※本ページ内の情報は2025年3月時点のものです。

1986年、自転車産業が根付く大阪府堺市で創業したサカイサイクル株式会社。自転車のメーカーとして、子供用自転車開発にこだわるほか、地域密着型の直営店「サイクルヒーロー」を10店舗運営している。代表取締役社長の杉岡正一氏に、会社のターニングポイントや事業内容、今後の展望についてうかがった。

尊敬する父と同じ道へ--自転車のまち・堺で迎えた最大の試練

ーー杉岡社長のご経歴をお話しいただけますか?

杉岡正一:
高校時代から「将来は父の会社を継ぐ」と考え、大学は経済学部を選択しました。日本がバブル経済の最中にアメリカへ留学することにしたのです。ディベート(議論の手法)では日本経済や会社経営に関する質問を度々されました。当時は英語力も乏しく、下準備しなければ議論できなかったものです。

人と違う経験を持ちたいならば、貴重な大学時代をどこで誰と過ごすのかが重要です。留学を経て私の選択を応援してくれた父への尊敬が深まり、跡を継ぐ決意も固まりました。

ーーサカイサイクルの社長に就任した経緯をお聞かせください。

杉岡正一:
父が経営していた「杉岡製作所」は、自転車のフレーム(車体)を量産する工場でした。工場があった大阪府堺市は、日本の自転車製造のメッカとして知られていましたが、私が入社した1990年代以降は海外で製造する企業が増え、日本の部品工場はどんどん廃業、倒産していきました。

杉岡製作所の経営も厳しくなった頃、あるお客様の製造卸会社に関東営業所の立て直しを頼まれたのです。「自分が抜けたら会社が回らない」と悩みましたが、自転車そのものをつくる業態について学ぶチャンスに惹かれ、父も背中を押してくれたことから話をお受けしたのです。3年間で製造卸会社のすべてを学ばせてもらいました。

杉岡製作所は修業中に倒産に至りました。私は、倒産時に人手に渡った子会社の「サカイサイクル」で再出発することになりました。

マイナスからの再出発--サイクルライフを守り人材が集う企業に成長

ーー再建に向けてご苦労が多かったと思います。

杉岡正一:
サカイサイクルの社長に就任しましたが、前オーナーが株を保有していたため、父から引き継いだものを無駄にはできないと奮起しました。従業員は不安が拭えず全員辞めてしまったものの、現専務のいとこが「2人でがんばりましょう」と励ましてくれて心強かったですね。前オーナーは父の友人でもあったことから、仕入れ時の保証人になってくれたほか、「若者を応援したい」と言ってくれたお客様にも助けていただきました。

父親の保証債務を抱えて、選択肢が「自己破産」か「事業を続ける」の2つしかないことで覚悟が決まったとも言えます。その後はカスタマイズ自転車とネット販売事業で成功し、株を100%保有するオーナー企業として復活できました。現在はアフターサポートが難しいネット販売を廃止し、小売り店舗の運営とメーカー卸業を拡大させています。

ーー現在の事業内容を教えていただけますか。

杉岡正一:
メーカー卸事業のほか、小売直営店「サイクルヒーロー」を10店舗展開しています。「ヒーロー」という言葉の根幹には利他の心があり、「誰かの正義の味方になろう」という思いをこめました。直近ではお客様の困りごとを解決するソリューション事業部を立ち上げ、行政機関や一般企業といった組織向けサービスも提供しています。

「自転車で笑顔あふれる街づくり」というビジョンのもと、重要なインフラである自転車メーカーとして「まちづくりをするカンパニー」を目指しています。自転車を安全・便利に使うことで行動範囲が拡大し、人々の交流が盛んになれば街も活気づくという発想です。

私は「自転車がある生活」が大好きです。マウンテンバイクに出会い、全国の自転車レースに参加することで、自転車の魅力に気づき、「自転車には大きな可能性がある」と感じたのです。自転車の魅力発信をライフワークにしてから会社がさらに成長しました。

ーー企業の強みもお聞かせください。

杉岡正一:
仕事を通じて私たちは、自転車は交通インフラとして、街づくりや人の幸せ、社会の幸せに大きく役に立つ、素晴らしい商品だと感じております。そのさまざまな可能性を追求していくことが自社の使命と思うようになりました。

ビジョンをともにする仲間たちと「自転車がある街づくり」をする中で、生まれるすべてが会社の強みになっています。人材育成ではコストを惜しまず、一人ひとりへの投資を心がけ、階層別の社内勉強会も設けています。外部から情報や刺激を持ち帰る社外研修も大切です。

「スキルドリル」を用いて、自分の現在地点や目標を把握できる評価制度も特徴的です。主体性を持ってチャレンジした方が人は成長できるため、失敗を責めることはしません。誰もが仕事に楽しく没頭できる環境づくりが私の役割です。

未来図を無限に広げて--地域と人が「自転車」で輝く世界へ

ーー今後の展望をお話しいただけますか。

杉岡正一:
子ども用自転車メーカーとして日本一になることを目標にして、商品開発力を高めて大型量販店との取引を拡大し、「子ども用自転車を仕入れるならサカイサイクル」と第一想起される状態が理想です。

また、顧客管理システム(アプリ)や、子ども用安全教室やイベントノウハウを開放して、ビジョンを共有する仲間を集め、全国の販売店のプラットフォーマーになることを目指しています。

「2030年までに100億円企業」という目標を掲げ、1000億円に至る構想もすでに描いています。海外輸出している日本の自転車メーカーが少ない現状をチャンスと捉え、志をともにする仲間を集めながら、ゆくゆくは世界マーケットにも進出する決意です。

ーー海外で実現したい夢について聞かせてください。

杉岡正一:
子ども用自転車をきっかけに弊社のブランドが支持されるようになれば、数世代にわたって影響が広がります。教育格差などの課題を、自転車で解決できるケースもあるでしょう。たとえば、学校まで徒歩2時間の道のりを自転車で大幅に短縮し、通学時間を勉強にあてることも可能になり貧困問題の解消にもつながるのです。

「サカイサイクル」は、誰かの役に立つ仕事がしたい人や、成長意欲が高く自分の未来に前向きな人たちが集う場所です。会社を通じて自分の夢を叶えるという価値観は、夢を叶えるために仲間と同じ船に乗るという意味で、漫画『ONE PIECE』の世界に近いと言えますね。

編集後記

業界レベルで危機的状況にあった会社を引き継いだ杉岡社長。当時は「自己破産はいつでもできる」という心境で諦めない道を選んだそうだが、誰にでも真似できることではない。自転車に大きな可能性を感じるからこそ自身の夢も壮大となり、挑戦を続けられるのだろう。

杉岡正一/1970年、大阪府生まれ。カリフォルニア州立大学卒業。1993年、父親の経営する株式会社杉岡製作所に跡継ぎとして入社。7年後に会社は倒産し、人手に渡った子会社のサカイサイクル株式会社に入社。代表取締役社長に就任。会社を再生し、新しい自転車事業を次々に成功へと導く。街づくりの観点で自転車普及活動に注力している。