
2006年に、富士通研究所のスピンオフベンチャーとして設立された株式会社QDレーザ。「量子ドットレーザ技術の事業化を目指す先駆者」として、同技術の量産化に世界で初めて成功した企業だ。現在は、高機能な半導体レーザ/ウェハや、視覚情報デバイスを開発・販売するメーカーとして成長している。執行役員COOの大久保潔氏(※)に、会社の歴史や事業の強み、今後の展望をうかがった。
(※)2025年6月24日をもって大久保氏は代表取締役社長へ異動することが内定しています。
三井物産のベンチャーキャピタル部門で富士通のスピンオフベンチャーを企画
ーー貴社の成り立ちをお話しいただけますか。
大久保潔:
もともと私は三井物産で金融の知見を使って新たなビジネスを生み出すコーポレートディベロップメント本部に在籍していました。その中に、未上場企業へ投資を行うベンチャーキャピタル部門があり、私はその投資担当者でした。
2004年頃、東京大学を通じて富士通研究所から「量子ドットレーザ技術の研究成果を世に出したい」という話をいただき、同所に所属していた弊社初代社長の菅原と出会いました。弊社の現社長である長尾は当時の三井物産のベンチャー投資子会社の社長で、菅原、長尾と私で議論を始めたのが会社創設の始まりでした
この背景にあったのは、量子ドットレーザの市場性についての見通しで、当時の市場想定では富士通が投資を続けて事業化するにはリスクが高すぎるということが課題になっていました。ところが大企業には確信が持てない市場でもスタートアップなら充分に勝負ができる訳で、菅原を長尾と私が支援しながら3人で富士通と三井物産の共同出資によるスタートアップ設立構想をつくり上げ、技術ライセンスなどの交渉を行い、最終的に富士通の賛同と支援を得て、最初に話を始めてから2年後の2006年に弊社を設立しました。IT分野のグローバル大企業である富士通が本気で開発した技術をスピンアウトしたという弊社設立の経緯は、当時の日本のベンチャーキャピタルにおいて画期的な取り組みだったと言えます。
ーー現在の経営体制に至った流れもうかがえますか?
大久保潔:
2024年6⽉に菅原が代表取締役社長を退き、新たに長尾が就任しました。成長途上の会社が大事な時期に社長を交代し、市場を驚かせたと思います。しかし、3人は創業当初の志をずっと共有していて、研究者である菅原が守りたい事業の核も変わっていません。
私自身は、弊社の創業後、一旦弊社の経営から完全に離れました。2021年に上場を果たした際には立派な会社になったと感心していました。その後の2024年初に久々に菅原、長尾を含めた3人で会食した際、菅原からQDレーザを手伝って欲しいとの話が出たのです。
菅原は会社をよりスケールするには経営の専門家の力が必要だ、と考えていました。おそらく、創業当時からいろいろな思いを抱えながら上場を成し遂げ、大切な会社を任せるにあたって長尾と私を信頼してくれたのでしょう。その思いに応えて長尾と私があらためて会社に入ったというのが経緯です。
独自のレーザ光学技術を活かし、メーカーの製造と視覚障害者の生活を支援

ーー現在の事業内容を教えてください。
大久保潔:
私たちは量子ドットレーザを核に、独自のレーザ光学技術を使った製品開発と販売事業を行う「レーザ製品の総合メーカー」です。レーザデバイスには、顕微鏡やバイオ分析装置に用いる小型可視レーザ、微細加工が可能な短パルスDFBレーザ、センサに使う高出力レーザなど、幅広い産業用製品があります。
中でも、2024年10月に発表した新製品「Lantana(ランタナ)」は、小型可視レーザとドライバ類が一体化したオールインワン・ユニットです。バイオメディカル用装置の試作設計など、研究開発の現場で役立つ製品となっています。
また目の網膜に弱いレーザをあてて映像を見せる「網膜投影」の技術を活かした事業も展開中です。ロービジョン(社会的弱視)と呼ばれる方々の日常生活を支援することができる技術です。メガネのように装着できる網膜走査型レーザアイウェアは、医療機器にも認定されました。
ーー貴社の強みもうかがえますか。
大久保潔:
他社の半導体レーザにない強みは、創業当時から継続しているものです。量子ドットレーザの分野で実用的な製品をつくれる会社は、弊社を含めて世界に2社だけだと捉えています。
たとえば、一般的な半導体レーザは高温になると出力が下がる特性があるので、基本的には冷却しながら使用します。一方、量子ドットレーザは温度の変化に強いため、温度調整の工程を省略でき、大幅なコストダウンと省電力が実現するのです。この特性を活かし、実用化するべく、弊社の事業はスタートしました。
水平分業によって、少量かつ多品種を提供できる点も強みです。自社内で製造するのは半導体デバイスの基盤となるウェハで、その他は外注先を活用しています。ユーザーが多い業界内で小回りを利かせ、お客様の要望にいち早く応えてきました。
最先端技術で世の中の困り事と向き合い、社会を明るくする会社へ
ーー今後の展望をお聞かせください。
大久保潔:
私たちが取り組む半導体レーザの最先端技術は、必ず大きなマーケットを生み出すと思っています。半導体レーザを活用する新しいアプリケーションが次々と登場しており、創業当初のビジョンとは異なるのですが、私たちが参入する事業領域も創業時よりも格段に広がっています。
私たちは最先端技術を核として多彩なことができる稀な会社でもあり、これからも半導体レーザに関する幅広いソリューションを提供し続けます。もちろん最先端テクノロジー開発に関わる商業的な厳しさもあるのですが、新しい時代に向けて技術も市場も確実に進化しており、その技術が花開き市場が拡大するタイミングでは躊躇なく大胆に市場参入すべきだと思っています。そのタイミングに向けて繊細かつ大胆なマネジメントをしていきたいと思います。
弊社が取組む視覚情報デバイス事業はとても社会的意義が高いもので、この事業も続けていき、ビジョンヘルスケアのサービス展開にも注力していきたいです。
編集後記
インターネットを高速化させる光ファイバー通信をはじめ、私たちの暮らしを格段に便利にしてきたレーザ技術。当時、画期的なスタートアップとして注目されたQDレーザは、尽きない挑戦意欲という点で、今もベンチャー精神にあふれている。この先、時代や産業構造が大きく変わっても、目に見えない可能性で世の中を良い方向へ導いてくれるだろう。

大久保潔/名古屋大学大学院工学研究専攻修士課程を修了。三井物産株式会社へ入社。金融関連部門に在籍し、国内外の先端技術スタートアップへのベンチャー投資に従事。QDレーザの設立にあたっては事業構想を具体化し、2006年の創業当初には取締役副社長を担った。2025年、株式会社QDレーザに再入社し、執行役員COOに就任。