※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

兵庫県を中心に、最高級の「神戸ビーフ」を提供する老舗ステーキ店、株式会社カワムラ。創業から54年間、手づくりにこだわった伝統の味を守り続ける同社は、インバウンド需要の高まりを受けてさらなる進化を遂げようとしている。現在、関西国際空港での新業態「ラグジュアリー・ファストフード」の展開や、アジアを中心に海外進出など、国内の枠組みを超えた挑戦が進行中だ。「誠実な経営」を徹底し、行動力と独自のネットワークを武器に新たな市場を拓く代表取締役の川村佳子氏に、長年愛される店づくりの秘訣と未来への展望を聞いた。

「誠実な経営」と「本物」の神戸ビーフへの矜持

ーーまずは、貴社が経営において最も大切にしていることを教えていただけますか。

川村佳子:
弊社は創業から54年を迎えますが、長年変わらず大切にしているのは「お客様を裏切らないこと」、つまり「誠実な経営」の徹底です。過去に狂牛病(BSE)問題が発生した際、これまで途絶えることのなかった客足が初めて止まり、約1ヶ月間まったくお客様がいらっしゃらない時期を経験しました。しかし、その後「カワムラのお肉なら安心・大丈夫だ」と信頼して戻ってきてくださったのです。この経験から、長年積み上げてきた信頼を絶対に裏切ってはいけないと再確認し、ブランド価値の強化を図ってきました。

ーーお客様から厚い信頼を寄せられる、貴社ならではの強みは何でしょうか。

川村佳子:
やはり、本物の神戸ビーフを安定してお客様にお届けできることだと思います。神戸ビーフは、厳しい基準を満たした牛肉だけに認められる特別なブランドです。私たちは長年の仕入先との信頼関係を大切にしながら、品質にこだわってきました。

そして、もう一つ大切にしているのが、創業以来受け継いできた手づくりの味です。先代がつくり上げた自家製の味噌ダレや、マヨネーズをベースに一からつくるドレッシング、牛骨から丁寧に仕込むスープなど、今でも手間を惜しまずにつくっています。効率だけを考えれば、もっと簡単な方法もあると思います。でも、そこを変えてしまうと、カワムラの味ではなくなってしまうんです。時代に合わせて変えていくことも必要ですが、変えてはいけないものもあります。創業から受け継いできた味と、お客様への誠実さは、これからも守っていきたいと思っています。

フードロスゼロの実現と現場を支える若い力

ーー品質を維持する一方で、昨今の食材費高騰にはどのように対応されていますか。

川村佳子:
今は食材費だけでなく、人件費や光熱費など、あらゆるコストが上がっています。飲食業にとっては本当に厳しい時代です。だからといって、お肉の品質を落としたり、これまで大切にしてきた味を変えたりすることはしたくありません。そのために取り組んできたことの一つが、セントラルキッチンの整備です。以前は各店舗で行っていた仕込みを集約することで、味のばらつきを抑え、食材の無駄を減らすことにもつながっています。

ただ、コスト削減だけで乗り切れる時代ではないと思っています。必要なものにはきちんとお金をかけ、その価値をお客様に理解していただくことも大切です。安くするために品質を落とすのではなく、品質を守りながら、どうすれば適切な価格で提供し続けられるのか。そこは経営として、常に考えているところです。

ーー現場を支えるために、人材育成や組織づくりで工夫していることは何でしょうか。

川村佳子:
下積みから経験を積んで、キャリアアップできる環境づくりを重視しています。弊社は長く働いてくれるスタッフが多く、10代から働き始め、20代で店長になったスタッフもいます。外部から管理者を採用するのではなく、自社の理念を深く理解した人材を登用しています。また、従業員価格で家族を招待できる制度などを設けており、常にお客様目線を養えるようにしています。こうした自発的なホスピタリティが育つ環境こそが、現場を支える要です。

新業態「ラグジュアリー・ファストフード」と世界展開の舞台裏

ーー強固な組織と経営基盤をもとに、今後はどのような店舗展開を構想していますか。

川村佳子:
私が今、特に力を入れているのが、「ラクジュアリー・ファストフード」という新しい業態です。高級なものは、時間をかけてレストランで食べるものだというイメージがありますよね。でも、短い時間でも、本物の神戸ビーフを味わっていただくことはできると思ったんです。そこで、世界中の方が行き交う関西国際空港に「KOBIST」を出店しました。コンセプトは、ファストフードの手軽さやスピードと、高級レストランで提供するような本物の品質を両立させることです。神戸ビーフのステーキサンドなどを通じて、時間のない方にも、日本が誇る食材の素晴らしさを知っていただきたいと思っています。

私が大切にしているのは、単に高い商品を売ることではありません。良いものには、それだけの価値があります。その価値をきちんと伝えて、適切な価格で販売する。それが生産者を守ることにもつながると思っています。日本には世界に誇れる素晴らしい食材や技術がたくさんあります。それなのに、安く売ることばかりが求められてしまうのは、私は少し違うと思うんです。まずはKOBISTをしっかりと軌道に乗せて、この「ラクジュアリー・ファストフード」という新しい業態を確立したいと思っています。

ーー海外市場への進出はどのようにお考えですか。

川村佳子:
これまで仕事だけでなく、経済団体での活動やゴルフなど、さまざまな場所で多くの方と出会ってきました。そうしたご縁が、今の海外展開のお話にもつながっています。私は、人との出会いは本当に大切だと思っています。ただ、名刺交換をしただけで何かが始まるわけではありません。お互いに信頼関係があって、初めて一緒に仕事ができるのだと思います。

海外への出店も、店舗数を増やすことが目的ではありません。大切なのは、現地でもカワムラの品質や考え方を守っていただけるかどうかです。日本と海外では、食文化も商い方や習慣も違います。設備や食材の調達など、乗り越えなければならない課題もたくさんあります。それでも、信頼できるパートナーと一緒に、本物の神戸ビーフと日本の食文化を世界へ届けていきたいと思っています。将来的には、アジアを中心に海外展開に挑戦できればと考えています。

本物の価値提供を通じて日本の豊かな未来に貢献する

ーー今後のさらなる展開に向けて、社内のDX推進にはどのように取り組んでいきますか。

川村佳子:
勤怠管理など、一部の基幹業務には外部の専門システムを導入し、デジタル化を進めています。しかし、シフト作成のような複雑な業務は依然として属人的であり、特定のスタッフに負担が集中しているのが現状です。この課題を解決するため、今後はAIを活用した業務の自動化など、DXの推進をさらに加速させていきたいと考えています。企業が次のステージへ進むためには、年代を問わず最新の情報や技術を恐れず、柔軟に取り入れていく姿勢が不可欠です。

ーー最後に今後の展望や目指すべき姿についてお聞かせください。

川村佳子:
私は、日本はもっと自分たちがつくるものの価値に自信を持っていいと思うんです。安く売ることばかりが良いことだとは思いません。良いものをつくるには、当然それだけの手間もコストもかかります。それを適正な価格で販売して、働く人のお給料を上げ、生産者にもきちんと還元していく。そういうことを企業が積み重ねていかないと、日本は豊かにならないと思っています。

神戸ビーフは世界に誇れる日本の財産です。私たちは、その価値を安売りするのではなく、きちんと世界に伝えていきたい。もちろん、会社を経営していく以上、利益を出すことも大切です。利益がなければ、従業員を守ることも、新しいことに挑戦することもできません。だからこそ、誠実に商売をして、きちんと利益を出して、その利益をまた人や社会に還元していく。そんな会社でありたいと思っています。カワムラという会社が成長することで、少しでも日本の価値を高めることにつながれば、こんなにうれしいことはありません。これからも創業以来大切にしてきたものは守りながら、新しいことには積極的に挑戦していきたいと思っています。

編集後記

「本物」を提供し続けることへの真摯な思いと、フットワークの軽さを活かした行動力が力強く伝わってくるインタビューであった。困難な状況下にあっても決して歩みを止めず、自ら外へ出て築き上げた人脈をきっかけに世界への扉を開いている点に、同社の逞しさを感じる。伝統の味を頑なに守る一方で、最新技術の導入など革新を恐れない姿勢も非常に印象深い。人との「縁」を大切にする温かさと、未来を見据えた「合理性」。その見事な融合こそが、揺るぎないブランド力の源泉なのだろう。最高の神戸ビーフが国境を越え、世界の食卓を魅了する日はそう遠くないはずだ。

川村佳子/1970年、大阪府生まれ、兵庫県育ち。専業主婦を経て、「ビフテキのカワムラ」のホール担当などで経験を積み、38歳から経営に携わる。これまでのお迎え型の接客にとどまらず、大阪や東京における認知拡大のための活動に精力的に取り組む。一般社団法人神戸経済同友会幹事、神戸商工会議所女性会副会長。