※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

冬の風物詩として定着した「クリスマスマーケット」。福岡でその文化をいち早く根付かせ、現在では光やアート、音楽を融合させた独自の概念「クリスマスアドベント」へと昇華させているのが、株式会社サエキジャパンの佐伯岳大氏である。同氏は大学在学中、19歳で起業し、数々の著名な企業経営者との交流を経て、2013年に福岡で初のクリスマスイベントを実現させた。本場ドイツでの感動を胸に、コロナ禍の苦境をも乗り越え、現在は東京・上野恩賜公園(不忍池エリア)をはじめ、全国へ展開を進めている。情熱と圧倒的な行動力で街を照らし続ける佐伯氏に、事業にかける思いと未来への展望を聞いた。

自転車で山を越えた少年時代と19歳での起業

ーーまずは、起業に至るまでの経緯についてお聞かせいただけますか。

佐伯岳大:
原点は、厳格な家庭環境にあります。私は剣道九段を有する祖父、警察官である父のもとで育ちました。中学生のときには、より厳しい剣道の環境を求められ、自転車で2つの山を越えて片道1時間ほどかかる学校へ転校させられたこともあります。当時はすべて親が決めた道を歩んでいましたが、あの過酷な環境を乗り越えた経験が、現在の基盤となっています。

ーー過酷な経験は、その後の進路にどう影響しましたか。

佐伯岳大:
大学生になってからは車の免許を取ったことによって行動範囲が広がり、アルバイトも経験しましたが長続きしませんでした。そんな時、ある貿易会社の経営者と出会い、それが大きな転機となります。若くしてリサイクルビジネスを成功させていたその方から、「使い捨てカメラの空のケースを集めてきたら買い取る」と提案され、事実上の直営回収部隊のような役割を担うことになったのです。

その際、中学時代の過酷な通学経験が思わぬ形で活きました。親が雨の日に帰れなくなる事態に備えて、自転車を積めるワゴン車を用意してくれており、その車が家にあったおかげで自力で写真屋を回り、スムーズに回収事業を始められたのです。これが実質的な個人事業のスタートとなりました。やがて大学卒業が近づき就職を考える時期になりましたが、当時は就職氷河期の真っただ中だったこともあり、本格的な就職活動は行わず、そのまま19歳で自営業の道を歩み始めました。

大物経営者との出会い そして「クリスマス」の運命の交差点

ーーこれまでのキャリアの中で、転機となった出来事は何でしたか。

佐伯岳大:
20代前半で自己啓発プログラムと出会い、渡米したときのことです。そこで「一生に一回しかない人生をどう生きるか」を深く問われ、スイッチが入りました。そして帰国後、「自分が主催すれば会いたい人に会えるはずだ」と考え、自ら20代の若者を集めた会を立ち上げたのです。すると、その活動が予想以上の反響を呼び、著名な企業経営者の方々までもが福岡へ足を運んでくださるようになりました。そうしたご縁が広がるにつれ、徐々に「福岡の街を共に良くしていこう」といったプロジェクトにも関わるようになっていったのです。

ーー現在のクリスマスイベントの企画に至った経緯をお聞かせください。

佐伯岳大:
26歳のときに知り合いの経営者から「福岡の冬は寂しい。ドイツのクリスマスは凄いらしいから見に行かないか」と誘われて現地へ渡ったのが原点です。実際に現地で本場のクリスマスマーケットを目の当たりにして、その素晴らしさに感動し「これを絶対に福岡でやりたい」と心に誓いました。

しかし、当時の私にはイベント運営の経験は全くありません。最初は誰にも相手にされず、場所を借りることも叶わない状況が続きました。それでも「赤字覚悟でとにかく実現しよう」という執念だけで動き続け、結果6年間に及ぶ準備と粘り強い交渉が実を結び、2013年に博多駅前での開催ができたのです。最終日は達成感のあまり涙が止まらなくなるほどに感動し、その日のことは今でも鮮明に覚えています。

「動けば変わる」 街づくりに欠かせない共感と本質

ーー事業を推進するうえで、最も大切にしている価値観は何ですか。

佐伯岳大:
「考えるよりまず行動する」ことです。悩んでいても何も変わりません。相手に本気度を伝えるため、即日・即時の行動を徹底しています。年間で何百回と私の思いを伝えるプレゼンを行い、ファンや応援してくれる方を増やしてきました。日本中で、自分よりクリスマスを考えている人はいないと自負しています。夢は大きく持ち、まずは動くことで、必ず結果につながると信じています。

ーー事業を展開する地域や協業パートナーは、どのような基準で選定しているのですか。

佐伯岳大:
「どこでやるか」よりも、「誰とやるか」を最重要視しています。街の価値を上げたい、地域を本気で良くしたいという情熱を共有できる方と組むことが絶対条件です。たとえば昨年、東京・上野公園でクリスマスアドベントを開催した際も、関係者の皆さんが持つ「もっと上野を盛り上げたい」という熱い思いと、私たちの思いを共有できたからこそ、同じ方向を向いて取り組むことができ、実現に至りました。

ーーイベントを通じて人々にどのような価値を提供したいとお考えでしょうか。

佐伯岳大:
単に物を売るイベントではなく、光やアート、音楽を融合させた芸術的な感動を提供し、人々の心に寄り添う「本質的な街づくり」を目指しています。コロナ禍でイベント開催が危ぶまれた際には、中洲にイルミネーションを灯す取り組みをしました。また、病院にいる患者さんやそのご家族にもクリスマスを楽しんでいただき、少しでも希望を持っていただけるよう、病室からも見える位置にクリスマスツリーを設置する取り組みも行なっています。

「クリスマスアドベント」を日本の新たなスタンダードへ

ーー今後の展開について、現状はどのように考えていますか。

佐伯岳大:
私たちが目指すのは、「クリスマスアドベント」のブランド確立です。現在では「クリスマスマーケット」の名称は一般化しましたが、私たちはその枠を超え、光やアート、音楽が融合した唯一無二の概念として打ち出しています。これを日本のクリスマスのあり方を変える新たなスタンダードとして定着させることこそが今の大きな目標で、今年はさらに内容をバージョンアップさせた企画を予定しています。

具体的な地域としては、福岡を起点に、東京・上野、香川県高松市、高知市など、思いをともにする地域へ活動を広げ、クリスマスを通じた地域活性化・地方創生につなげていく方針です。東京・上野では、昨年の袴腰広場での開催から、今年は不忍池周辺や音楽堂ステージまでエリアを拡大し、さらに進化したクリスマスアドベントを展開します。

また、将来的には海外展開も見据えており「世界一のクリスマス」を創り上げたいと考えています。ただ、私自身がノウハウに執着し、独占するつもりはありません。地域の方々や20代の若い世代にまちづくりのノウハウを伝え、最終的には各地域が自立して祭りの文化を盛り上げていける仕組みを残していくのが、私の果たすべき役割だと認識しています。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

佐伯岳大:
ぜひみなさんにも、自分自身の目標をしっかりと立てて、諦めることなくチャレンジしてほしいと願っています。まずは行動を起こすことが何よりも大切であり、結果は後から必ずついてくるものです。現在私たちは、営業やマーケティング、ブランディングといった幅広い業務に挑んでいただける仲間を探しているところです。私の思いに共感し、一緒に「街おこし」という文脈で新しい歴史をつくってくれる方からの挑戦を、心よりお待ちしております。

編集後記

「赤字でもいいからやりたかった」。佐伯社長の言葉からは、計算や効率を超えた圧倒的な熱量がひしひしと伝わってきた。若き日の手探りの挑戦から始まり、本場ドイツでの心震える体験を経て、「街に光を灯す」という壮大なプロジェクトへと結実したその道のりには、強い意志が貫かれている。「クリスマスアドベント」は、単なる冬のイベントではない。コロナ禍の歓楽街を照らし、病室の窓辺に希望を届けてきたように、人々の心に寄り添う「体温のある街づくり」そのものである。行動し続ける者だけが景色を変えられる。その確固たる信念と実行力が、これからも日本中の冬を温かく照らし出していくに違いない。

佐伯岳大/1981年、福岡県生まれ。大学在学中の2001年に起業し、2007年に株式会社サエキジャパンを設立。福岡発の「クリスマスアドベント」を総合プロデュースし、日本最大級へ成長させる。2025年には東京・上野へ進出。警備、飲食など多方面でも事業を展開している。