日を増すごとに状況が深刻化している「コロナショック」。4月20日、ニューヨーク先物原油市場で、原油価格が史上初めて「マイナス」となり、世界中に衝撃が走りました。
この世界経済に多大な影響を与えているウイルスの鎮静化を目指し、世界各国で新型コロナウイルス治療薬やワクチンの開発が進められています。しかし、実用化までには安全性の確認等を含め、一定の時間が必要なため、別の病気の治療で使用されている既存薬の存在がクローズアップされるようになりました。
一部の既存薬は実際に新型コロナウイルスの患者に用いられており、症状の改善も報告されています。その1つが新型インフルエンザ治療薬「ファビピラビル(商品名『アビガン』)」です。感染への不安や経済が混乱する中での明るい話題に、期待が高まっています。
実は、日本有数の精密機械・化学メーカーがこの治療薬の開発に関わっていました。この企業は過去にも数々の危機を乗り越え、今日の未曾有の不況にも立ち向かっております。
今回は、同社を牽引する経営者の危機に立ち向かい挑戦を続けるための「4つの行動」についてご紹介します。.
新型コロナウイルスに立ち向かう国内トップクラスの精密機械・化学メーカー
富士フイルムホールディングス株式会社(以下、富士フイルムホールディングス)は写真関係(カメラやデジタルカメラ)をはじめとする「イメージング ソリューション」、医療用機器や印刷・液晶ディスプレイ材料等の「ヘルスケア・マテリアルズソリューション」を主に開発・製造・販売している国内有数の精密機械・化学メーカーです。
全体の売上高は2兆4314億円(※)、従業員数72332名(※)、富士フイルム株式会社と富士ゼロックス株式会社を含めた持株会社数は279社(※)と圧倒的な存在感を示しています。
※いずれも2019年3月31日時点
そして、新型コロナウイルスに有効だと期待される『「アビガン」』を開発した富士フイルム富山化学株式会社も、同グループの持株会社の1社です。
もともと富士フイルムホールディングスは、写真フィルム事業をメインに行う会社として知られていました。しかし、時代の流れとともに、写真フィルムの領域でデジタル化が加速していきます。
富士フイルムホールディングスの現会長・CEOである古森重隆氏が社長に就任したのは、会社の危機が迫りつつある2000年のことでした。
古森会長は就任当時の状況について、2013年11月24日の東洋経済オンラインの記事でこう振り返っています。
7~10%減、その後20~30%減とストーンと落ちた。いろいろとシミュレーションしたが、これでは早晩会社が行き詰まることは明らかだった。引用元:富士フイルムはなぜ、大改革に成功したのか | ブックス・レビュー | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
富士フイルム全体の売り上げの6割、利益の3分の2を占める主力事業には、就任当時からすでに黄色信号が点灯していたのです。
そこで、古森会長は事業の構造転換を含めた早急な経営改革を断行します。加えて、フィルム以外の事業へとビジネスの拡大を目指しました。その道程で、2008年のリーマン・ショックによる市場の縮小にもぶつかります。
波乱万丈ともいえる中で、古森会長が使命感を持って取り組んだのが「読む」「構想する」「伝える」「実行する」という4つの行動でした。
現状を「読む」、そしてすべきことを「構想する」
まず古森会長は、未来につなげる構造改革を行うことの一歩として「読む」ことを徹底しました。
現状をデータで確認し、さらにフィルム事業に代わる何が武器になるのか、技術や製品をどう生かし、戦っていくのかをシミュレートし、未来を読むことに注力しました。
そして2004年2月、創業75周年に向けた5カ年の中期経営計画「VISION75」を掲げます。
基本方針の「徹底的な構造改革」「新たな成長戦略」「連結経営の強化」という3つの柱を定め、富士フイルムを売上高2兆~3兆円のリーディング・カンパニーとして存続させることを目指しました。
前の項目で記載した危機的状況を迎える中で、古森会長は一流企業として存在し続けることに対して、次のように述べています。
「どうやって会社を生き延びさせるか。生き延びるとはわれわれにとって生まれ変わること。会社を再生することです。一流企業として存在し続けるには何をすべきなのか。これこそが、当時の富士フイルムにとってのプライオリティでした」引用元:将来への布石は打った、現場力向上で成長軌道へ--富士フイルムホールディングス会長・CEO 古森重隆 page2 |東洋経済オンライン
次に、培ったフィルム技術をどう応用し、転化できるのか「構想すること」を続けました。
その結果、液晶用フィルムに代表される高機能材料事業をはじめ、子会社の富士ゼロックスが手がけるドキュメント事業(複写機、複合機といったプリンティングデバイスやオンデマンド印刷システム等)、化粧品事業を中心としたライフサイエンス関連やワクチン開発などの医薬品事業等々、事業の多角化を実現。
主力のフィルム関連事業は、あくまで事業の一分野となりました。
トップ自らが「伝え」「実行」しなければ社員の協力は得られない
古森会長は、経営者が自ら強いメッセージを「伝える」ことにも重点をおきました。
富士フイルムホールディングスを率いる「リーダー」として、現場を視察、社員と対話するなどの他、社内報やイントラネットで頻繁に思いを発信、伝え続けました。
「会社が潰れてしまえば何も残らない。当時約7万人いた全社員が路頭に迷うことになるし、富士フイルムが世の中に提供してきた価値を継続できなくなってしまう。「生命の尊厳」は会社にもいえる。最終的に決断し、社員にその意図をきちんと伝えていくことはリーダーの役割だ」富士フイルムはなぜ、大改革に成功したのか|東洋経済オンラインpage 2
誰よりも危機感を持ち、改革についての思いを正しく理解してもらうよう努力を続け、その上で、「絶対に成功する」という気迫と勇気で「実行」を続けてきたのです。
一方で、研究・開発への投資は継続し、富士フイルムの企業価値と研究者の育成は怠りませんでした。リストラにも真摯に取り組み、長らく写真フィルムを販売してきた特約店の営業権を買い取り、退職金を充当できるよう配慮しました。
そして、これらを実行し続けた結果、2007年度に2兆8468億円と過去最高の売上高を記録しました。
自ら実行を続けた理由について『DIAMOND MANAGEMENT FORUM』2016年冬号の記事で次のように述べています。
当社の存在意義の一つは写真文化を守ることです。人生の輝かしい思い出や喜びの瞬間などを永遠に閉じ込める写真は、誰かが支えなければならない人類の文化です。もちろん、経営者として赤字を出し続けることは許されませんが、損得を超えて取り組む価値があることだと思いました。引用元:『DIAMOND MANAGEMENT FORUM』2016年冬号
企業として収益をあげるのは、損得だけではない。古森会長の思いが言葉と覚悟が8万人の社員に伝わり、改革を成し遂げるに至ったといえるでしょう。
まとめ
どんな状況下であっても進化・成長をしようと、強いリーダーシップを発揮し続ける古森会長。経営者のリーダーシップについて問われた際、次のように答えています。
それは決断する力といってもいいでしょう。決断したら成功までやり抜く、そのためには勇気と気迫が必要です。引用元:『DIAMOND MANAGEMENT FORUM』2016年冬号
力を発揮できない最大の理由は、自分の関心が「失敗したら困る」という結果に向いていることにあります。そうではなくて「自分はいま、何をしなければいけないか」と考えるべきです。
危機的状況にあっても決して揺るがない古森会長の姿に、経営者の真髄を感じました。これはリーダーだけではなく、全てのビジネスパーソンが意識すべき事柄だといえるでしょう。
この危機的状況だからこそ、気迫、勇気、情熱を今一度胸に抱き、持って自身のやるべきことに取り組んでみてはいかがでしょうか。
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▼参考サイト・資料
NY原油先物、初の価格「マイナス」 5月物投げ売り殺到 :日本経済新聞(2020年4月21日)
富士フイルムホールディングス古森重隆社長 インタビュー「筋肉質な会社に生まれ変わった。次はトップラインを伸ばす」 | 週刊ダイヤモンド 企業特集 | ダイヤモンド・オンライン
奇跡の改革を成し遂げた果断の経営【富士フイルムホールディングス】| DIAMOND Quarterly Online | ダイヤモンド・オンライン
将来への布石は打った、現場力向上で成長軌道へ--富士フイルムホールディングス会長・CEO 古森重隆 | 企業戦略 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
富士フイルムはなぜ、大改革に成功したのか | ブックス・レビュー | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
CEOインタビュー:富士フイルムホールディングス株式会社 代表取締役会長 CEO 古森 重隆氏 | PwC Japanグループ
変化の時代の経営パラダイム転換-コダックと富士フイルムに学ぶ-日下泰夫、平坂正男(「独協経済」98号、2016年)より