
近年の「働き方改革」や「DX推進」により、情報システム部門の業務負担は増え続けている。一方で、多くの企業ではIT人材不足が深刻化し、日々の運用業務に追われ、本来注力すべきIT戦略やDX推進に十分な時間を割けないという課題を抱えている。
こうした中、IT機器のサブスクリプションサービスを軸に、PCの導入から運用サポート、回収・データ消去までを一気通貫で支援しているのが、株式会社パシフィックネットだ。
1988年創業の同社は、企業の情報システム部門の負荷軽減を支えるITサービス企業として、独自性の高い事業モデルを展開している。2023年8月に先代から会社を引き継いだ上田雄太氏に、事業の強み、これまでの歩み、そして今後の展望について聞いた。
PCライフサイクルを支え、情シス課題を解決する独自の事業モデル
ーーまずは貴社の事業内容についてご紹介いただけますか。
上田雄太:
弊社は1988年に創業し、今年で39期目を迎えるPCのLCM(※1)サービスを提供する会社です。我が国では人手不足を背景に、生産性の向上が喫緊の課題となっています。今はテレワークの浸透もあり、1人が複数のデバイスを所有することも珍しくなく、企業が管理する総デバイス数は昔よりも増加しています。
日常的な入退社による機器ごとのユーザー管理、それに伴うセキュリティ対策やネットワーク管理など、情報システム部門の負担は増えていく一方です。多くの企業ではこれらの業務に忙殺され、コア業務であるIT戦略やDX推進に手が回らないという課題を抱えています。私たちが提供しているのは、単なるPCレンタルではありません。情報システム部門が日々抱えるPC運用管理の実務負担を引き受け、本来注力すべきことに時間を使える環境です。弊社の事業の目的は、情報システム部門の時間創出にあります。
近年ではBPO需要が高まっているため、PCの長期レンタルをコアとしながら、IT部門に毎日寄せられる問い合わせに対応するヘルプデスクサービスなど、周辺サービスにも守備範囲を広げています。PCに関わる入り口から出口まで、あらゆる困りごとを解決するLCMのプラットフォーマーを目指しています。
(※1)LCM:Life Cycle Managementの略。PCなどIT機器の導入から運用、廃棄までのライフサイクル全体を管理すること。
ーー貴社の強みについてお聞かせいただけますか。
上田雄太:
PCのライフサイクルをワンストップ支援できる体制は、日本では非常に珍しいものだと考えています。たしかに、サービスを部分的に提供する企業は存在します。しかし、企業が求めているのは、委託先を増やすことではなく、業務負荷とリスクをまとめて削減することです。その意味で、物理的な運用管理まで含めてトータルで支援できる点が、弊社の大きな特徴です。
弊社の強みは、専門知識を持つ人材がお客様の実務に伴走する点にあります。契約期間中、情報システム部門の皆様に代わり、日々発生する運用管理業務を一つひとつ私たちが引き受け、解決していきます。従業員の約4割がエンジニアで、営業とエンジニアが一体となってお客様の成功を後押しできる体制は、弊社ならではの価値だと考えます。
現在のPCサブスクリプションモデルへ事業転換された経緯と攻めの採用

ーー現在のPCサブスクリプションモデルへ事業転換されるまでの経緯をお聞かせください。
上田雄太:
創業当時、PCは利用者が限定される高額な製品でした。市場が大きくなり、レンタル需要が伸びていくと目を付けた父は、短期レンタルを行う「パシフィックレンタル」を立ち上げました。
1997年以降、企業から排出されるPCのデータ消去や再販を行う事業が本格化し、中古PCを個人に販売する、リユース業に業態を広げました。その後、業績は右肩上がりに伸び、社名も現在のパシフィックネットに改名しています。最盛期は全国に12の店舗を持つようになり、レンタルよりも中古PC事業が主となっていました。中古PC業界では草分け的な存在として、2006年には上場を果たしました。
上場後、リーマン・ショックなどによって景気が後退し、PCの仕入れ先であった法人・官公庁が設備投資を大幅に縮小しました。また、上場したことでビジネスモデルを広く研究される立場にもなり、長く業績に足踏みが続く時代が続きました。当時を振り返ると、スマホなどの新たな端末の登場や、PC市場も端境期を迎えていた時代だったので、次の成長の分水嶺を見極める時期でした。
この経営環境の変化を鑑み、中古PCを主とした販売ビジネスだけでは将来はないと考えた父は、IT機器の長期レンタルを主とするLCMサービスに事業転換する決意をしました。
具体的には店舗事業からはすべて撤退し、「小売からサービスへ」「ストックビジネスの最大化」をスローガンに現在の企業のIT支援をするサブスクリプション事業、ITAD(※2)事業に大きく舵を切りました。10年近く経ちますが、現在では、ストックビジネスの売上が約7割まで占めるまでになりました。
(※2)ITAD:IT Asset Dispositionの略。使用済みのIT資産を、セキュリティを確保しながら環境に配慮して適正に処理・処分すること。
ーー事業転換をされるうえで社内体制や社員教育についてはどうされたのでしょうか。
上田雄太:
元々PCショップを運営していたので、既存従業員の高いノウハウをそのまま活かせたことが功を奏しました。業態転換に伴うリストラは一切なく、父の強いリーダーシップのもと、さまざまな意見を受け止めながらも、最終的には全従業員が方向性を共有し、難局を乗り切りました。また、その後の組織強化において、採用はダイレクトリクルーティングで経験者を採用するなど、攻めの姿勢へシフトしてきました。当時は恥ずかしながら採用部署がなかったので、父にお願いをして新設してもらいました。
弊社は年功序列ではなく、意欲や適性があれば短いキャリアでも抜擢される風土があります。新卒の育成にも注力し、長く働き成長を実感できる仕組みづくりを進めています。
異業種からの転職組も多数活躍しています。元ユーチューバー、ホテル職員、バンドマンなど、まったくの異業種から入社し、入社後スキルを習得してスピード昇進した事例は多数あります。多様な人材が輝けることも弊社の特徴です。
半導体営業を経て後継者へ 現場理解から始まった挑戦
ーー上田社長は以前からお父様の会社を継ぐことを意識されていたのですか。
上田雄太:
父から将来会社を継いでほしいという話は、今まで全くありませんでした。私自身も、社会に出るまでは経営者になる発想は皆無でした。学生の頃は父親の経営する会社が何をしているのかさえ知らず、上場したと聞いた時も「すごいじゃん!」くらいにしか思っていませんでした。実は高校生の頃、父から「パシフィックネットには絶対に入れない」と一方的に宣言されたこともあったので、親の会社に入ることを全く想定していなかったのです。
大学卒業後は、全く関係のない半導体・電子部品を扱う会社に就職し、北関東で約5年、法人営業をしていました。社会に出てから働くことの苦楽やキャリアについても意識するようになり、起業家の父は尊敬の対象に変わりました。「後継者として親と一緒に働く人生もアリだ」と思うようになり、自分は何者でもないけれど、父の存在は自分にとっての大きな資産であり、親と一緒に共通の目的に向かって成長していく生き方も素晴らしいと考えるようになったのです。28歳のときにそれまで勤めていた会社を辞め、ビジネススクール(MBA)を経て、パシフィックネットに入社しました。
ーー入社されて最初に感じたことや、取り組まれたことについてお聞かせください。
上田雄太:
前職では製造業に関わっていたため、当社のようにレンタル、サービス、小売、IT支援が複合的に組み合わさった事業モデルに、一言で「何業」と分類しにくい、とてもユニークな会社だと感じました。また、会社の成長を力強く支えてきた幹部も熱気を持って働いており、当時の自分の実力では全く役に立てないと痛感したのです。
まずは現場の仕組みを深く理解することが最優先だと気づき、最初の1年は各研修先で徹底して傾聴と自己開示に努めました。経営企画室に配属されましたが、工場での業務から営業まで、各部署や拠点を横断して現場の仕事を一から学ぶ期間をいただきました。現場の最前線でOJTを受け、会社の仕組みや人を知ることに専念しました。
大きなターニングポイントとなったM&A(※3)先での社長経験
ーー経営者として歩むうえで、ご自身にとって特に印象深い経験や、大きな糧となった出来事はありましたか。
上田雄太:
私にとって大きなターニングポイントとなったのが、2017年にM&Aした旅行業の株式会社ケンネットの社長に就任し、そこから5年半、経営を担ったことです。文化の異なる組織で経営統合を進める中で、理屈だけでは人は動かないこと、人に動いてもらうことの大切さを学びました。
特にコロナ禍では旅行需要が消失したので、業績が極端に落ち込む状況が長く続きました。パシフィックネットがコロナ禍の事業機会を捉えて業績を伸ばしていた一方で、私が経営を担っていた会社は非常に厳しい状況にあり、資金繰りにも強い危機感を抱いていました。手元資金の確保が喫緊の課題でしたので、金融機関を方々回り、2億円の借入のために連帯保証人のサインもしました。初めてのプレッシャーで手が震えたのを今でも覚えています。経営者が背負う重圧を身をもって知るとともに、平時には見えにくい従業員一人ひとりの不安や本音に向き合ったのもこの時でした。色んなことがありましたが、当時のメンバーと困難を乗り切れた経験は、経営者として大きな成長につながったと感じています。
(※3)M&A:Mergers and Acquisitionsの略。企業の合併・買収のこと。
組織改革を進めながら既存の事業をより強固に

ーー2代目として代表取締役社長に就任されましたが、今後どのような社内改革を進めていこうとお考えですか。
上田雄太:
会社に入り10年以上経ちましたが、そのうち7年半はグループ会社の経営に携わっていたため、本体の社長としてはまだまだ学ぶべきことも多いと感じています。一方で、現場と経営の両方を見てきた経験を活かし、「永続的に発展していく会社」をつくることが私の役割です。
父は創業者であり、今も昔も発信力が強く、組織文化はどちらかと言えばトップダウン型です。しかし、現在の弊社は世代交代が進み、従業員の約半数が社歴5年未満となっています。そのため、私が今試みているのは「トップダウンとボトムアップの融合」です。上意下達の指示だけでなく、トップ自らが現場に降りて広く意見を取り入れ、同時に社員が自律的に動ける環境でなければイノベーションは起きません。
そして弊社が人材において重視しているのは、EQ(Emotional Quotient:心の知能指数・感情を管理し利用する能力)と呼ばれる対人理解力や感情を適切に扱う力です。知識やスキルだけでなく、人の気持ちを理解し、素直な気持ちでお客様に向き合える人材が、今のAI時代には不可欠と考えています。今後も採用を強化し、世代の異なる者同士が理解し合い、融合できるような場づくりを進めていきます。
ーー最後に、今後の目標についてお聞かせください。
上田雄太:
2026年5月期は、売上高100億円、営業利益10億円を超え、過去最高の業績を更新しました。ただ、私たちが目指しているのは、単に業績を拡大することではありません。情報システム部門の方が困った時に、真っ先に相談していただける存在になることです。今後は、PCにとどまらず、ヘルプデスクやセキュリティ、ネットワークなど、情報システム部門が抱える課題をより幅広く支援していきます。人手不足が社会課題となる中、IT機器のライフサイクル全体を、仕組みと人の力の両面から支えられることが弊社の強みです。社会から必要とされ続け、持続的に成長する会社をつくることが、私の責任だと考えています。
編集後記
上田氏は創業者である父の会社を引き継いだ2代目社長である。しかし、その歩みは単なる事業承継ではない。異業種での法人営業、MBAでの学び、入社後の現場経験、そしてM&A先での社長経験を通じて、経営者としての覚悟を培ってきた。特にコロナ禍における資金繰りの危機は、経営の重圧を身をもって知る大きな転機となった。IT人材不足が社会課題となる中、PCの導入から運用、回収、データ消去までを一気通貫で支援する同社の存在意義は、今後ますます高まっていくだろう。先代の意志を受け継ぎながらも、自らの経験を土台に新たな組織づくりに挑むパシフィックネットの今後に注目したい。

上田雄太/1983年、埼玉県出身。青山学院大学大学院修了。事業会社を経て2014年にパシフィックネットに入社。経営企画室に配属後、合弁会社やグループ会社の代表取締役などを経て、2023年8月、代表取締役社長(2代目)に就任。