
愛知県南知多町に本社を構える株式会社まるは。同社は昭和25年、戦後間もなく鮮魚行商から始まり、現在はエビフライと活魚料理で知られる「まるは食堂」を中心に飲食事業を展開している。「逆ピラミッド型」の理念経営で、地域とともに75年の歴史を紡いできた同社の3代目である坂野豊和氏に話を聞いた。
旅行会社での経験を糧に、創業者の思いを受け継ぐ
ーー家業を継いだ経緯について教えてください。
坂野豊和:
私は高校3年生のときにラグビーで右足を怪我してしまったことをきっかけに、大学進学を諦めて就職する道を選びました。創業者である祖母の紹介で、社員が40人ほどの旅行会社に入社し、約4年間務めました。そこでの経験は非常に貴重で「現場でお客様を満足させることが最大の営業である」ということを学びました。
入社して約半年、高卒ということもあり、いろいろな先輩と営業に付いて行くことで、誰よりも件数を回り、営業や添乗で、お客様に喜んでもらっている先輩が成績を伸ばしているという、営業の基本を身につけることができたのは幸運でした。
その後、22歳で家業である株式会社まるはに入り、30歳で代表取締役に就任しました。就任時に掲げた人生理念、経営における私の目的は、のれんを守ること、関わるすべての人を少しでも幸せにすること、そして南知多という地域を守り発展させることです。この3つがブレない軸となり、今日まで前向きに経営を続けてこられたと考えています。
ーー創業者から受け継いだ考え方をお聞かせください。
坂野豊和:
弊社の創業者であり、私の祖母でもある相川うめは、祖父と戦後鮮魚の行商から始めて魚屋を開業し、やがて食堂や旅館へと事業を拡大させました。祖母からは「お客様の言葉を大切にせよ」「信者をつくれ」と教えられました。その言葉の意味を直接教えるのではなく、私が自分で考えて行動し学ぶ教育方針だったのだと思います。
そこで私は、祖母や先代の皆様から商売の原点を学び、『不易流行』を念頭に経営指針として成文化し社員に伝えてきました。現在は、祖父や先代が築いてくれた、家族経営の食堂を原点と考え、その精神を次の世代に継承することをビジョンに掲げています。
原点を守り、活魚料理を食堂スタイルで提供し続ける

ーー貴社の事業の特徴や強みについて教えてください。
坂野豊和:
弊社は愛知県の知多半島の先端、南知多町豊浜を拠点に飲食事業を中心に展開しており、本社本店を含め10店舗で、新鮮な海の幸を活かした料理を提供しています。弊社の最大の強みは、高級なイメージがある活魚料理を、食堂感覚で提供している点です。特に名物のエビフライは、創業当時から継承し続けている大きなエビを使用し、多くのお客様にご愛顧いただいています。
この「活魚料理食堂」という商売は、水槽の管理には経費がかかり、活魚を仕入れ、それを食堂スタイルで提供するという難しい商売です。しかし、この原点を守り続けているからこそ、他店との差別化ができていると考えています。
ーー経営における特徴的な取り組みをお聞かせください。
坂野豊和:
お客様のお言葉を大切にするという「逆ピラミッド型」の経営方針を実践しています。社長である私が一番下で組織を支え、現場の社員がお客様の声を直接聞いて勘考改善につなげるという考え方です。「やれ!」というトップダウンではなく、「やってみる?」と聞き、主体的に意欲を持った人に責任者になってもらっています。これまでに任命した20店舗の責任者や、10社のグループ会社の社長や役員は、全員が自ら手を挙げた人材です。
また、私は父から「5本指の法則」を学びました。私は5人兄弟なのですが、父は「指は5本で器用に動くから」と5人の子どもを望み、将来子どもたちと一緒に食堂をという想いがありました。一度は、兄弟全員集まって家業を助けた時期がありました。私は片手よりも両手、つまり「10」という数字にこだわり、10店舗、10社のグループ会社、10の異業種、10人の役員など、多くの目標を「10」に設定しています。
残り5年で取り組む、代表取締役としての集大成

ーー後継者の育成ではどのようなことを重視していますか?
坂野豊和:
自らの想いを伝え、相手の想いを聞き、コミュニケーションを図ることが家族経営のバランスを保つために重要だと考えています。私が理念やビジョンを語り、それを聞いた次世代の後継者が「どうすれば実現できるか」を考え、カタチにしてほしいと考えています。弊社では定期的に「共育会」を開催し、食事やお酒を交えながら、尊重経営の実践としてパートナーたちと想いを共有しています。このような考え方を継承し、次世代がさらに成長発展できる基盤をつくっていきたいと思います。
ーー今後の展望について教えてください。
坂野豊和:
55歳で引退することは以前から決めており、残り5年でやり残したことに取り組んでいきたいと考えています。私の娘が4代目として弊社に入社してくれて、息子も来年入社する予定なので、次世代への事業継承も進めています。分社化による地域密着型の経営を強化し、各社長がそれぞれの地域でビジョンを実現できるよう支援し、「地域未来創造企業」をカタチにしていきます。
また、新たな事業として、結婚式場や介護事業、海外進出なども計画中です。特に介護事業は、地域の高齢化を考えると必要性が高いと感じています。弊社は食事と温泉という資源を持っていますので、それを活かして展開していければと考えています。
編集後記
坂野社長の「失敗はありがとうで締めくくる」という言葉が印象的だった。苦難を次の成功の糧とする前向きな経営哲学が、75年続く企業の強さを支えているのだろう。創業者の教えを自分で考えて継承し、次世代へとつなげていく姿勢は、事業承継の本質を表しているように思えた。

坂野豊和/1975年、愛知県知多郡生まれ。愛知県立武豊高等学校卒業。高校を卒業後、ツーリスト・トップツアー株式会社(現:株式会社ツーリストトップワールド)に入社。1997年、家業である株式会社まるはへ入社。2005年、同社代表取締役に就任。