株式会社ディア・ライフ 従業員約30名で年商200億円。創業者が語る少数精鋭経営成功の裏側 株式会社ディア・ライフ 代表取締役社長 阿部 幸広  (2019年10月取材)

インタビュー内容

歴史(独立を見据えて商社へ就職、不動産業界との出会い、大企業の中で気付いたこと、独立のきっかけ、人材派遣で独立、東証マザーズ上場、不動産業界での派遣が中心に)

【阿部】

最初にニチメン(現 双日)に入ったというのも、もともと実家が自営業で、そのうち後を継がないといけないのかなと思っていて、あまり商売の後を継ぎたくなかった。だから自分でやらないと、ずっとサラリーマンをしていると「後を継げ」と言われると思い、それで商社に入ったら商売が覚えられると思って、(入社して)配属されたのが建設部です。

【阿部】

(入社して)配属されたのが建設部です。1994年に入社して、入った瞬間にバブル崩壊がありました。「不動産の総量規制」がバブル崩壊のきっかけと言われていますが、商社は不動産会社ではないので、総量規制に引っかからなくて、不動産会社で融資が出ない案件が持ち込まれて、色々な不動産会社、三井不動産から大京やリクルートコスモスや東急不動産。その辺と付き合う仕事でした。代わりに土地を買って、そこに卸しをするなど、そんな仕事をしていて、なかなか面白かった。途中からファミリーマンションやワンルームとか、ビル開発など一通りした中でよく儲かったのですが、当然、会社の看板と会社のお金があって仕事をしている。

【阿部】

周りにもゼネコンから設計事務所、広告代理店、販売会社など、気がついたら色々な人がいて、かなりちやほやされていました。このままではいけないのではないかと。大きな組織でチヤホヤされながら仕事していくというのは、いけないのではないかと思いました。上司を見ていても大きな会社で偉くなるというのは、実力だけじゃないところが結構ある。定年というのも結構早いし、社長とか部長になればもうちょっと長いかもしれないが、それでも定年というのは絶対にあるから、あとは詰まってしまう。辞めないと。

【阿部】

35、6歳の時に、ニチメンと日商岩井が合併するという話で、大企業の覇権争いなどを見たりして、色々考えることがあって、裸になった自分というのが、どれだけ仕事ができるのか、きっかけは34、5歳ぐらいからずっと思っていて、一番のきっかけというのは、ニチメンと日商岩井が合併して、もともといた会社のニチメンが違う会社になったような脱力感というものがありました。自分の力がどこまで、今まで14年間不動産をやってきた中で(通用するのか)。不動産にこだわっていたわけではなく、最初に始めたのは人材派遣と不動産です。これをやってやろうというのではなく、もう一度、自分を見つめ直したかったところが大きいです。

【阿部】

独立した理由というのは、たまたま独立を考えている時に、不動産業界向けの人材派遣をやらないかという話があって、本当は不動産の開発がメインで、数億から数十、数百億の仕事しかしたことがなかったので、(大きな仕事は)個人ではできない。なんとなく人材派遣なら不動産業界のネットワークもあるし、お金がなくてもできるのかなと思い、それをやりますといって独立しました。

【阿部】

(上場)できたらいいなとか、それくらいの感じで、ニチメン時代に取引先が上場したというのが多くて、不動産会社というのは、急激に大きくなるんだなと思いました。どちらかといえばそういう会社は、販売出身です。私はあまり自分で直接営業をしたことがなかったので、(そういう会社と違って上場は)難しいのかなと思っていました。

【阿部】

(2008年は)上場して1年くらい、サブプライムでリーマンショックの前頃、不動産の融資というのが厳しくなっていて、お金を借り入れないでやるのならまた人材サービスに力を入れなくてはいけない。必然的にそれしかなくて、そん時にキッズカフェや整骨院など色々、大きな借入をしなくてもできるような仕事を、いくつかやていて(派遣は)その一環でした。もともとの不動産業界向けの派遣以外に、レジャー産業や飲食業や官公庁、サービス業などにも展開しましたがまありうまくいきませんでした。結局は不動産の派遣が中心です。少し残っていますが、官公庁は入札とか何件か。でも(不動産以外の派遣は)そんなにやっていません。

価値観(一人一人の力を高める)

【阿部】

社員によくいうのが、自分も含めてですが、一人一人の力、なんでもそうですが、昔からなりたい職業でよく出てくるのが、野球、スポーツ選手とか、弁護士や医者など、サラリーマンになりたいという人は、そんなに最初はいません。なるのは難しいし、なってからも努力しないと、それなりに長くその地位にはいられない。医者だってそうです。場合によっては、違うジャンルもあるかもしれません。それが会社員などでは、入ってしまえばあとはおしまい、そういうのではなく、もっと自分を高めていく。

【阿部】

高めていくというのは、何か資格をとるとか勉強するだけではなく、いかに自分の力、人間関係などを含めて、自分を助けてくれる人をいかに作るかとか、自分を助けてくれる人をいかに作るかというと、自分自身に魅力がないと誰も遊んでくれないし、それをどうやってやるか。会社と家を往復して、言われたことだけをやっていくような、人間にはならないでほしいと言っています。結局1人の力が大きくなれば、会社的にも必然的に(利益となる)。

【阿部】

私はどちらかといえば、みんなに「これをしろ」というタイプではないので、どちらかというと、いやなことはあまりさせたくないし、自分も基本的に仕事熱心ではないし。できればみんななるべく楽しく、自分を高める方法を考えていってくれれば、放っておいても会社というのは儲かるし、そこそこ大きくなるのではないかとは思います。帰る時間もそんな遅くないし、朝ぐらいはちゃんと遅刻しないように言っていますが、帰りは用事があれば(残業せず)帰っていいと思います。

事業(主な事業について、パルマの事業、トランクルーム専業、セルフストレージの可能性、快適な生活のために、マーケット拡大を支える)

【阿部】

メインは不動産の開発で、土地を買って、マンションを作って、一般の個人に売るのではなく、不動産の販売会社に売る。これが今の主力です。次がセールスプロモーションユニットで、不動産業界向けの人材派遣、業務委託など。あとはグループ企業で、今シェアが伸びているのが「パルマ」という会社です。これはコンテナや、トランクルーム業界のアウトソーシング会社としては、シェアがナンバーワンの会社です。トランクルーム、コンテナを持っているわけではなく、トランクルーム、コンテナ会社様がめんどくさいことを請け負っている仕事です。その3つです。

【阿部】

入金のされているかの確認と、入金がされていない場合に、督促をしたり、訪問をしたり、実際に代金を払っていただくなり、最後は荷物をどこか移動して処分をしたり、そういうところまで全部しています。もともとトランク・コンテナ業界も大手も結構ありますが、本当に少ない人数でやっている会社が多くて、なかなかそこまで手が回らない。最近は、それプラス受付代行、契約業務まで集客までやろうとして、色々新しいメニューを考えています。

【阿部】

トランクルーム専業というのは、私の知っている限りではほぼないです。住宅系で、いつくか住宅系の賃貸保証会社が、その一部門でトランクもやっているくらいです。「パルマ」の場合はトランクがほぼ99%です。少し頼まれて住宅をやっているのもありますが、基本はトランク・コンテナの管理です。

【阿部】

このトランク・コンテナ業界というのは、セルフストレージというのですが、倉庫業ではなく、あくまでもその場所を貸す。自分で荷物を入れたり、出したりするセルフストレージ業界というのですが、アメリカに比べるとまだまだ小さいマーケットなので、一般の人が身近に使うようになってくれば、もっと伸びるのではないかと思っています。

例えば、台北ではテレビCMをしているような、企業があるんです。セルフストレージで、日本はまだテレビコマーシャルをしている会社はなく、この業界でもう少しアピールして、使い勝手をPRするとか。今目につくのは、電車の壁に貼ってあったり、おとは看板です。ロードサイドの看板や、ビルの看板などしかなくて、みんな目にはついているけど、どうやって使うんだろうなと、実際に身近で使ったことある人というのは、意外とと少ないです。私も個人で借りて使っています。

【阿部】

日本って家がそんなに、大きくない場合が多いのに、結構家の中にとにかく物を詰め込もうとしてます。アメリカの場合は、家が大きいのだけど、さらにもっと広く使おうという感覚、なるべく快適な環境にして(暮らす)。

その辺がちょっと違うので、それをもっと(勧めていきたい)今、断捨離とか、けっこう流行っていて、片付け玉子とかいろいろあると思います。片付けていらないものは捨てるというのは、大事なことだとは思うのですが、そうはいっても全部捨てられるものではないし、コストがかかってもそういうところに入れておけば、日常の生活がもっと快適に気持ち良くなってくると、みんなが思えばいいのではないかと思います。

個人のニーズだけではなく、自営業者の方が資材を入れたり、商売道具を入れたりというケースもあるので、もう少し使い勝手をよくして当たり前になってくれば、マーケットは増えると思います。今の業界を引っ張っている会社さんに、もっと頑張ってほしい。

【阿部】

「パルマ」というのはトランクルームで持っているわけではないので、あくまでもトランクルーム事業をやっている。個人・法人のお手伝いをしているところなので、あまり表に立つ立場ではないですが、もっとみなさんが拡大しやすくしていければいいなと思っています。

キャリア(必要な人材、儲けに対する責任感、仕事は儲けること)

【阿部】

採用したい人か、会社に入って、もらって良かったなと思うのは、自分で仕事を工夫して考えて作ってくる人。言われたことだけをするという人は、そういう人も必要なのかもしれませんが、逆にそういう人というのは、アルバイトでもパートでも、いいのではないかと思います。

【阿部】

実家が商売をしていたからか、会社に入るとみんな儲けようということや、会社の仕事に対しての責任感がない人が多かった気がします。それに対して、私はどんな小さな仕事でもとにかく儲けなければならない。マンションを1個売るにしても、土地をなるべく安く買う、工事をなるべく安くする。当然安ければいいというものではなく、品質と特にゼネコンさんというのは、ネームバリューもあるので、それを加味しながら、広告も安くていかに効率的にするとか、そういうのを20代前半の頃から(経験してきました)。

【阿部】

普通は特に大手のデベロッパーだと分業になっているので、仕入れは仕入れだけ、企画は企画で、広告は広告とか分かれています。ニチメンの場合は恵まれていて、好きに自分のプロジェクトを作れという感じでしたので、すべて自分と後輩数名で企画を考えて、例えば接待をしてもらったからここに(発注を)出そうとか、大企業ではありがちなことは、ほとんどしない。あくまでもその事業に対して、一番いいかどうか。ベストな選択ができるかどうかというのを、常に考えていたのが良かったのではないかと思います。

大企業だと先輩がいて、上司がいる。上司が違うことをしていると、それはそういう文化になってしまう。そういうものが比較的ない組織にいたから、それができたと思います。

【阿部】

その時の課長というのが、去年会長を引退した方がなのですが、仕事というのは儲けるものだと儲けるためのことをする。その方自体がシンプルな考え方をしていました。それが違う上司が、例えば先輩がついて、そこは付き合いが長いから、みんなお世話になっているんだから、高くてもここに出せとか。そういうところにいて染まっていたら、違う人生になっていたかもしれません。

プライベート(42歳からの柔道、礼が日常を変える、学び続けること、人生=ワクワク感)

【阿部】

だいたい土曜日は、夕方から柔道をして、日曜日はよっぽど天気が悪いとか、寒いとかではなければ、サーフィンなどをするのが最近の僕の週末の過ごし方です。柔道は2年ちょっと前から、42歳になってから(始めました)。家に近い道場があって、そこは大人になってからでも始められると聞いていきました。やり始めると、最初は受け身だけで結構辛かったのですが、1人で片隅でやっていて。まじめに通っていると、みんな声をかけてくれるようになり、去年の12月に黒帯を取って、今は楽しいです。前は週に1回しか行かなかったのが、今は週に2回は行っています。

【阿部】

礼に始まり、礼に終わる。道とつくものでちゃんと正座をして、挨拶をして、常に道場に入るとみんなに、挨拶をしたりすると、日常生活でも礼をするのが、当たり前になってきます。相手が自分よりも先輩で強い人とか、始めたばかりの人が入ってきますが、お互いちゃんと礼をするようになって、立場の上下に関係なくお互いに礼をするというのは、人間関係の基本だと(実感します)。

【阿部】

この歳、42歳で柔道を始めて自分でも強くなったとか、寝技にしても乱取捕りにしても(感じています)。昔からよくわざとかでもあるけど、何歳になっても学ぶことを忘れない。成長というのは何歳になってもできるというのが、身に感じる気がします。これをやっていて思うのが、今の会社や他の会社の20代、30代の人も、社会人になるとそこで成長がストップするような人が多いです。それは勉強とか仕事の知識だけではなくて、肉体とか精神もまだまだ成長ができるというのが、サーフィンも始めたのが39歳とか40歳くらいで、それよりももっとよりわかる感じがする。何かを始めるのに、遅いことってないなとわかったのが、一番のいいことかもしれません。あとはスカッとします。投げられても、投げても、痛いけど。

【阿部】

基本的には、新しいことを覚える、新しいことをやるという人生にとって一番楽しい時は、ワクワク感があるときだと思います。ああなりたい、こうなりたい、それがなくなった時点では、生きている意味がない。そのワクワク感をどうやって作っていくかというのは、仕事でもプライベートでも、大事なことだと思います。

【ナレーター】

バブル崩壊後、ビジネスモデルの大幅な改革を迫られた不動産業界。地価低迷の回復を狙う2000年代前半は、不動産本来の価値を見極める眼力が、これまで以上に企業に求められる時代となった。

そんな中、2004年11月に1社の不動産会社が産声を上げた。

その会社の名は「ディア・ライフ」。

同社は創業からわずか3年で東証マザーズへ上場。不動産会社として記録的な成長を続けていた。

都市部メインのリアルエステート事業を主力とするディア・ライフ。創業期から少人数効率経営を貫き、2019年11月時点での従業員数は約30名で、売上高は約200億円。

2015年には東証一部への市場変更を果たし、投資魅力の高い会社を構成銘柄とする「JPX日経中小型株指数」にも選定されている。

リーマン・ショックを乗り越え、成長を続ける企業を創り上げた創業者の軌跡と組織マネジメントの真髄に迫る。


【ナレーター】

園芸店を営む両親の元で生まれ育った阿部。早稲田大学卒業後、家族に納得してもらう就職先をと、大手総合商社へ入社。当時考えていたキャリアプランについて、阿部は次のように語る。

【阿部】

一つは実家に帰って後を継ぐ。もう一つはその前に一旦自分で独立してチャレンジする。どちらにしろそういう大きな組織を辞めて仕事をするのであれば、自分の力というのを試したかったというのはありました。

それがいつなのかということは考えながら仕事をしていましたね。

【ナレーター】

その後、ビジネスマンとしてのキャリアを着実に積み、順風満帆な日々を送っていた阿部。しかし、36歳の年に大きな転機が訪れる。

【阿部】

ニチメンと日商岩井が2002年くらいから経営統合して、2004年に正式に双日株式会社になって、そこで大きく変わった組織になったなというのを感じたのが一番の独立をするきっかけだったと思います。

2004年の4月に完全に合併して、私はそこで最年少課長になりました。そして、入社時の上司が当時の双日の社長に就任したんですね。

二人で焼鳥屋に行った際に、その上司(社長)に「お前なんて独立してもうまくいくんじゃないか」みたいなことを言われたのですが、その時は「社長がいる間はいますよ」という話をしていました。

ただそこから3ヶ月が経ち、やはり大きく会社は変わったなというのを感じて、8月ぐらいに「やはり退職します」という話をしたところ、「お前が中途半端な気持ちで会社に残っていると影響が大きいから、退職するのであれば早いほうが残ったみんなのためになる」というような話になって、10月末で退職をして11月1日に会社の登記をしました。

【ナレーター】

2004年11月に株式会社ディア・ライフを立ち上げ、晴れて独立を果たした阿部。

不動産仲介やコンサルティング事業、人材派遣業などを展開し、またたく間に成長。創業からわずか3年後に東証マザーズへの上場を果たした。

業界では驚異的とも言える上場スピードだったが、阿部はあくまでひとつのステップにすぎないと冷静に捉えていた。

【阿部】

上場をしたことで、まずはマ-ケットで(資金を)調達できるようになりました。社会的な信用も得られ始め、人材も集められるようになりましたが、まだまだこれからという感じでしたね。早く東証一部に行かなければいけないと思っていました。

【ナレーター】

上場から1年後の2008年にはリーマン・ショックが発生。当時の状況について、阿部は次のように語る。

【阿部】

2007年8月に上場して、その当時から少しサブプライムの兆しは見えていたんですよね。ですので、あまり不動産の仕入れをせず抑えていたため、実は大きな傷というのはなかったんです。

今期で15期目に入りますけれども、2009年の9月期、この一期だけが赤字でそれ以外は黒字でした。ですが、リーマン・ショックの後は銀行からはお金は当然借りられませんし、社員もいるのでどうやって手金で仕事をしていくかを考えていましたね。

同業者はどんどん毎日のように倒産していって、ゼネコンも設計事務所も不動産系の会社というのはどこも調子が良くない中で、どうするかということを考えながら飲食店や親子カフェや整骨院などの経営もしていました。

その流れで、現在マザ-ズに上場しているグル-プ会社のパルマ社をM&Aしたのです。とにかく手金でできることはないかと、動いていましたね。

厳しい状況でしたが、やはり会社を潰さないということと、社員を自分から解雇しないこと、これらは意識していました。

何かしら仕事を与えるということが大事だと思っているのですが、当時、待遇などは厳しかったです。それで辞める人もいれば入ってくる人もいました。

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経営者プロフィール

氏名 阿部 幸広
役職 代表取締役社長
生年月日 1968年2月20日
出身地 福岡県北九州市
座右の銘 精力善用 自他共栄「心身の持つすべての力を最大限に生かして、社会のために善い方向に用いる」という「精力善用」の精神と、柔道の修行を通して体得した「相手に対し敬い、感謝することで、信頼し合い、助け合う心を育み、自分だけでなく他人と共に栄えある世の中にしようとする」という「自他共栄」の二つの規範
愛読書 フランクリン自伝
尊敬する人物
略歴
平成2年4月 ニチメン株式会社(現双日株式会社)入社
平成16年10月 双日株式会社 退社
平成16年11月 株式会社ディア・ライフ設立
平成28年12月 株式会社パルマ 取締役会長 就任
株式会社ディアライフエージェンシー 代表取締役社長 就任

会社概要

社名 株式会社ディア・ライフ
本社所在地 東京都千代田区九段北一丁目13番5号  ヒューリック九段ビル2F
設立 2004
業種分類 不動産業
代表者名 阿部 幸広
従業員数 37名
WEBサイト http://www.dear-life.co.jp/
事業概要 リアルエステート事業、アセットマネジメント事業、不動産向け人材派遣事業(子会社株式会社ディアライフエージェンシー)より構成され、東京23区及びその周辺を営業地域として展開。
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