
神奈川県横浜市を拠点に不動産業から飲食業へと事業を拡大してきた株式会社高尚。1986年の設立から約40年を迎えた同社は、「季節を感じて頂ける」「自然と笑顔になって頂ける」メニューをコンセプトに、食を通じて人と人とをつなぐ空間づくりを追求している。既存事業の根幹にある信念やコロナ禍を乗り越えた歩みから、社長自ら全国を巡る食材発掘の裏側、人間性を生かした独自のブランディング戦略、そして新業態への挑戦を見据えた今後のビジョンまで、同社の終わらない挑戦について、代表取締役社長の高見澤尚弘氏に詳しく話を聞いた。
不動産業から飲食業へ 食を通じて「笑顔で過ごせる空間」をつくる
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされましたか。
高見澤尚弘:
大学卒業後、街づくりに関心があり電機メーカーに就職しました。数年後に父が体調を崩しましたが、「横浜や東京以外を見ることも大切だ」という父の後押しで仙台へ転勤しました。ここでの経験が、その後の大きな転機となっています。約8年勤めた後、父の世話をするために退職して家業に入りました。
当初は介護が目的だったため、仕事に対する不安はありませんでした。日々の業務を一つひとつ覚える中で、「仕事はやれば覚えるが、人付き合いはよく考えて」と念頭に置き、礼節を重んじた誠実なコミュニケーションを心がけました。また、会社の仕組みについては変えて良いことといけないことのバランスを考え、慎重に対応しました。
ーー貴社の事業内容と、掲げているコンセプトについてお聞かせください。
高見澤尚弘:
高尚は、私の祖父と父が1986年12月に設立した会社で、もともとは不動産管理業を行っていました。現在は飲食店を中心に事業展開し、「季節を感じて頂ける」「自然と笑顔になって頂ける」メニューをコンセプトに、日本各地のお酒もご用意しています。さまざまな食材が持つ本来の味わいや、その土地の風土を楽しんでいただきながら、スタッフを含め、そこに集う全ての方々がお互いに良いコミュニケーションをとり、「笑顔で過ごせる空間」をつくることが目標です。当店での楽しいひとときを、明日への活力にしていただきたいと考えています。
自社ブランドでの飲食店開業と日本の「食」への思い
ーー異業種である飲食業へ参入した理由は何でしたか。
高見澤尚弘:
テナントを探していた際にフランチャイズ経営のお話をいただき、「自分で挑戦してみよう」と考えたことがきっかけです。当時30代だった私は若かったこともあり、どうしても自社ブランドで挑戦したいと思いました。あのときの決断は間違っていなかったと心から感じています。
以前、特別な会話はなくとも穏やかで温かい雰囲気に包まれながら食事をされる親子連れのお客様を拝見しました。言葉を交わさずとも心を通わせる空間を提供し、少しでも人と人をつなぐ一助になれたのだと、感動したことを今でも鮮明に覚えています。
ーー当時から変わらない「食」に対する思いについてお聞かせください。
高見澤尚弘:
当時、私は横浜や東京などはそれなりにお金を払わないとおいしいものが食べられないエリアだと思っていました。しかし20代の頃、東北での仕事を通じて地元の安くておいしい食やお酒に出会い、季節の食事を楽しむ機会は日常の中にあると知ったのです。飲食店を始める際に抱いた「皆さんに日本の四季の素晴らしさを感じてもらいたい」という思いは、今でも変わっていません。
飲食業と不動産業の両輪を回す上で大切な信頼関係
ーーコロナ禍での困難はどのように乗り越えましたか。
高見澤尚弘:
コロナ禍では、スタッフのモチベーション維持に心を砕き、板前に「既存の材料だけで新メニューを考案して」と依頼して社員全員にテイクアウトしてもらいました。ご家族に板前の作った料理を褒められることが、料理人としての成長につながる、またご家族に会社や店のことを知ってもらう機会と考えたからです。
困難な状況でも、コミュニケーションをとり知恵を出し合うことで新たな発想は生まれるものです。「環境のせいにせず、自分たちにできることをしっかりやろう」と呼びかけ、お客様のお力添えもあり、休業することなく営業を続けることができました。
ーー既存の不動産業にはどのような影響がありましたか。
高見澤尚弘:
飲食業については助成金も頂きながら営業していましたが、不動産業については助成金はほとんどありませんでした。その中でテナントさんからの家賃減額の相談も多く、対応が難しい状況もありましたが、幸いトラブルになったことはありませんでした。
テナントの退去など、様々なことがありましたが、お互いに日頃よりコミュニケーションをとっていたことが、相互理解につながり、退去後もすぐに新しいテナントさんに入っていただける展開となりました。
自らの足で探す希少な食材と現場への思いの共有

ーー現在、新たな食材の発掘や新メニューの開発において注力していることは何ですか。
高見澤尚弘:
開発というと少し堅苦しく聞こえますが、日本全国を見渡せば、生産数が少なく市場にはあまり出回っていない、しかし素晴らしい品質の希少な食材がまだまだ数多く存在します。
たとえば、岩手県骨寺村で昔ながらの農法で育てられている伝統的なかぼちゃや、人が直接山へ入って手で摘みとってきた天然の山菜などです。また、魚に関しても、全国各地の港や市場にはそれぞれ独自の特色や強みがあります。そうした隠れた名産品を自らの目で発見し、お客様にご提供して喜んでいただけるような機会をさらに増やしていきたいと考えています。
ーー新しい仕入れ先の開拓は、社長ご自身が行われているのでしょうか。
高見澤尚弘:
基本的には私が直接現地へ足を運び、情報収集を行っています。食材がどのような場所で、どのような生産者の苦労のもとに育てられているのかを深く理解した上で、感謝しつつ調理し、お客様にお話しして喜んでいただくことが最も大切です。そして、私が見つけた食材について、「なぜ仕入れたいのか」を直接スタッフに伝えています。「誰がどうつくったか」という背景や私の思いが伝わらなければ、お客様への最高のサービスにはつながりません。共感して行動してもらうためには、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えることが不可欠と考えています。
個と和を尊重し笑顔あふれるチームをつくる
ーーその思いを現場へ伝えるため、日頃どのようなコミュニケーションをとっていますか。
高見澤尚弘:
毎日少しでも言葉を交わすようにして、日常の会話の積み重ねで信頼関係を築いています。経営的な方針については月に数回、話し合う機会を設けており、店舗運営は一定のルールを定めた上で、その範囲内であれば自由に裁量を与えています。細かく指示を出さないのは、ルールの中でどう工夫するかにこそ、その人ならではの個性が表れるからです。
個性を発揮することは非常に重要です。スタッフそれぞれの個性が「店の色」になります。ただし、自由を得るには人としての成長も伴わなければなりません。自分を律しながら心の成長を遂げられるスタッフたちとともに、より良い店づくりを目指しています。
ーー採用では、どのような人物を求めていらっしゃいますか。
高見澤尚弘:
現在、強化している中途採用では、誠実で、素直な心を持った方を求めています。人間ですから完璧な人はいませんし、仕事の中で失敗を経験するのは当然のことです。大切なのは、その失敗を素直に受け止め、次に向けて前向きに改善していける姿勢があるかどうかです。何でも言い訳ばかりしてしまう人は、そこからの伸びしろが期待できません。失敗を真摯に受け止め、「次は失敗しないように前向きに頑張ります」と素直に言える方と一緒に働きたいですね。
スキル面では、店舗のマネージャー的なポジションをお任せすることもあるため、管理業務の経験が多少あると心強く思います。料理人であれば、弊社の運営する店舗には魚をさばいたり煮物をつくったりといった和食の基本に加え、肉を揃えているところもありますので、一通りの調理スキルを持った方をお迎えできればと考えています。
ーー店長など現場のリーダーに最も大切にしてほしいことは何でしょうか。
高見澤尚弘:
チームの頭となるリーダーには、「目配り、気配り、心配り」の3つを常に心がけてほしいと伝えています。完璧にこなすことは難しくても、常にその意識を持ち続けることが重要なのです。
店舗運営は決して一人では成立しません。板前がただおいしい料理をつくっていれば良いわけではなく、接客を担当するスタッフ、裏方で支える事務方など、全員が協力して初めてお客様にご満足いただける空間が生まれます。一つのチームとしての和を大切につくり上げ、それを保つためには、リーダーの細やかな配慮が欠かせないでしょう。「俺の店だ」と勘違いしてしまう人とは仕事ができません。周囲の支えに感謝し、チーム全員が笑顔で楽しく働ける環境づくりを何より重視しています。
社長自身の人間性からつなげる独自のブランディング戦略
ーーブランディング戦略において、現在注力されていることをお聞かせください。
高見澤尚弘:
私という人間を知っていただくことで、店舗にも興味を持っていただく。そして、お越しいただいたことをきっかけに、運営側の思いを理解していただく。この双方向の認知が重要だと考えています。そのためには、おいしい料理や上質な空間を提供するだけでなく、背景にあるストーリーの発信が不可欠です。
私はアメフトやスキー、野球など、様々な活動に取り組む自身のライフスタイルを発信しています。「どんな人が運営しているのか」という人間性を伝えることで、店舗への興味や信頼へつなげるストーリーづくりを大切にしています。
ーーSNSを活用した情報発信の面で、工夫していることは何ですか。
高見澤尚弘:
SNSの更新は、あえて不定期にするように心がけています。毎日頻繁に発信してしまうと、かえって情報の鮮度が落ちてしまい、見てくださる方が飽きてしまう懸念があるからです。たまに更新されるからこそ、「あ、こういうのもあるんだ」「今はこんな珍しい食材があるんだ」と、より強いインパクトを持ってお客様の心や記憶に残ると考えています。扱う食材や厳選したお酒、あるいは私自身の日常的な出来事などをバランスよく発信し、最終的にはお客様に店の空間や味、接客、スタッフのファンになっていただけるように工夫しています。
新業態への挑戦と変わらない不変のゴール
ーー新業態を含めた今後の店舗拡大への展望をお聞かせください。
高見澤尚弘:
基本の考えに変わりはありませんが、焦って広げようとは思っていません。まずは既存店の安定とスタッフの育成が最優先事項です。無理に展開して、立ち行かなくなる事態は絶対に避けたいからです。
その上で、将来的な店舗拡大を見据え、新たな業態の可能性についても柔軟に調査を進めています。ご高齢の方でも肉を好まれる方は多く、イタリアンであればご家族連れなど幅広い層に楽しんでいただけます。おいしい食事を通じて楽しく集える場所をご提供するという目的を果たせるのであれば、日本料理に留まらず、自由な発想で新業態を展開していくことも素晴らしい道だと考えています。
ーーその先のビジョンとして、食を通じて実現したいことは何でしょうか。
高見澤尚弘:
店舗拡大を行うことで、お客様へ日本の海や山からの恵みを感じて頂けるように、そして食を通じて「人と人」「日本各地にある自然の恵みと人」をつなげていきたいと考えています。四季折々のおいしい食材を通じ、お一人おひとりの心がさらに豊かになっていけるように、努めていきたいと思います。
現代は、夏が旬だった魚が秋まで獲れたり、東北にいた魚が北海道まで行かないと獲れなくなったり、明らかに気候が変化しています。また、同じ魚でも食物によって産地ごとに味が微妙に異なるなど、食事を通して日本の風土や環境を知ることは「自分たちは何をすべきなのか」と考える良い機会になると思います。
ーーこれからの10年、20年先を見据え、会社としてどのような姿を目指していますか。
高見澤尚弘:
何より大切なのは、会社の規模や売上高にかかわらず、私を含めたスタッフ全員が笑って楽しく仕事ができている環境を維持し続けることです。今後10年、20年と時が経ち、会社の規模が拡大しようと、売上高が大きく伸びようと、この目標が変わることはありません。どんな状況であっても、全員が笑顔で前向きに働ける会社でありたいと願っています。そのためには、会社の経営基盤をしっかりと固め、皆さんの生活を楽しく豊かにできる環境を整えることが重要です。今後も「人の魅力」で選ばれる店を目指し続けていきます。
ーー最後に、次世代を担う若手の方に向けたメッセージをお願いします。
高見澤尚弘:
自分らしく生きることが大事です。そのためには自分はどういう人間かを知ること、長所や短所を理解し、どう生きていきたいかを考えることが必要です。すでに人生の方向性が決まっている人もいるでしょうが、ある日突然決まったり、ふとしたことで気が付いたりすることもあるため、決まっていなくても焦らないでいいと思います。自分らしく日々誠実に生きることで、道は必ず開けるものです。「自分は将来こういう人間になりたい」と心にビジョンを描き、楽しく過ごしていけば、困難な状況があったとしても自然と周囲に応援者が現れ、良いアドバイスを得られると思います。
編集後記
インタビューを通じて、高見澤社長が従業員や取引先とのつながりを心から大切にしていることが伝わってきた。不動産業から飲食業へと飛び込み、数々の困難を乗り越えながらもブレない「日本の四季と食の豊かさを伝えたい」という強い信念。それは、日々の誠実なコミュニケーションや、お客様を思う細やかな心配りとして、店舗の隅々にまで息づいている。これからも、関わるすべての人を自然と笑顔にする同社の進化を追い続けたい。

高見澤尚弘/1973年、神奈川県横浜市生まれ。日本大学芸術学部卒業後、小糸工業株式会社(現株式会社小糸製作所)へ入社し、約8年間交通関連機器の営業職に従事。2002年、高見澤ビルディング有限会社に入社。2005年に同社代表取締役社長に就任。2008年に株式会社高尚へ社名変更し、事業を飲食店などの分野に広げ、現在に至る。