
島根県を拠点に、多様なフランチャイズ事業で地域の食文化を豊かにする株式会社ウッドベル。父が築いた礎を受け継いだ2代目経営者の小川美樹氏は、独自の戦略で会社を成長させてきた。地方商圏の課題と向き合い、過去の危機を乗り越えながら、従業員が誇りを持って働ける環境と多角化経営を推進している。今回は、挑戦を続ける同氏に、経営哲学と未来への展望をうかがった。
ダスキンの志を受け継いで 創業の原点と継承の決意
ーーはじめに、会社の創業経緯とダスキンとのつながりについてお聞かせください。
小川美樹:
私の父が家督を継ぐために東京から故郷の島根へ帰郷した際、自ら事業を興そうと決意したことが全ての始まりです。父は、ダスキンの創業者である鈴木清一氏と共に働く中でその事業の将来性を強く感じており、鈴木氏に願い出て、島根でダスキン事業を始めることにしました。お客様がまだいないゼロからのスタートで、レンタル後のモップやマットを洗浄して再び使えるようにする「再生工場」を立ち上げたのです。
その後、株式会社ダスキンがミスタードーナツ事業を日本で展開することになり、父もそのフランチャイズに加盟しました。その際に、飲食事業を専門に行う会社として設立したのが現在のウッドベルです。この社名は、父が人生の師と仰いでいた鈴木清一氏の「鈴(ベル)」と「木(ウッド)」に由来しています。
ーーどのような経緯で家業を継ぐことを決意されたのでしょうか。
小川美樹:
子どもの頃から、父が築き上げてきたこの事業をいつかは自分が継ぐのだろうと考えていました。ただ、大学卒業を控えた当時は、いわゆる「親の七光り」と見られることに抵抗があり、さまざまな企業の就職活動も経験しました。
しかし、最終的には事業の根幹を深く理解する必要があると考え、新卒でダスキン株式会社へ入社しました。ダスキンでは十数年にわたり、製造部門の現場や経理、さらにはミスタードーナツ事業部での店舗運営など、多岐にわたる業務を経験させていただきました。
そして、地元・米子市にミスタードーナツの新店舗がオープンするのを機にウッドベルへ戻り、店長として新たな一歩を踏み出したのです。
地方の逆境を乗り越える「売れない理由を潰す」徹底主義

ーー地方での事業運営には、都市部と比べてどのような難しさがありますか。
小川美樹:
市場規模の違いは歴然です。都市部と同じ販促活動を行っても、人口が少ない分、効果は薄くなります。1店舗あたりの売上も全国平均より低い傾向にあり、常に独自の工夫が求められます。そのため、まずはブランドへの信頼を徹底的に高め、お客様に「この店に行こう」と思っていただけるような認知度を確立することが不可欠でした。
ーーその逆境を乗り越えるため、どのような工夫をされてきたのでしょうか。
小川美樹:
「売れない理由を一つひとつ潰していく」という姿勢で、「Quality(品質)、Service(サービス)、Cleanliness(清潔さ)」の向上に努めました。特に商品の品質にはこだわり、ドーナツは作り置きでありながら、できるだけ作りたてに近い“鮮度”で提供できるよう、あえて製造回数を増やすといった非効率な選択もしました。
販促面では、車社会という地域特性を考慮し、新聞の折り込みチラシを広範囲に配布しました。また、各ご家庭を訪問するダスキンの営業担当者と連携し、商品の注文を取ってもらうといった独自の取り組みも行いました。
さらに、お客様にいつご来店いただいても気持ちよく過ごしていただけるよう、5年を目途に短いサイクルで店舗の改装も続けています。お店を常に新しく、魅力的な状態に保つことが、ブランドの価値を高め、お客様に選ばれ続けることにつながると考えているからです。
誇りを持てる職場へ 多角化が拓いた従業員の未来
ーースタッフの方には、どのような思いで働いて欲しいとお考えですか。
小川美樹:
私自身、学生時代から飲食の仕事が好きでこの道を選びました。しかし、世間では飲食業が「生活のために仕方なくやる仕事」という目で見られがちな現実があります。私はそのイメージを払拭し、スタッフにこの仕事を誇りに思ってもらいたいと強く願っています。誇りを持って働くことは、能動的な姿勢につながります。そのため、スタッフへの教育には特に力を入れています。特に店長には、店舗を一つの会社のように捉え、そのトップである「経営者」なのだという意識で仕事に取り組んでもらえるよう、担当者を中心に数字の管理やマネジメントに関する勉強会を定期的に開催しています。
ーー事業を拡大されてきた背景には、どのようなお考えがあったのでしょうか。
小川美樹:
一番は、スタッフが能動的に働ける環境をつくるためです。私が戻った当初は1店舗あたりの社員数が多く、「誰かがやってくれる」という受け身の空気がありました。そこで店舗数を増やし、それぞれが責任あるポジションに就けるチャンスをつくりました。それが結果的に売上や給与、モチベーションの向上につながり、良い循環となって売上につながっています。
また、業態を増やしたのは、ミスタードーナツが直面したとある出来事が直接のきっかけです。売上が激減し、フランチャイズ本部と加盟店の関係性の脆弱さを痛感しました。幸い、その後の新商品『ポン・デ・リング』の大ヒットで回復できましたが、この経験から、一つの事業に依存する経営のリスクを学び、複数の柱を持つ必要性を強く感じたのです。
事業の多角化にあたり、まずレストラン事業への進出を考えました。しかし、作り置きの商品を提供するドーナツ事業とは運営のノウハウが全く異なり、当時の私たちにはその経験がありませんでした。そこで、まずは食材提供中心の焼肉店から始め、レストラン事業の知見を蓄えていきました。
30億円企業へ 未来を見据えた人材戦略と挑戦
ーー今後の目標と、それを実現するための戦略についてお聞かせください。
小川美樹:
3年間で売上30億円の達成を目指しています。そのために、鳥取県・島根県内における未出店エリアを埋める形で、店舗網の拡大を進めていく方針です。それと並行して、新たな業態の導入も積極的に模索しています。すでに関心のある複数の企業と話を進めており、良い物件が見つかればすぐにでも挑戦したいと考えています。
ーー目標達成に向けて、どのような人材戦略に注力されていますか。
川美樹:
売上目標を達成する上で、各店舗の核となる店長の育成が不可欠です。そのために、現場の意見を取り入れながら、スタッフが納得感を持って働ける人事評価制度への見直しを進めています。
また、今後の人手不足を見据えた外国人材の雇用も重要なテーマです。彼らが国籍にかかわらずキャリアアップできる仕組みづくりを急いでいます。
さらに、複数業態を展開していること自体が、人材育成における大きな強みになっています。ドーナツ店からラーメン店へといった業態を越えた異動も可能で、スタッフに多様な経験を積んでもらう機会を提供できます。これからも、こうした環境を活かして多様な成長機会をつくり、会社全体の力を高めていきたいです。
編集後記
フランチャイジーとして迎えた大きな危機は、「従業員を守り、会社を存続させる」という強い覚悟を小川社長に刻み込んだ。地方商圏のハードルを、品質への徹底したこだわりと独自の戦略で乗り越え、多角化によって安定した経営基盤を築き上げたその手腕からは、逆境に屈しない経営者の強い意志がうかがえる。飲食業への誇りを胸に、働く人々の成長を何よりも大切にするその姿勢こそが、ウッドベルの未来を支える最大の力なのだろう。今後のさらなる飛躍が楽しみだ。

小川美樹/1961年島根県生まれ。近畿大学を卒業後、株式会社ダスキンに入社。生産工場、経理、ミスタードーナツ事業部で勤務し、1990年に株式会社ウッドベルに入社。現場店長、室長、常務を歴任後2003年に代表取締役に就任。現在山陰地方で6業態、19店舗の飲食業を展開中。