久原本家グループ ~福岡発老舗企業のブランドビジネスから紐解く、企業永続のヒント~

Vol.2 「たれ」事業への転換期と『椒房庵』誕生の裏側

久原本家グループ 代表取締役 河邉 哲司 (2019年3月取材)

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―「たれ」事業への転換期と『椒房庵』誕生の裏側―

【ナレーター】

当初の予測通り、醤油の市場が伸び悩み、このままでは事業の成長は難しいと次の道の模索を始めた河邉。そこで着目したのは、スーパーマーケットの台頭により生まれた「惣菜」だった。

【河邉】

餃子などは、昔は家でつくるものでした。それがスーパーの惣菜コーナーで売られるようになったのです。そうするとそこに餃子のたれがつきますよね。ここに着目したのです。「この餃子のたれをつくろう」ということで、つくって売るようになったわけです。

納豆も当然スーパーで売られます。そしてその中に「たれ」が入る。それからラーメンにもラーメンスープという「たれ」が一緒に添付されます。そういう状況になってきたわけです。ですから、「たれ」という市場が伸びていきました。

そこに後発ではありましたが、少し乗ることによって我々でも成長することができたのです。

【ナレーター】

「たれ」という新たな道を拓き、事業が軌道に乗り始めた久原本家グループ。しかし、ある従業員の一言が、後の自社ブランドを立ち上げるきっかけになったという。

【河邉】

私どもの工場で働く、ある女性の従業員から、今これほど順調にいっているという状況の中で、私に対して「これはいつまでも続くのでしょうか」とズバッと言ってきたわけです。

実は、私はいつまで続くか分からない今の状況がとても怖かったのです。OEMで成長しているというのは、いつそれが切れるかわからない。危ないことをしているという認識が私の中にもありました。しかし、何もしていない自分がいたのです。その時に私は目が覚めました。

「そうだよね。このままじゃいかんよね。やはり自社ブランドをつくろう」と。例えばドレッシングや「たれ」、それは「久原のものがおいしいから買う」という行動になるわけです。ここにもっていかないとやはり怖いと思ったのです。

【ナレーター】

その後、福岡の経営者が集う青年会議所に入会。そこで出会った大手百貨店の経営者に師事し、掴んだチャンスが明太子事業への参入だった。

【河邉】

その当時、明太子のブランドが非常に弱かったというか、博多辛子明太子というくくりの中で売れているという状況がありました。もちろんブランド力があったところもありましたが、ほとんどがそうでした。

そうではなく、私は店の裏側にあっても売れるような明太子、「絶対このブランドでないとだめだ」と言われるような、ブランド力がある明太子をつくったら良いのではないかという想いに至りました。

卵も北海道の卵、そして名前も『椒房庵』という独特の名前にし、パッケージも山笠とかどんたくではなくて、きちんとお土産にしてもおかしくないようなパッケージにしよういうことでスタートしたのが、この『椒房庵』という明太子事業でした。

滋賀県の大津に本社があるお菓子の「叶 匠壽庵」、それから新潟の水産でさけ茶漬けが有名な「加島屋」、この2つが非常に素晴らしいブランドでして、私の中での目標でした。

ですから、そういうブランドがある会社というか、ブランドをつくりたいという想いがものすごくありました。それをこの明太子で実現しようとしたというのが、明太子事業立ち上げの経緯ですね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 河邉 哲司
役職 代表取締役

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