株式会社カケハシ (以下「KAKEHASHI」)が提供する『Musubi(ムスビ)』は、薬剤師が服薬指導をシステムに記録しながら行える次世代型の電子薬歴システムだ。
薬歴の記載時間の短縮につながるうえ、患者さんにあった生活アドバイスを自動で提案してくれる革新的なシステムは、患者さんとのコミュニケーションを増やし、かつ薬剤師が服薬指導する価値をより患者さんに感じてもらえることから、2017年8月のリリース後、約8か月で8千店舗を超える薬局から問い合わせを受け、順調に契約数を伸ばしている。
薬局で使うシステムだからこそ、開発・設計に必要不可欠である現場の声を『Musubi』の初期段階から提案し続けているのが、KAKEHASHI初の薬剤師として入社した永瀬彩夏氏だ。大手調剤薬局チェーンからスタートアップに転じ、今なお現役薬剤師とプランナーを両立させる永瀬氏に、薬剤師の可能性を広げる事業に携わる意義と、マルチな活躍を実現させる独自の仕事術を伺った。
薬のスペシャリストとしての葛藤
-薬剤師は幼少時より志していらしたのですか?
永瀬 彩夏:
幼いときから薬の包装がカシャカシャと音を立てるのがとても好きで、自然にそれを取り扱う薬剤師という職業を知りました。
薬剤師の役割を意識し始めたのは、小学校高学年の時に祖父が心筋梗塞で急逝したことがきっかけです。病院や薬局には通っており、心筋梗塞の前兆である放散痛が出ていたにも関わらず、誰もその症状に気づけず亡くなってしまいました。その時に、薬局や薬剤師ができることはもっとあるのではないかと感じたのです。薬物動態に興味があったこともあって 、医師よりも薬剤師に興味を持ち、薬学部に進みました。
―新卒では大手調剤薬局チェーンのクオール株式会社に入社されました。実際に薬剤師になられ、どのような仕事をされていましたか?
永瀬 彩夏:
大学5年生の時に実習でお世話になった、クオールで働いている公私ともに充実している女性薬剤師の方に憧れて、クオールに入社しました。実習で多少の現場経験がありましたし、仕事には比較的スムーズに溶け込めたと思います。
クオールが推進している在宅医療にも興味があり、薬局での外来患者対応のほか、医師の往診にも1年目から積極的に同行していました。ただ、実際に在宅医療で患者さんの看取りを経験するたびに医療の限界が感じられて、薬剤師が薬のスペシャリストとして現場で何ができるのかを、当初から考え続ける日々でした。
大手調剤薬局チェーンで働き続ける意思を覆した、社長の魅力
―なぜ、知名度のある組織からスタートアップであるKAKEHASHIに転職しようと思われたのでしょうか。
永瀬 彩夏:
私はずっとクオールで働こうと思って入社しましたし、薬局で患者さんとコミュニケーションをとることも大好きでした。しかし、薬剤師に求められる役割は広がっているのに、組織が大きいゆえに幅広い職種を経験しづらい面がありました。
さらに私は話好きな面を買われてか、採用などの本社の仕事に携わることが2年目から3年目にかけて多くなっていきました。人間関係も含め環境はとてもよく、仕事は面白くもあったのですが、私はやっぱり患者さんの声が聞ける現場にいたいという思いが強くなっていきました。
そんな矢先に声をかけてきたのが、弊社代表の中尾です。私は大学時代に薬剤師の卵が集まるサークルに入っていて、そのメンバーから私のことを聞いたそうです。
KAKEHASHIはまだスタートしたばかりで、薬局で使うプロダクトの開発には薬剤師の声が必要でした。当時の私は前職でやり遂げたいことがあり一度は辞退したのですが、中尾が語る事業にやはり魅力を感じ、8人目の社員としてKAKEHASHIに入社しました。
―具体的には、どのような点にひかれてご入社されたのですか?
永瀬 彩夏:
3年9か月、薬剤師を務めてきて、患者さんに指導した薬歴を後で記憶をもとに記録することが非常に非効率だと感じていました。
そのため、患者さんと話しながら薬歴を下書きできる『Musubi』は、まさに求めていたものだと感じました。より患者さんにあったアドバイスができるようになりますし、薬剤師の可能性を広げてくれるであろうシステムの開発に携わりたいと思いました。
また、やはり中尾の熱意による面はとても大きかったです。はじめは入社を求める話とは知らずに会ったのですが、穏やかに、でも好奇心が旺盛な少年のように熱心に会社の話をするのです。私の話や薬歴記録などの悩みを引き出しつつ、「実はこのようなプロダクトをつくっているのだがどうか」と聞かれ、ひき込まれてしまいました。
どうすれば相手のためになるか、悩みを解決できるかに常にフォーカスを当てているので、その思いに共感して一緒に仕事をしようとする者が集まるのだと思います。
KAKEHASHI唯一の薬剤師というプレッシャーに打ち勝てた理由
―産声を上げたばかりの会社に入られて、ギャップを感じることはありましたか?
永瀬 彩夏:
エンジニアの中に突然飛び込んだことによる苦労はありました。薬剤師も非常に緻密で正確性を求められる仕事ですが、エンジニアは輪をかけて論理的に物事を考えます。これまで体感的に行っていた接客業務ひとつとっても、薬学的にどういう理由なのか、薬局の現場でなぜその仕様がよいのかを一から落とし込み、エンジニアに伝えなくてはなりません。
今ではかなり論理的な人間になれたと思いますし、理路整然と考えることでチームのメンバーが喜んでくれ、プロダクトに反映できることが明確だったのでやりがいはありました。
しかし、特に当初の薬剤師が私一人だった期間は、薬学的な事柄は私の意見で反映せざるを得ないので、かなりのプレッシャーがありました。スタートアップに入ったのだから、すぐに結果を出さなければという焦りもあったと思います。
-そのストレスをどのように乗り越えられたのでしょうか?
永瀬 彩夏:
KAKEHASHIの社員はみな、非常に相手のことを考えてくれる人が多いので、私が焦っていても「一つひとつ教えてくれれば大丈夫」と声をかけてくれました。
一番印象的だったのは、薬剤師が開発に携わることへの期待に押しつぶされそうになっていたときに、創業期のメンバーから「永瀬がKAKEHASHIに入ってくれただけで価値がある」と言ってもらえたことです。
「薬剤師が加わったことでプロダクトが飛躍する可能性が生まれた。きちんとしたコンテンツができていれば、どんな競合他社がいても必ず生きてくるので、一歩一歩からで大丈夫」という言葉に、私にしかできないことなのだという嬉しさと、とてつもない安心感を覚えて前向きになることができました。
―ベンチャー企業に入社されてよかったことをお聞かせください。
永瀬 彩夏:
会社に起こることが、そのまま自分自身の問題に直結することです。自分が考えて行動して解決していかないと会社が良くなりませんし、どこから対処するのか優先順位もつけるので、考える力や問題処理能力がかなり磨かれます。建設的な議論をどんどんして、人と人とのかかわり方がいい意味で密になるのも、私にはとても面白かったですね。自分の成長につながっていることが実感できました。
「働きすぎないこと」が会社に還元できるポイント
―社員の皆様がより働きやすくなるような、御社ならではの制度はございますか?
永瀬 彩夏:
弊社の開発チームは裁量労働制を採っていて、深夜を除けば基本的にはいつどこで働いてもかまいません。
私は最大限にアウトプットが出せる働き方が大切だと思うので、時間や場所に縛られず、例えばよいアイディアが浮かびそうなカフェで仕事をしたりできるのはとてもありがたいです。夕方に一度退社して、家のことが落ち着いた20時くらいから少しだけ仕事をするということもできますね。
また、副業が可能なので、平日に月1回と土曜日に月1回を薬局で勤務していて、実際に『Musubi』を使って服薬指導をしています。自分で作ったものを自分で動かして検証できるのはとても貴重な体験なので、今後も続けたいです。
なにより患者さんと話すのが楽しいし、『Musubi』を使うことによって私自身の薬剤師としての楽しさが増しているので、それをユーザーに伝えていければと思っています。
―プライベートを充実させるための仕事術などがありましたら、お聞かせください。
永瀬 彩夏:
いつでもどこでも働ける仕組みは逆に働きすぎてしまう恐れもあるので、休日は仕事のことは忘れてプライベートに積極的に時間を使うようにしています。その分、平日はKAKEHASHIに集中してメリハリをつけるほか、朝の早い時間は頭が冴えているので、朝の時間を有効活用しています。
また、仕事を効率化するために、1日の最後の30分~1時間を次の日のプランニングに当てています。7~8件のタスクを並行して進めているので、それぞれの作業の細部まで決めておくと、翌日の進行がとてもスムーズになります。
何か連絡したいことがある場合は、準備をしておいて朝に発信するのが有効ですね。前日の就業間際に送ってしまうよりも、相手からのお返事を早くいただける印象です。
仕事、家庭、趣味の充実が人生を豊かにする
―永瀬様の今後の展望についてお聞かせください。
永瀬 彩夏:
KAKEHASHIの歴史を比較的理解している人間なので、会社の調整役として良い意味でうまく立ち回れる人材になりたいと思っています。表に立って発信することも好きな反面、縁の下の力持ち的な役割も大好きなのです。陰ながら会社を良い方向に引っ張っていける力になれれば、嬉しいです。
私は、女性は“マルチタスクプレーヤー”だと思っています。一点集中も大事ですが、仕事をしている私、家庭での私、趣味をしている私、全てを充実させることで相乗効果によってKAKEHASHIに還元できているのではないでしょうか。
副業で、薬局勤務のほか、結婚式の司会を務めることがあるのですが、さまざまな人と出会うことで仕事でのアイディアにつながることもあります。仕事も趣味も、自分が好きで大事にしていることは、これからも怠らずにやり続けていきたいですね。
編集後記
大手企業からベンチャーに転職した永瀬氏。業務について、時折「面白い」と語る姿からは、中尾社長の熱意に触れたことはもちろん、自分自身が好奇心旺盛に物事にトライし、自分らしさを楽しむ人柄が転職を後押ししたのだろうと感じられた。今後は病院と薬局双方で発生する待ち時間の解消など、薬局の新たな価値を創造しようとしているKAKEHASHIに、現場の薬剤師と開発者の両面を持つ永瀬氏は今後も欠かせない存在となるだろう。
永瀬 彩夏(ながせ・あやか)/1988年生まれ。桜蔭高校、慶應義塾大学薬学部卒業。クオール株式会社に薬局薬剤師として3年9か月在籍後、2017年1月に株式会社カケハシ初の薬剤師として入社。座右の銘は「笑う門には福来る」。愛読書は松下幸之助著『道をひらく(PHP文庫)』。趣味は芸術鑑賞(特にお芝居)。