※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

静岡県静岡市の由比で、高品質なツナ缶を製造し続ける株式会社由比缶詰所。業界全体がコスト削減に走る中、同社は1945年からのレシピと厳選した原材料を守り抜き、独自のブランドを確立してきた。かつて売上高の大半を占めていた大口取引が消失する危機に見舞われた際も、新たな事業計画と新商品の大ヒットで見事に乗り越えている。現場の隅々まで知り尽くした織戸仁社長に、困難を打開した当時のエピソードや、経営において大切にしている信念、そして今後の展望について話を聞いた。

会社の存続を懸けた事業再構築と「任せる経営」

ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。

織戸仁:
高校卒業後、恩師からの紹介をきっかけに入社し、当初は営業部へ配属されました。ただ商品を売るだけでなく、容器や包装資材といった副原料の調達などにも携わっていたんです。入社から7、8年経った頃には、メインとなる魚の買い付けを任されるようになり、その後は総務や経理など、工場以外の幅広い業務を経験してきました。

ーーそこから、どのような経緯で社長に就任されたのですか。

織戸仁:
当時、専務として会社を牽引していた方が急逝されるという不幸があり、工場以外の業務をすべて把握している人間が私しかいなかったため、白羽の矢が立ちました。しかし、当時は会社にとって非常に厳しい状況でした。売上高の約9割を占めていた大口取引先からの依頼が、先方の内製化により数年後には途絶えることが決まっていたのです。このままでは会社の存続が危ぶまれるため、コンサルタントと協力して必死に事業計画を立て直し、銀行を説得して回りました。

ーーその危機的な状況を、その後どう乗り越えていったのでしょうか。

織戸仁:
昔から細々と作っていた自社ブランド品に注力したことが1つの転機です。メディアで取り上げられたことで認知度が上がり、徐々に売上高を伸ばしました。同時に、外部企業から新たな製造の依頼を受けたり、他社と共同開発した明太子を使用したツナ缶が大ヒット商品へと成長したりと、新しい柱が立ち上がりました。自社製品の認知度向上と新商品の成功というベースができたことで、今後の目処が立ち、そのタイミングで私が社長を引き継ぐことになったのです。

ーー経営者として、組織をまとめる上で大切にしていることを教えてください。

織戸仁:
「現場に任せつつ、ミスをさせない仕組みをつくる」ことですね。経営者がすべての業務を行うことはできないため、権限は委譲しつつも、丸投げではなく必ずチェックできる体制を整えています。また、現場から上がってきた提案は、できる限りやってもらう方針です。上から押し付けられた指示よりも、自分たちで気づき、提案したことのほうが、最終的に良い結果につながりやすいからです。

時代に流されず 品質至上主義を貫き通す

ーー他の缶詰メーカーと比べた際の、貴社の強みや特徴を教えてください。

織戸仁:
特別なことをしているわけではなく、1945年からレシピを変えずに、とにかく味を落とさずにつくり続けてきたことが最大の強みと言えます。かつて、業界全体で国内向けのシェアを獲得するために、低価格競争が激化した時代がありました。その際、多くのメーカーが、原材料の魚を安い種類に変えたり、油を安価なものに変更したりとコスト削減に走っています。その結果、身の量が減り、味が変わってしまった商品も少なくありませんでしたね。

ーーそうした環境の中で、なぜ貴社は品質を維持できたのでしょうか。

織戸仁:
弊社は長年、大手企業の製造をメインに請け負っていたため、自社ブランド品は、社員や近隣の方々など、昔からの味を知っている一部のお客様に向けてのみ作っていました。そのためコストを意識して品質を落とす必要がなく、昔ながらの製法を守り抜くことができたのです。効率や大量生産を追うのではなく、とにかく品質を重視する。その地道な姿勢を貫いた結果として、いつの間にか私たちの商品が市場で高いクオリティを持つものとして評価されるようになりました。

由比の魅力を活かし 次世代へバトンをつなぐ

ーー今後、会社をどのように成長させていきたいとお考えですか。

織戸仁:
大きな変化を追うのではなく、今の事業をしっかりと確立させ、自社ブランド品の販売割合を増やしていくことが目標です。そのために、適切な価格でお客様に商品を届けられる直売所での販売や、ネット販売を強化しています。特に直売所には、全国からお客様が足を運んでくださるようになりました。新鮮な魚が工場に搬入され、缶詰になるまでの工程を見ることができる昔ながらの風景や、由比という町の魅力そのものを楽しんでいただきたいですね。

ーー今後の組織づくりや人材採用については、どのようにお考えですか。

織戸仁:
現在、現場を支えている中核メンバーの次の世代となる、リーダーや幹部の育成が急務です。これまで高校からの採用が中心でしたが、今後の会社を担う人材を育てるため、大学生の採用にも力を入れ始めています。当社の魅力は、働きながら食に関わるさまざまな学びを得られることです。これまでも、現場社員の調理師免許取得をサポートするなど、人を育てる環境を大切にしてきました。また、直売所でお客様から直接「美味しい」と褒めていただける機会も多く、自分たちの商品や仕事に誇りを持って働ける環境が整っています。これからも、食に関わる学びを提供しながら、次世代へとしっかりとバトンをつないでいきたいですね。

編集後記

存亡の危機に立たされながらも、品質を落とさず実直に商品をつくり続けた由比缶詰所。織戸社長の語り口からは、決して派手な戦略に走らず、守るべきものを守り抜くという確固たる信念が伝わってきた。「任せつつ、ミスをさせない」という絶妙なバランス感覚で組織を率いる手腕は、危機を乗り越えた経験の賜物だろう。時代が変わっても変わらない美味しさを届け続ける同社が、これから次世代のメンバーとともにどのような未来を描いていくのか、大いに期待したい。

織戸仁/1964年生まれ。清水市立商業高等学校卒業後、1982年4月入社。2000年6月監査役、2003年6月取締役を経て、2016年6月に代表取締役社長就任。