGDPが右肩下がりの衰退産業とみなされがちですが、だからこそ「課題が山積みであり、解決したときのインパクトが最も大きいブルーオーシャン」だという、事業の可能性を感じたからです。資金も経験もない中で、代々、魚の商売を行っていた父や祖父の存在という家業のレガシーを強みに変え、業界知識やネットワークというアドバンテージを武器にするのが最善だと考えたのです。
ーー「フィシュル!」が多くの人に支持されている要因をどのように分析していますか。
井口剛志:
「日本人は決して魚が嫌いになったわけではなく、骨や生ゴミの処理、気になる匂いに加え、『いつも同じメニューになってしまう』というレパートリーの制限など、調理にかかる手間や悩みが嫌いになっただけ」という本質的な不満を、徹底的に解消できたからだと思っています。
だからこそ、私たちはその煩わしさをなくすべく、圧倒的な「簡単・便利さ」を追求しました。自社工場や全国の協力工場で、水揚げ後すぐに「骨なし加工」「味付け」「瞬間冷凍」を施し、解凍するだけで手軽に美味しく食べられる感動体験を提供しています。さらに、社会的に高まるSDGsや「未利用魚」への関心と、自社のデジタルマーケティングを掛け合わせることで、多くのメディア露出を獲得し、オーガニックな顧客開拓に成功しました。
多様性とオープンコミュニケーションでつくる「自走する組織」

ーー組織を牽引するうえで、大切にされている信念は何ですか。
井口剛志:
年齢・経験・バックグラウンドを超えた「多様性」と、フラットで壁のない「オープンコミュニケーション」です。現場を含め、部署の垣根を越えて全員で問題にアプローチするには、オープンな関係性が不可欠です。そこで、私自身、毎週月曜日の朝に福岡の工場の朝礼に参加し、現場のアルバイトスタッフも含めて全員と対面で関わるなど、オープンコミュニケーションを徹底しています。
ーー今後の組織運営において、どのような課題や目標を見据えていらっしゃいますか。
井口剛志:
「私がいなくても回る」ような、自走する仕組みづくりへの挑戦です。これまでは、私を含めた特定の個人の馬力に頼る属人的な経営で引っ張ってきた部分がありました。しかし、会社がこれ以上の成長を遂げるためには、そこから脱却し「人に任せる」ことが不可欠です。
そこで今後は業務の棚卸しや分業を進め、AIを活用した自動化を導入することで人の手を煩わせない体制を構築していきます。そうして組織全体に余裕を持たせ、各部署のホープたちが自走できる状態を整えた上で、私は重要なアライアンスの構築や人材採用といった本来の役割に専念し、次世代の経営幹部育成に本気で取り組んでいきたいと考えています。
「魚といえばフィシュル!」の世界へ 業界全体の救世主としての使命
ーー3〜5年先の未来において、どのようなビジョンを描いていますか。
井口剛志:
2030年までに、顧客基盤を現在の約6倍にあたる累計40万人へと急拡大させる計画です。そこで、まずは新商品の開発などを通じてラインナップを拡充させ、「フィシュル!」以外の新しい定期便サービスも立ち上げていきます。これらを通じて、1人のお客様と50年向き合える、世代を超えるサービスを目指していく考えです。
ーーさらにその先の10年後は、業界にどのようなインパクトをもたらしたいですか。
井口剛志:
10年後に向けては、BtoCをメインに「魚といえばフィシュル!」と呼ばれるような、代名詞となるブランドを確立したいと考えています。また、2026年の秋からは、世界2位の水揚げ量を誇りながらコールドチェーンインフラ(低温物流基盤)が不十分なインドネシアへ、日本式の鮮度保持・加工技術をノウハウごと輸出する「コールドチェーンモデル」のプロジェクトが本格始動します。この取り組みを通じて水産業界全体に良い循環を生み出し、業界全体の救世主となる使命感を持って挑戦を続けていきたいと考えています。
編集後記
実家の事業倒産という過酷な原体験から這い上がり、「絶対に諦めない」という執念で水産業界に新風を吹き込む井口剛志氏。最も印象に残ったのは、あえて衰退産業と呼ばれる領域に飛び込み、事業のポテンシャルを見出す鋭い視点と、未利用魚の活用やインドネシアへのコールドチェーンモデル輸出といった途方もないスケールの構想を語る熱量だ。破天荒な父親から受け継いだという揺るぎない精神力と、未来を見据えた緻密な戦略。この両輪を持つ同社が、日本の食卓、そして世界の水産業をどう変えていくのか、今後の展開から目が離せない。

井口剛志/1995年、長崎県長崎市生まれ、福岡県育ち。高校1年終了時に日本の高校を中退し、単身渡米して米国の高校へ編入。その後、ボストン大学へ進学し、アントレプレナーシップと経営学を専攻する。大学卒業後の2018年4月、22歳で株式会社ベンナーズを創業し、代表取締役に就任。お魚のサブスクリプション・D2Cサービス「Fishlle!(フィシュル)」などを展開している。