
節句人形の出荷額が日本一の埼玉県の中でも、ひな人形の産地としてゆるぎない地位を確立している埼玉県鴻巣市。株式会社マル武人形は、400年の歴史を持つ「鴻巣雛(こうのすびな)」を生産し、全国約300の専門店へ出荷している鴻巣市を代表する老舗人形メーカーだ。
会社を存続させるために行った社内改革や、同社を支える5つの強み、人形づくりの伝統や技術の継承にかける思いなどについて、代表取締役社長の関口典宏氏にうかがった。
視野を広げるため製薬会社に就職。イチから技術を身に付けた修行時代
ーーまず関口社長の経歴についてお聞かせください。
関口典宏:
大学卒業後、製薬会社に入社しました。その頃は、人形屋の跡取り息子は、同業者の店へ丁稚奉公に行くのが一般的でした。しかし、私は経営者として知識を身に付けるため大きな組織で働こうと考えました。ライバルが多い業界で、どうすれば自社の商品が売れるか試行錯誤した経験は、自分の視野を広げる貴重な経験になりましたね。
その後、父の病気のため、予定より早く家業を継ぐことになりました。社長の息子であっても新人と同等の立場で、社員からは「関口くん」と呼ばれていましたね。一番早く出社して会社の鍵を空け、一番最後まで残って鍵を閉めていました。
当時は倉庫での荷造りや、人形の胴体に頭(かしら)をつける作業をひたすらしていましたね。こうしてイチから修行を積んだからこそ、どのように人形をつくるのか、どんな人形が売れているのかもすべて把握できるようになりました。
妻に工房のトップを任せ、全部署の力を結集させて会社を運営
ーー社長就任の経緯について教えてください。
関口典宏:
会長であった父が病気で倒れ、その1年半後に社長であった叔父が他界してしまいます。そのため急遽私が社長に就任することになったのです。
会社を引っ張っていた会長、社長を立て続けに失い、途方に暮れましたね。ただ、会社にとって血液であるお金の流れを止めてはいけないと、とにかく必死でした。
ーーそこからどのように会社を運営していったのですか。
関口典宏:
ひな人形の売れ行きが年々下がっている中で、旧態依然の体質のままでは生き残れないと考えました。そこで、今の時代に合った人形作りをしようと思い、私の妻を専務に選任し製作工房の指揮を任せました。
一般的に中小企業の社長の妻は事務仕事が多いと思いますが、ひな人形の製作の責任者として現場を取り仕切る仕事を任せました。この体制は業界でも珍しいと思いますね。なお、弊社は人形の製作をすべて女性が行っています。まさにこの会社は彼女たちの力が大きいと言えます。

ーー経営者として大切にしていることを教えてください。
関口典宏:
日頃から従業員が相談しやすい雰囲気づくりを心がけています。社員の話をしっかりと聞き、すぐに否定せず一旦受け止めることを大切にしていますね。また、従業員一人ひとりがお互いをリスペクトし、会社は従業員全員で回していくものと意識させるようにするようにしています。
花形部署といわれる営業だけでなく、製造、事務、業務などすべての部署が協力してこそ会社は成り立つのです。そのため、どの仕事も無くてはならない重要な役割を担っていると考えています。
オンラインでも心を込めたサービスを。業界トップを走る節句人形メーカーの5つの強み

ーー改めて貴社の事業内容についてお聞かせください。
関口典宏:
ひな人形や五月人形、羽子板、破魔弓、鯉のぼりなどの節句品の製造と販売を手がけています。現在はショールームでの販売や卸売りがメインですが、インターネット販売の準備も進めています。安価な商品を大量に売るのではなく吟味した品質の良い商品をお届けしたいと考えています。
また「屏風やぼんぼりを別のデザインものに変えてほしい」など、きめ細かいカスタマイズにも対応しています。セットの組み替えを可能にすることでお客様の満足度を上げる接客をしています。
ーー貴社の強みについてお聞かせください。
関口典宏:
弊社の強みは、5つの力に集約されています。まず1つ目が「作る力」です。特にひな人形本体の製作技術の高さは、他社には負けないと自負しています。2つ目が「買う力」です。質の良い商品をつくるには、高品質な材料が不可欠ですし、安定した供給も大切な条件です。その点では弊社は仕入先に恵まれていると思います。
3つ目がこれまでの販売ノウハウの蓄積による「売る力」、4つ目が全国約300社の問屋や専門店をカバーする「動く力」です。そして5つ目が「実現する力」です。新商品の材料の仕入れは、製作工房のスタッフ数名で行います。
お互いに完成形が見えているため、イメージに合う材料を的確に見分けられるのです。こうしてスピーディーにイメージ通りの人形をつくり出す技術力が強みですね。
また、弊社の人形は、すらっとした現代的な顔立ちと衣装の美しい色彩が特徴で、若い世代のお客様にも好評です。さらに手頃な価格であることと、納期を必ず守ることもお客様から求められているポイントだと思います。
鴻巣市の伝統文化と製作技術を後世に残したい

ーー採用についてはどのようにお考えですか。
関口典宏:
現在は私を含め営業が4人なので、営業体制を強化するために若手人材を採用しようと考えています。男性に限らず、女性からの応募もお待ちしています。求める人物像としては、周りの意見を聞き入れ、すぐ行動に移せる人ですね。まずは相手の意見を受け止め、失敗を恐れず行動を起こすことが大切だと思います。
一緒に働く方には伝統ある業界に携わることに誇りを持ち、プライドを胸に突き進んでもらいたいです。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
関口典宏:
ひな人形に着せている西陣織の生地を活用した和小物など、関連商品の展開を計画しています。巾着袋やメガネケース、コースターなど、日常で使える商品づくりに力を入れていきたいです。
そして、ひな人形を製作する仕事を存続させることが、私の最大の目標です。少子化の影響で市場は縮小傾向にありますが、良いものを求める客層は必ず存在します。そこをターゲットに品質の高い商品を提供し続けていきたいですね。
また、弊社はひな人形の産地である鴻巣市の人形メーカーとして、鴻巣市の出荷額のおよそ60%を占めています。これからも、この町のシンボルを守りたいと思います。
ーー最後に読者の方々へメッセージをお願いします。
関口典宏:
弊社の製作スタッフは、自分たちがつくった人形を我が子のように思い、出荷するときには「新しいおうちで可愛がってもらってね」と送り出しています。こうした思いを込めてつくった人形を世の中に広めてくれる方、日本の伝統を守りたいという方をお待ちしています。
編集後記
女性が活躍する職場づくりやインターネット販売の着手など、時代に合った経営を実行している関口社長。そこにはこれまで先人たちが守り抜いてきた、伝統や技術を未来に残したいという強い思いを感じた。株式会社マル武人形は、今日も子どもたちの健康を願い、一つひとつ丹精を込めた人形づくりを行っている。

関口典宏/1964年埼玉県鴻巣市生まれ。1987年立教大学経済学部経営学科卒業後、第一製薬株式会社に入社。1992年に株式会社マル武人形に入社し、2015年に代表取締役社長に就任。