※本ページ内の情報は2025年3月時点のものです。

「本を読まない人のための出版社」という理念を掲げる株式会社サンクチュアリ・パブリッシング。カフェや美容室といった書店以外での販売や、SNSを活用した独自のアプローチで、新たな読者層の開拓に挑んでいる。量より質にこだわり、一冊一冊を丁寧につくり上げる姿勢で着実に歩みを進める、同社代表の鶴巻謙介氏に話をうかがった。

売上が減少する業界で、あえて少数精鋭の出版へ

ーー代表に就任した経緯を教えてください。

鶴巻謙介:
弊社の前身は、もともとバーを経営していた有限会社サンクチュアリという会社でした。その創業者が自伝を自費出版する際に、共通の友人を介して連絡をもらったことで、私がその手伝いをすることになったのです。

私は大学時代にずっと本屋でアルバイトをしており、卒業後は出版社に勤めていたため「本を売る」ということについてある程度の知識がありました。前職の出版社を辞めた後はサンクチュアリに入社し、1年5か月の間に計11冊の出版に携わりました。

その後、1998年にサンクチュアリが解散することになった際、私が出版部門を引き継いで出版事業を続けることにしたのです。そうして、現在の株式会社サンクチュアリ・パブリッシングを設立し、代表へ就任しました。

ーー出版数を月1冊に絞っている理由をお聞かせください。

鶴巻謙介:
弊社は本の出版において「量より質」を大切にしているためです。出版業界の売上は1997年をピークに減少し続けており、現在ではピーク時の約60%まで落ち込みました。多くの出版社は新刊を増やす戦略をとりましたが、それでも売上は回復せず、さらに新刊を増やすという流れが続いてきました。

結果として、1人の編集者が担当する本の数が増え、1冊にかける時間が減り、本の質が落ちることでさらに本が売れなくなるという悪循環に陥っています。だからこそ、弊社では「量より質」という姿勢で、月に1冊しか出版していません。一冊一冊を丁寧につくり、しっかりと読者に届けることが、著者やクリエイター、そして読者に対する責任だと考えているのです。

本のテーマ選定にこだわり、届け方にも工夫を

ーー本のテーマ選定はどのようにしていますか?

鶴巻謙介:
まず本をつくるスタッフ自身が、「これは面白い!続きを読みたい!」と思えるかどうかです。自分が興味を持てない本をつくっても、読者には響きません。もう一つ重要なのが、書店員さんに「この本を売りたい」と思ってもらえるかどうかです。というのも、書店員さんが売りたいと思った本は、実際にそのお店では多くの方に買っていただけるのです。

私も書店で働いていたのでわかるのですが、「この本を売りたい」と思うと、棚の並べ方やポップのデザインなどに工夫を凝らします。すると、お客様にもその熱量が伝わるのです。だからこそ、私たちも書店さんに「一緒にこの本を売ってもらえませんか」と呼びかけながら、より多くの人に手に取ってもらうことを目指しています。

ーー本を読まない人に本を届けるためにどのような工夫をしていますか?

鶴巻謙介:
本を読まない人が本に触れるきっかけは、結局のところ口コミが一番大きいと考えています。テレビで紹介されていたり、好きなアーティストが読んでいることなどをきっかけに知ることが多いのではないでしょうか。

私たちもSNSで発信していますが、本を紹介する投稿ばかりでは本を読まない人にはなかなか届きません。そのため、導線をつくるようなイメージで、まずは本に触れる機会を与えられるような発信を心がけています。また、書店以外の販売方法にもチャレンジしており、カフェや美容室など、現在は全国でおよそ200〜300店舗に本を置いていただいています。

ーー海外展開についてお聞かせください。

鶴巻謙介:
日本では出版の市場は縮小する一方で、アメリカなどでは拡大しているため、生き残るためには海外進出が不可欠です。そこで私たちは、ワンピースブックスという法人をニューヨークに設立し、日本でつくったコンテンツを英語に翻訳して英語圏の読者に届けるという事業を行っています。日本語は日本人以外に理解されることが少ないため、日本市場だけでは成長に限界があります。

日本の人口が減少している中では、英語や中国語、スペイン語といった世界的に広く話されている言語での展開が重要になってくるでしょう。私たちのような小さい規模の出版社が海外展開することは珍しいことですが、他の出版社がしないことだからこそ、やる意味があると感じています。

社員それぞれが得意分野を持ち寄るチームづくり

ーー今後、どういった人と一緒に働きたいですか?

鶴巻謙介:
自分の長所や短所をしっかり理解した上で、強みを活かして働ける人が理想です。弊社は全員が個別に動いており、同じ仕事をしている人はほぼいません。もちろん、編集部や営業部、広報部などの部署はありますが、それぞれが担当する領域は異なります。チームプレイでありながらも各自が責任を持って行動するので、そうした環境に魅力を感じていただける方にお会いしたいです。

また、前述した通り、国内の出版業界は売上が厳しいので、他の業界から学ぶことが必要だと考えています。中途採用の場合は、特に他業界での経験がある方を積極的に採用したいですね。

ーー最後に今後の展望をお聞かせください。

鶴巻謙介:
今後は、海外市場での売上を増やしたいと考えています。現在、海外の売上は日本の約8分の1ほどですが、これを5〜10年で8倍に増やし、日本と同じくらいにすることが目標です。日本での売上は維持しつつ、海外市場での成長を目指していきます。

編集後記

本屋のアルバイトから出版社社長へ、鶴巻社長の歩みは常に本とともにある。「面白いと思える本だけをつくる」という信念は、出版業界の常識とは真逆を行くものだが、その主張に説得力があるのは、20年以上かけて培った確信があるからだろう。本を読まない人の心に、どう本を届けるか。その答えを探し続ける姿勢に、出版業界の新しい可能性を感じた。

鶴巻謙介/1972年、神奈川県生まれ。信州大学人文学部卒業。在学中に書店のアルバイトを通じて本に触れる楽しさを知り、大学卒業後は某出版社に就職して、出版流通のノウハウを学ぶ。1997年、株式会社サンクチュアリ・パブリッシングに入社。1998年、同社代表に就任。「本を読まない人のための出版社」という理念を掲げ、幅広いニーズに応える本づくりを目指している。