※本ページ内の情報は2025年8月時点のものです。

紡績業を祖業としながら、産業資材、機能材料、不動産サービスへと事業を拡大し、進化を続けるシキボウ株式会社。繊維で培った技術を核に、ニッチで付加価値の高い市場を開拓してきた。2025年6月、その新たな舵取り役として、代表取締役社長執行役員に鈴木睦人氏が就任した。

同氏のキャリアは国内外の生産現場から始まり、多岐にわたる分野の経験と課題解決の実績に彩られている。その根底に流れるのは、海外での大きな経験から得た「企業は人なり」という揺るぎない信念である。多彩な経歴を持つ新社長が見据える、同社の未来像に迫った。

予期せぬ異動の連続と、海外勤務で得た確信

ーー鈴木社長のこれまでの経歴について、お聞かせください。

鈴木睦人:
1988年に大学を卒業後、弊社に入社し、キャリアの多くを繊維部門で過ごしました。ただ、その内容は多岐にわたります。工場の設備導入やITシステムの構築、総務、経理、採用など、実にさまざまな業務を経験しましたね。37年間で13回もの異動を経験し、その都度新しい知識やスキルを学ぶ、まさに「リスキリング」の連続だったと考えています。

ーー異動経験の中で、特に印象に残っていることは何でしょうか。

鈴木睦人:
タイの現地法人で社長を務めていた時の経験がいちばん印象に残っています。赴任当初は低迷していた業績の立て直しに注力し、約1年で達成しました。しかし、事業環境の変化を踏まえて残念ながら企業として事業撤退を決断しました。最も気を遣ったのは、従業員との関係でした。幸いなことに、労働争議などもなく、非常に円満に事業を終えることができました。最後の製品を送り出した後、従業員たちが自発的に工場や機械をピカピカに掃除してくれた光景は、今も忘れられません。

ーーそのご経験から、どのようなことを学びましたか。

鈴木睦人:
特に海外で仕事をすると、自分一人でできることは限られていると痛感します。周囲の仲間や取引先に助けられ、仕事は成り立つものです。このタイでの経験を通じ、「企業は人なり」という信念が、私の中で確固たるものになりました。人間関係の質を高めなければ、良い仕事はできません。この思いは今も全く変わらないですね。こうした多様な分野での経験と、困難な課題を乗り越えてきた実績が、今回の社長就任につながったのだと考えています。

繊維を軸に展開する4事業の強み

ーー貴社の事業内容を教えてください。

鈴木睦人:
弊社は現在、「繊維セグメント」「産業資材セグメント」「機能材料セグメント」「不動産サービスセグメント」という4つの事業を展開しています。すべての事業に共通しているのは、小回りの利く体制を活かして、ニッチで付加価値の高い領域に特化している点です。安価な量産品を追うのではなく、独自の技術でお客様の要望に応えています。

ーーそれぞれの事業について、詳しくお聞かせいただけますか。

鈴木睦人:
「繊維セグメント」は、紡績から染色、縫製まで一貫した技術基盤が強みです。生産拠点は国内だけでなくアジアを中心に展開しています。特に中東の男性用民族衣装『トーブ』の生地では、日本ブランドとしてトップクラスのシェアを誇ります。中東の現地企業が製造していると思われがちですが、実際には日本から供給した生地が高級品として認知されています。

「産業資材セグメント」では、製紙工程で使われる『ドライヤーカンバス』という巨大な織物を製造し、国内トップシェアを誇っています。これは、紙の原料から水分を取り除き、紙として仕上げる工程には必要不可欠な資材です。

「機能材料セグメント」は、食品のとろみ付けに使われる増粘多糖類などを扱う食品・化成品事業と、航空機に使われる複合材料部品などを製造している複合材料事業から成り立っています。繊維で培った技術を、新たな分野で応用しており、今後も事業拡大に挑戦していきます。

「不動産サービスセグメント」は、かつて紡績工場があった広大な土地を有効活用するために始まりました。単に土地を売却するのではなく、ショッピングセンターなどの新しい収益源として賃貸事業を行ったり、倉庫や太陽光発電施設として活用したりしています。

未来へ向けた変革と「人」を大切にする社風

ーー貴社が目指す企業の姿についてお聞かせください。

鈴木睦人:
私たちは2042年の創立150周年に向け、「あなたにもっと寄り添い 愛されるシキボウグループへ」というビジョンを掲げています。その実現のために私たちのめざす姿が3つあります。1つ目は、従業員が自分のありたい姿を実現するために、仕事を通じて成長し、安心して働ける職場環境をめざすこと。2つ目は、繊維で培った技術やサービスを通じ、社会課題解決やお客様の安心・安全・快適な暮らしの実現をめざすこと。そして3つ目は、環境や人権に配慮した製品・サービス、ものづくりで、持続可能な社会の実現をめざすことです。

ーーその実現のため、具体的にどのようなことに取り組んでいますか。

鈴木睦人:
現在進行中の中期経営計画では「成長への変革」のステージとし、繊維で培った技術・経営資源をもとに、新たな価値を創造し更なる成長を実現することとしています。サステナブル商材の開発や、コロナ禍で注目された抗ウイルス加工『フルテクト®』のような、人の暮らしに貢献する製品開発を推進しています。同時に、社内のDXといった経営基盤の強化にも積極的に取り組み、変化に対応できる体制を整えています。

ーー最後に、今後の展望についてお聞かせください。

鈴木睦人:
弊社の歴史を振り返ると、大正時代からいち早く健康保険組合を設立するなど、創業当初から従業員を大切にする風土がありました。この伝統を受け継ぎ、発展させ、全ての従業員がやりがいを持って生き生きと働き、自分たちの仕事に自信を持って取り組める、そんな「人を大切にする」会社を築いていきたいと考えています。それが、ひいては社会に新しい価値を提供し続ける原動力になると信じています。

編集後記

国内外の生産現場から管理部門まで、あらゆる持ち場を経験し、会社の全体像を肌で知る鈴木氏。その言葉の端々からは、現場で働く人々への深い敬意と共感が感じられた。「企業は人なり」という哲学は、机上の空論ではなく、同氏のキャリアそのものによって証明された実践知である。この確固たる信念を持つ新社長のもと、シキボウがどのような変革を遂げ、未来を切り拓いていくのか、大いに期待したい。

鈴木睦人/1965年生まれ。岐阜県出身。1988年に信州大学繊維学部を卒業。同年4月に敷島紡績株式会社(現シキボウ株式会社)に入社し、繊維部門の国内外生産・開発に従事。国内外グループ会社の社長を歴任し、2019年執行役員に就任。2021年機能材料部門複合材料部長、2024年コーポレート部門副部門長を経て、2025年6月代表取締役社長執行役員に就任。祖業である繊維の技術に磨きをかけつつ新しい価値創造へチャレンジを続けている。