
新潟県に拠点を置き、研究開発から生産まで一貫して国内で行うダイニチ工業株式会社。石油ファンヒーターや加湿器の分野で高いシェアを誇り、圧倒的な基本性能と利用者の心に寄り添う使いやすさで信頼を築いてきた。祖父が創業した同社へ38歳で入社し、2022年に代表取締役社長に就任。吉井唯氏は外の世界を知るからこそ見えた自社の強みを活かし、ブランド改革を牽引してきた。同氏に、独自の企業文化とものづくりへの思いを聞いた。
当たり前を貫く真面目さという組織の真価
ーーこれまでのご経歴についてお聞かせください。
吉井唯:
祖父が創業者という背景もあり、いつかは入社したいと考えていました。大学院卒業時に当時の社長である父にその思いを伝えたところ、「まずは外で経験を積むように」と言われ、弊社に入社する前は別のメーカーに就職し、製品を効率良く量産するための技術開発などに携わりました。社会人として一貫して技術畑を歩んできた経験が、現在の基盤となっています。そこで10年以上勤務した経験を経て、2014年に入社した次第です。
ーー入社された当時、会社に対してどのような印象を持たれましたか。
吉井唯:
第一印象は、「本当に真面目な会社だ」でした。社員全員が、正しいことを当たり前のように実行し、どんな場面でも妥協しません。この当たり前のようで難しい文化が、非常に強みだと感じました。他社での経験があったからこそ、その価値に客観的に気づけたのだと思います。
社長就任前に仕掛けたブランド価値を届けるための静かな変革
ーー入社後、課題に感じた部分はありましたか。
吉井唯:
非常に良いものをつくっているのに、とても控えめな会社だと感じていました。商品ロゴも目立たせず、社内の品質への自負がお客様に十分に伝わっていない状況だったのです。店頭で販売すると製品は高く評価されるものの、お客様が弊社の名前を認識していないケースも少なくありません。「良いものをつくればいい」という純粋な思いは強みですが、ブランドを広める意識が課題だと捉えていました。
ーーその課題を解決するために、どのようなことに取り組まれたのですか。
吉井唯:
経営企画部を立ち上げ、責任者としてブランド戦略に着手しました。最初に取り組んだのが、会社のロゴマーク変更です。社外への発信強化に加え、社員に自社製品への誇りを再認識してほしいという狙いがありました。また、高付加価値モデルでも十分に戦えると確信しており、ロゴ変更を機にデザインや機能を含めたブランド全体の価値向上を進めたのです。
ーー社員の意識を変える上で、他に何か特別な施策はありましたか。
吉井唯:
特別な意識改革はほとんど行っていません。お話しした「真面目さ」や「妥協しないものづくり」といった、他社にはない強固な文化がすでに根付いていたからです。しっかりとした土台があったからこそ、リブランディングの際も社員の意識改革から始める必要がありませんでした。ロゴの変更という一つのきっかけで、会社全体が良い方向へ進めたのだと思います。
品質の高さは細部に宿る 利用者の心に寄り添うものづくりへの執念

ーー貴社の一番の特徴は何でしょうか。
吉井唯:
研究開発から生産まで、全ての工程を新潟の工場で行っていることです。その理由は品質追求というよりも、社員や協力会社の皆さんの雇用を守るため。ここでつくり続けると決めているからこそ、競争に勝てる品質、性能、供給体制を必死で構築しなければなりません。国内生産を甘えとせず、強みに変える努力を続けています。
ーー主力製品である加湿器の強みについて、具体的にお聞かせください。
吉井唯:
最大の強みは、運転しているか分からないほどの静音性です。弊社のルーツである石油燃焼機器は、室内で燃焼させる商品のため、絶対に問題を起こさない徹底した品質管理が求められます。安全性を第一とし、細部にこだわる。この精神が加湿器の開発にも活かされているのです。水を含んだフィルターに風を当てる気化式でありながら、長年の技術と細かな調整で他社には真似のできない静かさを実現しました。
ーー使いやすさが高く評価されている理由はどう分析されていますか。
吉井唯:
お客様自身も気づいていない潜在的な不満を解決することを心がけています。たとえば、掃除が面倒なトレイにカバーをつけて使い捨てにするアイデアは大変好評でした。ほかにも、持ち運びやすい取っ手や、手入れが楽な交換式の気化フィルターなど、日々の煩わしさを解消したいという思いが、弊社の製品の細かな工夫につながっています。
規模ではなく価値の追求 暮らしに寄り添うものづくりがつなぐ未来

ーー今後のビジョンについて、どのようにお考えですか。
吉井唯:
弊社では、常に新しい技術を生み出し、お客様の安心安全で快適な暮らしのために、いつまでも愛される製品をつくることを大切にしています。この言葉の通り、常に新しいものづくりでお客様の生活を豊かにしていくことが私たちの使命です。会社をただ大きくするのではなく、自分たちの手が届く範囲で責任を持って良いものをつくる。商品そのものが一番の広告だと信じ、実直にものづくりを続けていきます。
最近では、新たにコーヒーメーカーを開発しました。これも弊社のものづくりへのこだわりが詰まった製品です。有名なバリスタ2名の淹れ方を完全に再現しています。お湯の温度や注ぐ量、タイミングに至るまで、細かく解析しました。味わいの異なるプロの味を一台で実現するという、普通では考えられないようなつくり込みです。誰が淹れてもプロのハンドドリップレベルの味ができる、非常に優れたものができたと自負しています。
ーー貴社ならではの働きがいや環境について教えてください。
吉井唯:
日々の市場に応じて生産計画を柔軟に変えるなど、変化のスピードが速い環境です。営業からの情報がその日のうちに生産に反映されることも珍しくありません。これは国内一貫生産と小規模組織ならではの強みです。また、社員旅行や運動会など、人と人との繋がりを大切にする社風も特徴です。
ーー今後、どのような人材を求めていますか。
吉井唯:
嘘をつかない真面目な人、そしてチームワークを大切にできる人です。弊社は小規模だからこそ、営業、生産、開発といった部門間の連携が欠かせません。与えられた仕事だけでなく、周りと積極的に関わってください。会社全体で最適な成果を追求できる方に仲間になってほしいです。
編集後記
ダイニチ工業の強さは、技術力だけではない。社員一人ひとりに浸透した「真面目さ」という企業文化だ。良いものをつくるために一切妥協しないその姿勢こそ、愛される商品を生む原動力なのだろう。吉井氏が語った「商品が一番の広告」という言葉からは、同社のものづくりへの揺るぎない自信と誇りがうかがえる。

吉井唯/1976年、新潟県生まれ。立命館大学大学院理工学研究科修了。2014年にダイニチ工業株式会社へ入社。2017年に取締役経営企画部長、2019年に常務取締役管理本部長兼経営企画部長、2021年に代表取締役専務などを歴任。2022年6月、代表取締役社長に就任。