【ナレーター】
経験のない農業に悪戦苦闘しながらも、食堂業と農業の産業化に向け第一歩を踏み出した堀埜。その後もキャリアを積み、2009年に代表取締役社長へ就任した。当時の心境と、自身を襲った思いがけないこととは。
【堀埜】
1月初めに呼び出されて、「4月から社長をやれ」と言われて、そこからがひどかったです。「プレジデントブルー」になったんですよ。その前にずっと店の状態を見て回っていたので、「自分はあの人たちを支えていかなければならないんだ」と思った瞬間、ものすごくしんどくなりました。思考がネガティブになっていくんですよ。
社長就任から1ヶ月くらいですかね。正垣会長には「会社潰してもいいんだぞ」と言われました。その真意がだんだん理解できていくんですよね。「そうだよな」と。「潰してもいいんだ」と思ったその瞬間、楽になったのです。
会社が必要なものであったら、必ず次の人間が引き継いでくれます。あるいは皆が助けてくれる。社長である自分だけがいなくなればいい。正垣会長からの言葉がようやく腑に落ち、立ち直ることができました。
【ナレーター】
プレジデントブルーを乗り越え、2009年4月に所信表明を迎えた堀埜は、開口一番で次のように宣言した。
【堀埜】
「理念以外全部変えます」と宣言したんです。「会長のやったことを全部潰します」と言っているのですから、普通言わないですよね(笑)。
最初に何をしたかといいますと、「借金を返そう」と思いました。まずテレビのバラエティー番組にどんどん出ました。CMなどをしない代わりにテレビに出続けたら、150億円を一気に返すことができたんです。
その代わりに、店舗は疲弊したと思います。それは、当時の反省ですね。
【ナレーター】
その後もあくなき挑戦を続け、業績を飛躍させた堀埜。挑戦を結実させるために意識していることとは。
【堀埜】
一番は「楽しむこと」だろうと思っているんです。
苦であったら続かないんです。チャレンジにしろ、何にしろ「楽しくやろうよ」と。たくさんやってみたらそのうち当たる。そのためには楽しくやらないと皆疲れてしまいますから。
【ナレーター】
採用においても「学歴・年齢問わず」という、これまでとは全く異なる方針を打ち出したサイゼリヤ。その真意について堀埜は次のように語る。
【堀埜】
新卒社員を使うよりも、パートさんたちを採用するほうが絶対に業績は上がります。入社試験もまったく変えました。「共に働く5人の推薦状を持ってくるように」と、試験を全面的に見直しました。
やってみたらすごく面白いんです。一緒に働いている人たちですので、ものすごく正直なんです。そして推薦状をもらうと、皆泣くんですよ。「こんなことを思っていてくれたんだ」と。
その5人の推薦状をもらった方たちに既存のレストランを任せ、マネージャーは新事業や海外事業で活躍してもらう。あるいは、マネージャーは従業員を助けるための武器づくりに寄っていくべきだろうと思いました。
生産性の高いほうへシフトしていくということを考えていけばいい、ということですね。
【ナレーター】
「食堂業、農業の産業化」。これらの実現に向けて描いている展望とは。
【堀埜】
我々の持っている技術をオープンにする、あるいは売っていくことを考えています。そういうことを推進していき、単なる飲食業ではなく、業界全体で産業にしていくための支援ができればいいと考えています。
ですから、我々が『すかいらーく』を潰しては駄目なんです。『ロイヤルホスト』を潰しては駄目なんです。彼らは彼らで生き残ってもらわなくてはならないんです。それが“豊かさ”だと思います。
本来、サイゼリヤだけでなく、他店も集積化できれば利便性が向上します。それがショッピングセンターの正体であり、そういうことを目指していきたいと思っています。「今日はこれ」「来週はこれ」と選べる楽しさがないと駄目ですよね。
【ナレーター】
求める人材像について、堀埜は次のように語る。
【堀埜】
食堂業の原点は、「美味しいから、これ食べてみて」なんです。この精神がまずあるかどうか。それを楽しいと思える人がいいですね。
その上で、自分が研究するのか、いろいろなことをするのか。それが食と関係なくてもいいんです。私なんか前職で科学プラントをつくっていますからね。その技術を今、当社で応用してやっていますので、問題ありません。
-大切にしている言葉-
【堀埜】
私自身座右の銘にしているのが「我が人生、頂上無し」なんですよ。
永遠に昇りつめて死んでいこうと思っているので。ゴールも麓もない、ああ登ってきた、というのがないんです。常に現状はゼロで、頂上がなく、坂だけがあるんです。そういう人生がいいな、と思っています。
八合目まで行くと「登ったも同然」と思ってしまう。それでもう駄目になってしまうんですよ。頂上は見えないほうがいい。「常に零合目」です。