
核酸医薬品とは、核酸(DNAやRNA)を基本骨格とした医薬品。病気の原因となる遺伝子の働きを抑える効果が期待されている。
核酸医薬品の開発を主な事業としているルクサナバイオテク株式会社は、製薬会社との共同創薬事業や、自社創薬事業などを手がける大阪大学発の創薬ベンチャー企業だ。
今回、代表取締役社長CEOの佐藤秀昭氏に、創業の経緯や事業の特色、そして治療薬のない病気に立ち向かう同社のビジョンなどについて話を聞いた。
創業の原点は「核酸医薬の可能性に惹かれた」こと
ーー今までの経歴を聞かせてください。
佐藤秀昭:
信州大学農学部の農学研究科修士課程を修了後、京都大学の博士課程へ進学しました。博士号を取得し、生化学や分子生物学を専門とした研究者の道に進みたいと考えていたのです。
しかし、さまざまな事情から博士号の取得は叶わず、博士課程を満期退学することに。その後、今までの経験を活かせる道を探す中で出会ったのが、核酸の受託製造を行う株式会社ジーンデザインです。
当初は研究員として入社しましたが、この分野を事業として本格的に成り立たせるために、営業部門を兼任。そして、学術と営業を組み合わせた「学術営業部」としての活動をスタートしました。
当時2000年代前半の核酸医療は市場が未開拓の分野で、「誰でも専門家になれるチャンスがある」と、大きな可能性を感じたことを覚えています。
ーーそこから、どのような経緯で貴社を設立したのでしょうか。
佐藤秀昭:
ジーンデザインは味の素に買収され、私は味の素の方々とともに受託製造事業のグローバル展開活動に取り組んでいました。そんな折、大阪大学の小比賀聡教授が手がける、人工核酸の社会実装を目的とした新会社立ち上げの話が舞い込んできたのです。
小比賀教授はもともと知り合いでしたし、新会社の事業内容も、自分が今後取り組んでいきたい領域と重なっていました。会社員として貴重な経験をさせてもらっていたため迷いましたが、自身のキャリアを見据えた結果、退職を決意し、ルクサナバイオテクを設立しました。
ビジネスと技術の融合が強み
ーー現在はどのような事業を展開していますか。
佐藤秀昭:
弊社では、小比賀教授のグループが開発した「人工核酸」の技術をもとに医薬品を創出する事業を展開しています。具体的には、医薬品を創出するプラットフォームを構築し、製薬会社や研究機関との共同開発のほか、技術自体のライセンス提供などをしています。
核酸とはDNAやRNAといった生命活動に欠かせない物質で、遺伝情報の保存や伝達に関わっています。人工核酸は、こうした体内に存在する核酸にさらに機能を加えたもので、遺伝子そのものではなく、そこからつくられる設計図に作用するのが特徴です。大本の遺伝子には直接触れないため、安全性を担保しやすいという利点があります。
特に最近は、脳をはじめとする中枢神経系の疾患への活用に力を入れています。脳は非常に繊細な臓器であり、薬剤の投与によって副作用が生じやすいという課題があります。しかし、人工核酸の技術を活用することで、そうした副作用のリスクを抑えながら、有効性を高められる可能性があるのです。
ーービジネスと技術両方の視点で事業を進める中で、技術者との間に意見の食い違いはありますか。
佐藤秀昭:
世の中には、「優れた技術さえあれば自然と事業化できる」と考える技術者もいますが、私たちはそうではありません。小比賀教授のグループが開発した数々の技術の中から、事業化の可能性があるかどうかを1つ1つ丁寧に評価したうえで、活用する技術を選定しています。
いくら優れた技術でも、ビジネスの可能性がないものからは手を引く。この点について、小比賀教授含め技術者の方々が理解してくださっているのは、とてもありがたいことです。
基本的には私が事業を主導していますが、小比賀教授と目指す方向を常に共有し、二人三脚で進むことができています。
ーー創業からの7年間で、特に印象に残っている出来事を教えてください。
佐藤秀昭:
大きな出来事として、武田薬品とのライセンス契約が挙げられます。一方、苦しい出来事もありました。
米国のAligos Therapeutics社との契約で、弊社の技術を使った核酸医薬を臨床試験に用いたところ、投与後すぐに患者様に肝毒性(肝臓障害や肝機能の低下)が見られたのです。患者様の安全性に関わる事態となり、開発が中止になるなど、非常に大きなダメージを伴う出来事でした。
大きな痛手ではありましたが、この経験が医薬品開発における安全確保の重要性など、研究開発を改めて見直すことにつながり、さらに中枢神経領域へ舵を切るきっかけにもなりました。
治療困難な病に挑む、ルクサナバイオテクの挑戦

ーー貴社ではどのような人材を求めていますか。
佐藤秀昭:
海外で研究や事業開発の経験を積んだ後、日本で活躍したいという志を持った方と仲間になりたいですね。
弊社は今後、新薬開発の中心地であるアメリカやヨーロッパでの活動をより強化するつもりです。そのため海外志向の経験者はもちろん、次の世代を担う若手人材にも積極的に関わってもらいたいと思っています。
また、私自身の目標として、さまざまなカンファレンスに呼ばれるような「スター研究者を育てたい」という思いがあります。スター研究者を育てるためには、外部で刺激を受けることが大切ですから、そうした環境づくりにも力を入れていきたいと考えています。
ーー最後に、読者へメッセージをお願いします。
佐藤秀昭:
ルクサナバイオテクは、大学発の技術をベースにした医薬品を開発するために立ち上げた会社です。1日でも早く医薬品を患者様へ届けることができるよう、パートナーとともに1歩ずつ前へ進んでいきます。
将来的には、臨床開発まで自分たちで担えるような会社になるのが目標です。その手段がどのようなものになるのかはまだわかりませんが、戦略を持って挑戦を続けていきます。
最終的に目指すのは、治療薬のない病気で苦しむ患者様とその家族、そして社会全体に貢献することです。その未来を実現するために、まずは足場を固め、強くしなやかな組織をつくりたいと考えています。
編集後記
技術だけでなく、ビジネスの観点からも判断を下すことができる佐藤社長の存在が、ルクサナバイオテクの大きな強みだ。肝毒性による開発中止など、厳しい状況の中でも前に進むことができたのは、同氏の「治療薬のない病気で苦しむ人を救いたい」という強い意思があるからだろう。同社がもたらす医薬品が、世界中の患者の希望になる日もきっと近いはずだ。

佐藤秀昭/1971年山形県生まれ、千葉県育ち。2004年、京都大学大学院・農学研究科の博士後期課程を単位取得後に退学し、株式会社ジーンデザイン入社。研究員として核酸医薬開発に関わる。その後、学術営業部部長、事業担当執行役員を経て2016年取締役(事業開発担当)に就任。2016年同社が味の素株式会社に買収され、取締役辞任と執行役員再任。2018年に退社し、ルクサナバイオテク株式会社代表取締役社長CEOに就任。