病気にかかり、医者から「現在の医療では治療法がありません」と告げられたら、不安と絶望にさいなまれることだろう。患者が暗闇に飲まれそうなとき、一筋の光をもたらすのが、株式会社ヘリオスだ。
掲げるミッションは、「『生きる』を増やす。爆発的に。」だ。日本が世界に誇り、あらゆる生体組織に成長できる万能細胞「iPS細胞」を活用し、難病克服を目指す気鋭のバイオベンチャーである。
ヘリオスの創業者である代表執行役社長CEOの鍵本忠尚氏は、かつて九州大学病院の眼科医だった。臨床の道から起業へ転じた思いや、細胞医薬品・再生医療等製品の業界について、話をうかがった。
医者としての無力感が、イノベーションの原動力に
ーー起業に至るまでの経緯を教えてください。
鍵本忠尚:
医者だった両親の背中を見て育ったこともあり、姉も私も医者になりました。九州大学医学部を卒業して臨床医として勤務していた時に、加齢黄斑変性で目が見えない患者から「孫の顔を見たい」と言われました。
治療法はなく患者を治せない現実と、何もできない自分自身に苛立ちました。十分な医療を提供できない虚しさを感じて「医者以外の道があるのではないか」と考えたのが、最も重要な転機でした。
また、以前にスタンフォード大学の「起業文化」に触れる機会がありました。大学の研究成果を事業化して実用化する活動に接し、「日本でも同様の道筋があるのでは」と思っていました。
その患者との出会いは、以前から抱いていた「思い」が「確信」に変わった瞬間でした。
ーー「ヘリオス」の起業は2社目なのですね。
鍵本忠尚:
1社目は、アキュメンバイオファーマ株式会社(現:アキュメン株式会社)でした。2005年に設立し、九州大学医学部の眼科領域での技術を事業化しました。この会社から、現在世界中で承認・販売されている眼科手術補助剤が誕生しました。
社会問題のひとつを解決できて嬉しかったですね。この成功体験を経て、「より大きな社会課題や産業に挑戦したい」と思うようになりました。
2社目となるヘリオスは、万能細胞「iPS 細胞(人工多能性幹細胞)」に出会ったことが創業のきっかけでした。山中先生がノーベル賞をとる前の2011年に設立し、現在に至っています。
困難を乗り越えて確立した、経営者としての「軸」
ーー起業時にどのような苦労がありましたか?
鍵本忠尚:
資金調達とメンタリティに関して苦労しました。
資金調達では、「日本のバイオテクノロジー分野の投資家はまだ十分に育成されていない」と感じました。やはり米国の方が優位です。
また、1社目で陥った大変な困難によってメンタリティを鍛えられました。アメリカとインドで行った最終試験は成功したものの、最後の製品開発において予期せぬ問題が起こり、やり直しとなったのです。さらに、当時はリーマン・ショックの影響で資金が調達できない状況でした。
乗り越えることができたのは、シンプルな原点である創業の志「患者さんに薬を届ける」に立ち返ったからです。やるべきことの優先順位をつけて効率的に行動しました。
振り返ると、この時に明確な「軸」を確立できたことは大きな成果でした。経営者としてさまざまな課題に直面する中で、常に「何のためにやるのか」「何を軸に判断するのか」を自問自答し、自身の軸を磨き続けています。
ーー資金調達についてお聞かせください。
鍵本忠尚:
2社目のヘリオスは、株式上場を迅速に進めることができました。最大の要因は多くの方々、特に野村証券のご支援をいただいたことです。
実は1社目で大変な時に、野村證券の担当者に「経営者をやめて医者に戻ったほうが楽だし稼げるのでは」と言われ、私は「おっしゃる通りですが、ミッションを達成していないので医者には戻りません」と毅然として返しました。担当者は「こいつは本物だから、融資をしよう」と、2社目でも出資をしてくれました。
売上がなくても会社が成立しているのは、多くの応援のおかげです。周囲の人たちは、会社が目標達成のために努力する姿を、良いときだけでなく悪いときも見ています。だからこそ、「軸」をぶらさずに努力し続けることが重要です。
日本のバイオベンチャー市場を拡大するためには、やはり医薬品の開発・市場実績が必要です。弊社も肺炎治療薬の販売承認の取得を目指しています。今後、画期的な医薬品が開発され、バイオベンチャーが製薬会社へと成長していき、投資家に10倍、20倍、30倍とリターンをもたらせば、市場全体の活性化につながっていくと考えています。
バイオベンチャーの未来と恩師の言葉
ーーバイオベンチャーとは何か、簡単に教えてください。
鍵本忠尚:
シンプルに言えば、製薬会社を目指している会社です。製薬会社は、複数の製品を販売し、その収益を次の開発に投入するビジネスモデルを構築しています。
バイオベンチャーは第1号製品、いわば革新的な医薬品開発に取り組む新たなビジネスモデルです。バイオベンチャーは新薬開発に長い時間と莫大な費用がかかるため、株式発行による資金調達を行います。そして、新薬開発に成功すれば製薬会社として認められます。
実際、アメリカで承認される新薬の80%はバイオベンチャーが開発しており、新薬の半数をバイオベンチャーが直接販売しています。
また、大学教授が世界初となる新薬を発明してバイオベンチャーを起業することもあります。
新陳代謝の激しい製薬業界では、バイオベンチャーの価値を見極める目利きがますます重要になっていくと考えています。
ーー若手に向けたメッセージをお願いします。
鍵本忠尚:
若いときには「自信を持つ」ことを意識したら良いと思います。
私が恩師から教わった言葉で「良いときこそ謙虚になり、悪いときこそ自信を持つ」という言葉があります。これは、弊社の株価が急落した時に励まされ、心に響いた言葉です。長い人生でも同じことがいえると思います。
若いときは実績がないため、自信を持つことが難しいと感じます。しかし、積極的な行動で必ず実績は積み重なり、自信につながるはずです。一方、年をとって実績が積み重なると、傲慢になりやすいものです。そのようなときこそ、謙虚さを忘れないことが大切です。
つまり、「若いときは根拠のない自信を持ち、年をとったら実績に基づいた謙虚さを持ち合わせる」ということです。このバランスこそが人生を成功に導く鍵となると思います。
編集後記
「1人でも多くの患者さんに一刻も早く治療法を届けたい」と、軸をぶらすことなく語る鍵本社長。
ヘリオスが開発している新薬候補製品や再生医療製品には、多くの患者の希望が詰まっている。また、彼の医師経営者としての豊富な経験と専門知識は、大きな信頼につながる強みだろう。
鍵本社長と同社の挑戦に、これからも注目していきたい。
鍵本忠尚(かぎもと・ただひさ)/九州大学病院にて眼科医として勤務後、2005年、1社目の大学発バイオベンチャーを起業。2011年2月、再生医療の実用化を目指し、2社目となる株式会社ヘリオスを設立。2012年2月、代表に就任。2015年6月、東証マザーズ(現:東証グロース)上場。「難治性疾患に苦しむ患者さんへ治癒と希望を届ける」という初志の実現に向け、再生・細胞医薬品という新たな産業創生に取り組む。