※本ページ内の情報は2025年2月時点のものです。

建築設計事務所として培った専門性を基盤に、地域おこしという新たな領域で挑戦を続ける株式会社日比野設計。幼児施設や福祉施設の設計から、レストラン事業や保育園運営、マルシェ開催など、地域に根ざした事業を展開し、各事業が相互に補完し合って新たな価値を生み出している。多角的な事業展開で地域の未来を育む、同社取締役社長の伊佐地陽子氏に、事業内容や経営のあり方について話をうかがった。

「やってみよう」の精神で社長就任を決意

ーーどのような経緯で貴社に入社したのですか?

伊佐地陽子:
幼いころから絵や間取り図を描くことが好きでした。設計士になりたいと考えるようになったのは、大学で建築・設計を学んだころからです。

大学卒業後は設計事務所に就職したいと考え、当時住んでいた神奈川県内で、教育施設や住宅などの設計を幅広く手がけていた弊社の門を叩きました。当時はまだ女性の設計士が少なかったのですが、創業者が「これからは女性も家庭とのバランスを取りながら設計ができる環境をつくりたい」とおっしゃってくださったことが入社の決め手になりました。

ーーそこから社長になった時は、どのような考えをお持ちでしたか?

伊佐地陽子:
私自身は、「社長になりたい」というよりも「設計をもっと突きつめたい」という意識で仕事に取り組んでいました。ただ、多くの人が所属する会社という組織の中で長く働くうちに、さまざまなものを引き継いでいかなければならない立場になり、前経営陣からお声がけいただいて、2016年に取締役社長に就任することになったのです。

正直なところ、「私にできるだろうか」と一時は悩んだのですが、「機会があるならとにかくやってみよう」という気持ちでお引き受けしました。私の社長就任時には、すでに創業40年を超えている会社だったので、これまで先輩たちが築いてきた信用を失わないように歩んでいかなければ、と身が引き締まる思いでした。それと同時に、社員が愛着を持って働ける環境づくりをしたいと考え、現在も取り組みを続けています。

地域とともに歩むことで、事業が広がっていった

ーー貴社の事業内容について教えてください。

伊佐地陽子:
弊社は神奈川県厚木市飯山という地域で、50年以上設計事務所を営んでいます。ここ20〜30年は、幼児施設や障がい者施設、福祉施設に特化した設計を手がけてきました。一般的な設計事務所は住宅や店舗など、建物の用途を限らず受注している会社が多いのですが、弊社は特定の施設に特化することで、その領域での経験知を多く持つという強みを得ています。

また、2018年からは設計以外に「2343」というレストラン事業をスタートさせたほか、保育園やマルシェの運営など、地域おこしの事業にも取り組むようになりました。これらの事業は、弊社の設計事業とまったく無縁ではありません。レストラン事業は、社員に健康的な食事を提供したい、という思いから始まっていますが、幼児施設や福祉施設を設計する上でも、食について考えることは重要だったのです。

その後、レストラン事業を通じて、地元の農家さんや生産者さんと会う機会が増え、地域活性化について議論が進んだため、マルシェの運営など地域おこしの事業をスタートさせました。さらに、多くの保育園の設計を手掛けた経験を活かして、保育事業の運営も始めました。

そこで得た保育の実情や課題を、今度はより良い保育園の設計に反映させています。それぞれの事業がお互いを補完し合って事業の質を高めているという、良いサイクルができている状態ですね。

ーー仕事をする上でどのような価値観を大切にしていますか?

伊佐地陽子:
お客さまの期待や情熱を超える仕事をすることを信条にしています。お客さまは大きな期待を持って弊社に仕事を依頼してくださっているため、それをさらに上回るご提案を行い、顧客満足度を高めることを心がけてきました。

また、私は仕事に限らず、何かに取り組む際は「できない理由」ではなく「どうすればできるか」を考えるようにしています。「できない理由」ばかり探していると前には進めません。どんな時も解決策を意識して行動することが大切だと思います。

新しいことにチャレンジする時は不安があるのが当然ですが、その中でも「こうすればできる」「こういう理由でやるべきだ」という可能性を見つけ、前向きな姿勢を保つ努力を大切にしています。

多様な働き方を実現し、幸せになる土壌を育んでいく

ーー今後はどのように事業を成長させていきたいですか?

伊佐地陽子:
設計・レストラン・保育・地域おこしの各事業の連携を一層強化し、持続可能で安定したサイクルの構築を目指します。これまでの取り組みの中で、さまざまなバックグラウンドや価値観を持つ方々が弊社の事業に関わってくれるようになり、社員の役割や働き方も非常に多様化してきました。今後は、多様な働き方ができる仕組みを整え、お互いにコミュニケーションをとりながら事業を発展させていきたいと考えています。

また設計に関しては、幼児施設や福祉施設に求められるニーズがどんどん変わってきているため、弊社もそれに応えていける設計事務所でありたいとも考えています。近年は、施設側も「地域とどう関わっていくか」「どういうふうに存在価値を上げていくか」というところに注力しているようです。弊社が保育事業や地域おこし事業で得た知見に基づいて、お客さまに有益な提案をすることで、新規顧客の獲得につなげたいと思います。

ーー最後に読者に向けてメッセージをお願いします。

伊佐地陽子:
1人の設計者であった私が、仲間に恵まれてレストランや保育など多角的な事業に携わることができているのは、本当に幸せなことです。私は、「人とどう出会うか」「どう関わるか」ということが、事業を生む土壌になると考えています。豊かな土壌で働けば人は幸せになれるはずです。読者の皆さまも良好な人間関係を築き、豊かな土壌を育みながら、仕事はもちろん、自分自身の幸せを実現してください。

編集後記

50年以上の歴史ある会社の信用を守りながら、レストランや保育園運営など新規事業に意欲的に取り組む姿勢に感銘を受けた。事業間の連携が好循環を生み、結果的に地域全体の成長を促している点は、まちづくりの新しい形を示唆していると言えるだろう。専門性を活かしながら、地域に必要とされる事業を展開する同社の姿勢に、持続可能な企業経営のあり方を見た。

伊佐地陽子/1970年、東京生まれ。一級建築士。法政大学大学院建設工学科修士課程修了。1996年、株式会社日比野設計に入社。設計監理業務に従事し、多くの幼児施設や福祉施設の設計・監理を手がける。2016年に取締役社長へ就任し、建築設計監理・レストランや保育園の経営・地域おこしなどの事業に携わっている。