※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

出版不況と言われる時代にあって、株式会社晋遊舎はユーザーの視点を徹底して貫き、商品を評価するスタイルを構築してきた。日用品から家電、美容まで、ジャンルを問わず「使ってわかった本当のこと」を伝える編集方針が読者に響いている。そんな同社の舵取りを担うのが、代表取締役社長・武田義尊氏だ。夢を諦めて現在のポジションに就いた経緯、今後注力するテーマ、社員や若い世代に対する思いなどについてお話をうかがった。

経営を担うために音楽への思いを断ち切る

ーー貴社に入社された経緯についてお聞かせいただけますか。

武田義尊:
大学卒業後、ビジネスの現場で自らを鍛えるべく、中堅印刷会社に入社しました。約1年半で退職し、しばらく定職についていなかった時期に、弊社の創業者である父(現・代表取締役会長 武田義輝氏)から電話があったのです。『家電批評モノクロ』というムック(※1)を『家電批評』『MONOQLO』に分けてそれぞれ雑誌として月刊化するにあたり、「アルバイトをしないか」という誘いでした。

正直に言うと、迷いました。実は、私はずっと音楽をやっていて、アメリカのジュリアード音楽院へ留学したいと考えていたからです。しかし父から「お前が行うべきは私の後を継ぐことだ」と厳しく諭され、その言葉で覚悟が決まり、入社を決意しました。

(※1)ムック:雑誌のような体裁で特定のテーマを掘り下げた書籍扱いの出版物

ーー入社後、どのようにして、現在の仕事の面白さを見出していかれましたか。

武田義尊:
『MONOQLO』編集部に配属された後、約9ヶ月で正社員に登用されました。「自分は全然仕事ができない」と感じていましたが、時間に関係なく働く姿勢や、「受けた仕事は120%で返したい」という意識で取り組んでいたことが評価されたようです。

特に雑誌のレイアウトを考える「ラフを引く」という作業は、入社してすぐにできたので評価されました。絵を描くことが好きだったので難しくはなかったのですが、周囲に評価されて自信が芽生えたことは確かです。

その後『家電批評』に異動して、私の「編集の師匠」となる人物に出会いました。ラフをとても細かく書き込む師匠を真似ることで、編集者としての自分のスタイルをつかめたと感じています。

ーーその後のキャリアステップについてお聞かせいただけますか。

武田義尊:
『MONOQLO』の編集長になったのが30代の初めです。ただし編集長というポジションにそれほど思い入れはありませんでした。編集を心から愛し、雑誌が本当に好きな社員たちが周りにたくさんいて、彼らには勝てないと感じていたのです。その後『家電批評』の編集長も経験しましたが、とにかく気合いと根性だけで仕事に向き合いました。

会社経営を担う覚悟を決めたのは、2020年頃に前社長が退任したタイミングです。当時37歳だった私は「自分がやらなければ」と決断しました。

忖度なしの本音レビューで読者の信頼を勝ち取る

ーー貴社の事業内容と強みをお聞かせください。

武田義尊:
弊社は雑誌・ムック・書籍の企画・制作・出版、Webサイト『360LiFE』の運営などを手掛けています。主な雑誌は商品の性能を徹底比較して紹介する『MONOQLO』、家電製品を専門にレビューする『家電批評』、女性向け生活品をテストして紹介する『LDK』、美容関連アイテムを比較・評価する『LDK the Beauty』などです。これらの出版で蓄積した膨大な商品テストコンテンツをWebで展開しているのが『360LiFE』になります。

弊社では「忖度なし」「ユーザー目線」の徹底した商品テスト主義を貫いています。自社で商品を購入・分解・実験した本音レビューが読者の信頼につながり、広告収入に過度に依存せず実売で収益を伸ばしている点が最大の強みです。時代の変化に対応し、各雑誌の電子書籍版に加え、Webメディア『360LiFE』も多くの方にご利用いただくようになりました。紙とWeb双方の特性を生かした事業展開を行っています。

ーー今後どのようなことに注力されますか。

武田義尊:
社長になってから、取り組むべき領域がまだ多くあることに気づきました。その中で、特に力を入れているのは、Web事業、営業、取引先との関係性の強化です。

Web事業では、専門知識を持つ新編集長が中心となり、『360LiFE』の収益拡大に向けた計画を進めています。営業部門については、販売活動に加えて、世の中のトレンドをいち早く企画に反映させるための情報収集能力を高めています。大手書店様との連携も、さらに深めていける重要な課題です。こうした点にしっかりと取り組んでいくことが、今の私の役割だと考えています。

過去の経験や努力は形を変えて支えてくれる

ーー将来の目標を教えてください。

武田義尊:
まずは私個人の目標として「常に新しい挑戦を続け、30年後も社会に必要とされ続ける会社づくり」を掲げています。創業者の父が経営から退いたのは弊社が30周年を迎えたタイミングでした。その影響もあり、私の中では30年という思いが自然とあります。会社の目標としては、私たちがつくるコンテンツが、店舗やWebはもちろん、日本のあらゆる場所で見つかる世界を実現したいです。

ーー最後に、若い世代にメッセージをお願いします。

武田義尊:
「情熱さえ絶やさなければ、必ず自分の番は回ってくる」ということを伝えたいですね。私自身、若い頃に抱いていた夢は叶いませんでしたが、そこで培った情熱は、全く違う分野である今の仕事にも生かされています。目標に向かって努力を続ければ、たとえそれが思い描いていた形でなくても、きっと報われる時が来ます。

そして私は社長として、努力し続ける社員を応援します。弊社の真の主人公はあくまでも社員です。私の役割は、主人公たちが最高のコンテンツをつくり出す環境を整えることにあります。現場の自主性を尊重しているため、あえて私から細かい指示を出すことはしません。何かあれば全力でサポートしますので、安心して目標に向かって努力し続けてください。

編集後記

「編集を愛する彼らには勝てない」「主人公はあくまでも社員」。これらの発言から、武田氏がいかに社員に敬意を払っているかが伝わってきた。その敬意を原動力に、武田氏はさまざまなテーマを掲げて事業を推進しているのだろう。出版不況という逆風をものともせず、未開拓の領域を着々と掘り起こし続ける同社の今後に注目していきたい。

武田義尊/1982年宮城県生まれ、駒澤大学卒。新卒入社した三共グラフィック株式会社で1年半の経験を積む。2009年に株式会社晋遊舎にアルバイトとして入社。9ヶ月後に正社員に登用される。その後30代で『MONOQLO』『家電批評』の編集長を歴任し、2025年に同社代表取締役社長に就任。