※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

栃木県那須塩原市に拠点を構える株式会社真田ジャパンは、産業廃棄物や一般廃棄物の収集から中間処理までを一貫して手がけ、地域から絶大な信頼を集める企業だ。同社は、現代表取締役である五月女大造氏の祖父が空き瓶の卸売業として創業し、時代の移り変わりとともに、廃棄物処理へと事業を拡大してきた。五月女氏自身も手探りで中間処理事業を立ち上げ、今日の強固な事業基盤を築き上げている。地域との圧倒的な信頼関係は、いかにして生まれたのか。地域資源の循環を一手に担う未来や今後の展望をうかがった。

外の世界で学んだ「働く人の気持ち」と堅実な新規事業

ーーまずは、貴社へ入社された経緯を教えていただけますでしょうか。

五月女大造:
私は3代目にあたります。幼少期より祖父母から跡継ぎとして期待されて育ったため、ごく自然と家業を承継する意識が芽生え、現在に至りました。環境系の専門学校を卒業後、すぐには家業へ入らず、「まずは外部の企業で働き、雇用される側や現場で働く人のリアルな気持ちを経験することが大事だ」という教えに従って、最初は病院内の滅菌などを請け負う企業に就職しました。実際の現場は体力的にも非常に大変でしたが、新しい業務を次々と任せてもらえる裁量のある環境だったため、非常にやりがいを感じながら働いていました。

ーー経営者としての基盤はどのようにして身につけられたのですか。

五月女大造:
私の基盤は、家業に戻る直前に経験した大阪での1年間で築かれたと考えています。外部の企業に入社して3年目を迎えた頃、父から不意に「これからどうするんだ」と連絡がありました。私は、すぐに実家へ戻るつもりだと返答したところ、父から「大阪で1年間、経営の勉強をしてこい」と想定外の言葉をかけられました。そうして参加したのが、全国から経営者の後継ぎが集う1年間の集合研修です。日中は研修を主催する会社が運営する飲食店で働き、その合間に経営を学ぶという決して甘くない環境でした。

しかし、その厳しい日々の中で揉まれたからこそ、経営のリアルな基礎が身につき、何より人と人とのつながりの大切さを骨身に沁みて学ぶことができたのです。この濃密な1年間で得た実践的な経験と、多様な経営者たちと切磋琢磨して築いた人脈は大きな財産になっています。これらの経験は今も色褪せることなく、私の経営の太い「軸」であり、確固たる基盤となっています。

ーー事業を軌道に乗せる上で、大切にしている方針は何ですか。

五月女大造:
「急激な売上高拡大を追わず、着実に事業の基盤をつくること」です。私は入社してから1、2年ほど現場の各業務に奔走したのち、弊社にとって過渡期とも言える時期に、私と常務の二人三脚で新たな中間処理事業を立ち上げました。しかし当時は完全な手探り状態からのスタートで、万が一大きな問題を起こせば経営の根幹をも揺るがしかねない許認可事業でした。

「あえて急激に売上高を上げることはしない」と二人で固く決意し、日々直面する目の前の課題に対して泥臭く試行錯誤を繰り返しながら、小さな実績を少しずつ積み上げることで、着実に現在の事業運営の基盤を築き上げていきました。

すべてを任せられる「一貫対応」と地域からの厚い信頼

ーー現在の事業内容と、貴社の強みについて教えていただけますでしょうか。

五月女大造:
すべて弊社で一貫対応できることが強みです。現在は二社体制で事業を展開しています。弊社が産業廃棄物および一般廃棄物の収集運搬を主導し、100%子会社である那須高原リサイクルパーク株式会社が、破砕や圧縮といった「中間処理」を専門に担うことで、二社一体となった高度なリサイクル体制を構築しています。

また、19年前の2006年に個人のお客様に寄り添う「ご家庭なんでも応援隊」というサービスも立ち上げ、同業他社様を巻き込んだフランチャイズ展開へと成長させています。

加えて、専門の人員、専用車両、そして自前の中間処理設備をすべて自社で保有している点も強みですね。廃棄物の撤去から最終的な処分までを自社で一貫して完結できるため、お客様が複数の業者へ分割して依頼する手間は一切ありません。あらゆる廃棄物のお困りごとを「窓口一つ」で丸ごと解決できる圧倒的な利便性こそが、私たちが提供する価値です。

ーー顧客との関係づくりにおいて大切にされていることは何でしょうか。

五月女大造:
弊社の強固な事業基盤を支えているのは、長年にわたって積み上げてきた社会的信用です。廃棄物処理業界は不透明なイメージを持たれがちな側面もありますが、弊社は確かな実績と自治体様との連携を通じて、「真田ジャパンなら大丈夫」という圧倒的な安心感を醸成してきました。

地域社会に定着したこのクリーンなイメージがあるからこそ、お客様や同業者様から自然とお声がけやご紹介をいただけるサイクルが確立されています。その結果として、自社から積極的に開拓するための専任の営業部門を持たずとも、安定してご依頼をいただける体制を構築できているのです。

価値観を共にする仲間と地域の資源循環を一手に担う存在へ

ーー今後の展望について教えてください。

五月女大造:
今後は組織基盤を強化するための採用活動に力を入れていきます。私たちが求めているのは、単なる経験やスキルを持った方ではなく、「お客様に喜んでいただきたい」という価値観に深く共感し、行動に移せる方です。ありがたいことに、前期には運転手及び作業員の募集では180名ものご応募をいただきました。しかし、理念への共感を第一としているため、実際に入社に至ったのはごく少数でした。私たちの想いに共鳴してくださる方と広く出会えるよう、労働環境の改善をはじめとする受け入れ体制の整備を急ピッチで進めています。

同時に事業面においても、現状に満足するつもりはありません。現在は一般向けの資源回収ヤードの開設準備を進めるなど、新たなサービス展開を模索しています。地域の資源循環に貢献しながら、地元の方々に喜んでいただける価値あるサービスを生み出していきたいですね。

ーー最後に、中長期的なビジョンを教えていただけますでしょうか。

五月女大造:
10年後の定量的な目標として売上高30億円を掲げる一方、定性的には、弊社から半径40〜50キロ圏内における廃棄物の回収から処分までの全行程を、自社で一手に担える圧倒的な存在への成長を見据えています。

そのためには目の前のお客様一件一件に喜んでいただける質の高い仕事の継続が必要不可欠であり、お客様の喜びが会社の利益に直結し、それがさらなる賃金アップや待遇向上として社員へ還元される盤石な仕組みを確立することで、関わるすべての人に恩恵をもたらす好循環を生み出す企業を目指して力強く邁進してまいります。

編集後記

「真田ジャパンに任せれば安心」。この言葉に集約される地域の信頼は、一朝一夕で築かれたものではない。祖父の代から続く誠実な商いと、五月女氏が外部で培った働く人の気持ちを汲む視点、そして着実な事業運営の賜物だ。営業不要の事業基盤や180名もの応募が集まる求心力は、その事実を証明している。価値観を共にする仲間を集め、地域の資源循環を一手に担う存在へと飛躍する真田ジャパンの今後に期待だ。

五月女大造/1981年生まれ。2003年環境系専門学校卒業。日本ステリ株式会社を経て、2006年株式会社真田ジャパンに入社。2018年より代表取締役社長を務める。