※本ページ内の情報は2026年11月時点のものです。

1990年に富士写真フイルム(現・富士フイルム)へ入社し、デジタルカメラの欧州展開などを牽引してきた浅井尚氏。大企業で新規事業の最前線を駆け抜け、複数の企業で役員や社長を歴任した同氏は、2017年に独立し、現在はエアモビリティ株式会社の代表として「空飛ぶクルマ」と「ドローン」のインフラ構築に挑んでいる。空飛ぶクルマといえば新しい機体ばかりが話題になるが、空にはまだ道路も信号もルールもない。同社は機体の開発には手を出さず、海外メーカーと手を組みながら、空を安全に飛ぶための仕組みづくりを担う。大企業の考え方とベンチャーのスピードをあわせ持つ同氏に、その戦略と、空の移動がもたらす未来について話を聞いた。

通信、決済、そして空の移動へ 次のインフラを見据えてきた歩み

ーーまずは、大学卒業後に富士写真フイルムへ入社された経緯から教えてください。

浅井尚:
大学時代はあまり就職活動に力を入れておらず、4年次の夏頃になって少し焦りを感じて会社を選んだというのが正直なところです。入社後は商品開発や企画などに携わり、30歳からは海外事業部に所属しました。そこでデジタルカメラの欧州責任者として駐在することになったのです。

ちょうどその頃、近距離無線通信規格の「Bluetooth」が登場し始めた時期でした。1998年頃にノルウェーで開かれた第1回の会議に、デジタルカメラの担当として参加する機会もありました。当時はまだ多くの人がその可能性を理解していませんでしたが、私はこれからの時代は「通信」が非常に重要になると強く感じたのです。

ーーそこから、どのような道のりを経て起業に至ったのでしょうか。

浅井尚:
通信の重要性を確信した私は、NTTデータへ転職しました。そこで新規事業担当やファンドマネージャーとしてベンチャー企業の支援などに取り組んだ後、当時の富士フイルムの社長から、業態改革を担う新規事業担当として古巣に戻ってくるよう声がかかったのです。そこでは化粧品ブランドの立ち上げや携帯電話事業など、さまざまな事業に携わりました。

その後も子会社の社長や他社の役員などを経験しましたが、意思決定のスピードや裁量の大きさを考えた時、やはり自分でゼロから事業を立ち上げたいという思いが強くなり、2017年に独立を決意しました。

ーー起業された当初は、どのような事業からスタートされたのですか。

浅井尚:
2017年に立ち上げたのは、新規事業を育てるインキュベーションの会社です。国内外からさまざまな案件が持ち込まれる中で、これからの事業に必要になると考えたのが、「決済プラットフォーム事業」と「空飛ぶクルマ事業」でした。まずは決済がキャッシュレスへと大きく変わり、その次は移動が変わるだろうと見ていたのです。空飛ぶクルマは2年ほどかけて事業にするかを見極め、取り組むと決めてから、広く資金を集められるよう2019年にエアモビリティを設立しました。

実は、決済と移動はとても相性が良いのです。空飛ぶクルマやドローンは離着陸場などが無人での運用となり、充電するにも駐機するにも、その場で代金を支払う決済の仕組みが欠かせません。鉄道と交通系ICカードのような関係ですね。

機体開発は海外に任せ、空を飛ぶ仕組みとネットワークを整える

ーー現在注力されている、空飛ぶクルマやドローンの事業内容について教えてください。

浅井尚:
空飛ぶクルマやドローンは新しい概念であり、飛ぶためのインフラやルールがまだ整っていません。世間では新しい機体が開発されたというニュースにばかり目が向きがちですが、自動車に例えるなら、道路や信号、ナビゲーションシステムがなければ安全に走ることはできません。

我々は機体の開発そのものは行わず、それらが安心・安全に飛行するために必要なシステムやインフラ、仕組みづくりのお手伝いをしています。そこがなければ、空の利活用は実現しないからです。

ーー機体開発を自社で行わないのは、どのような理由からでしょうか。

浅井尚:
機体開発においては、すでに海外のメーカーが大きく先行しているという現実があります。特にドローンの分野では、海外では実戦などで膨大なデータが蓄積されており、そこで証明された実績が求められるのです。

そのため、海外の機体メーカーと提携し、最適な機体を国内に供給するネットワークづくりに注力しています。官公庁や企業様からのご依頼は、災害時の物資輸送や高所点検など多岐にわたります。一方で、ドローンメーカー1社が開発する機種は、多くの場合1〜2機種ほどです。だからこそ我々は、独占にこだわらずさまざまなメーカーと提携し、用途に合った機体とシステムを提案できる体制を強みにしています。提携先は現在10社ほどですが、これから20社、30社と増やしていくつもりです。

ーーインフラ構築を進める上で、国内における今後の展開をどのようにお考えですか。

浅井尚:
機体の供給だけでなく、今後は修理やメンテナンスなどのサービスネットワークを構築することが非常に重要なテーマだと考えています。必要とされる台数が増えれば、当然修理のニーズも高まるでしょう。その都度海外のメーカーに送り返すわけにはいきませんので、全国どこでも対応できるようなメンテナンスの基盤を日本国内で構築していく方針です。

時間を創出する「空の移動」の真の価値

ーー新しい移動手段として「空飛ぶクルマ」は、社会にどのような価値をもたらしますか。

浅井尚:
最大の価値は「時間の短縮」です。地上を走る自動車の場合、どれほど高級な車であっても、渋滞に巻き込まれれば移動にかかる時間は変わりません。より早く移動したいという根源的なニーズに応えるためには、空の利活用しかないのです。

飛行機やヘリコプターは滑走路や専用の離着陸場が必要なため、移動できるポイントが限られてしまいます。しかし、垂直離着陸が可能な空飛ぶクルマであれば、将来的には身近な場所から目的地まで、拠点間をダイレクトに結ぶ最短移動が可能となるでしょう。

ーー実用化に向けたスケジュール感については、どのようにお考えですか。

浅井尚:
当初は2020年代前半の実用化が期待されていましたが、機体の安全性を証明する「型式証明(タイプサーティフィケーション)」の取得や新たなルールづくりに時間がかかっており、実用化のタイミングは後ろ倒しになっています。

一方で、その間にドローンの技術はAIの進化などにより急速に発展しており、産業用ドローンの市場はすでに大きく広がっているのです。まずは急成長しているドローンの市場に注力し、そこから得た知見やネットワークを空飛ぶクルマの実用化へとつなげていきたいと考えています。

大企業の思考とベンチャーの機動力で描く全体最適

ーー大手企業も参入する市場において、貴社の優位性はどこにあるとお考えですか。

浅井尚:
大手企業同士のコラボレーションは、それぞれが一番良い部分を持ち寄る「部分最適」になりがちです。しかし、部分最適をいくら集めても、決して「全体最適」にはなりません。我々は、最初から全体最適の視点でシステムやインフラをどう構築すべきかを考え、それに必要なパーツやパートナー企業を組み上げていくアプローチをとっています。

私は大企業での経験もあるため、大企業の考え方を理解した上で、ベンチャーならではの圧倒的なスピード感と知恵で動くことが可能です。この「大企業の思考×ベンチャーの機動力」こそが、最大の強みです。

ーー今後、事業をさらに拡大していくにあたり、どのような人材を求めていますか。

浅井尚:
ベンチャー企業は資金などのリソースが限られている分、知恵とスピード、そして情熱を持って動けることが必要不可欠です。指示を待つのではなく、自ら課題を見つけてチャレンジできる方と一緒に働きたいと願っています。

また、海外のメーカーとの折衝やグローバルなサプライチェーンの構築が必須となるため、海外でのビジネスを日常のものとして捉え、物怖じせずにコミュニケーションをとれるマインドも重要です。綺麗な言葉を並べるよりも、ビジネスの最前線でしっかりと交渉を勝ち取れる力を持った方に期待しています。

編集後記

通信の黎明期にその重要性を見抜き、現在は空の移動革命を牽引する浅井社長。大企業で培ったビジネスの定石とグローバルな視点を持ちながらも、「全体最適」を見据えてベンチャーのスピード感で道を切り拓く姿が非常に印象的だった。機体開発という華やかな領域にあえて踏み込まず、社会実装に不可欠なインフラ構築とネットワーク形成に徹するその冷徹かつ情熱的な戦略は、日本の空飛ぶクルマ産業における確かな羅針盤となるだろう。

浅井尚/1990年、富士写真フイルム株式会社に入社。デジタルカメラ「FinePix」や化粧品「アスタリフト」などの新規事業立上げを主導。欧州本社(ドイツ)駐在、中国法人社長、複数子会社社長を歴任。NTTデータ、サトーホールディングスなどで経営・事業開発に携わり、2017年イーグルマーケティング株式会社を創業。2019年エアモビリティ株式会社を設立し、代表取締役社長&CEOとして、空飛ぶクルマ・ドローンなどの次世代モビリティ事業を国内外で推進。