
学歴社会での挫折、自身の生き方を模索、そして不動産業界での天職との出会い。株式会社ケントホールディングス代表取締役社長の福井勝利氏は、波乱に満ちた20代を経て、33歳で独立を果たした。不動産事業で成功を収める一方、リスクを回避しようとする周囲の姿勢に疑問を抱き、自身の可能性を試すために新たな挑戦を決意した。
リーマン・ショックを機に介護事業へと軸足を移し、事業の多角化に成功。現在は、従業員の幸せを最優先に据え、次世代へ会社を繋ぐための組織づくりに邁進している。その原動力にあるのは、成長することへの飽くなき探求心と、働く仲間に“ワクワク”を与えるという経営者としての強い責任感だ。今後の事業の飛躍を左右する重要な大型投資に込められた思いや、同社の未来への展望について、深く話をうかがった。
挫折から見つけた「天職」と起業への熱い思い
ーーどのような経緯で社会人としてのキャリアをスタートされたのでしょうか。
福井勝利:
高校受験に失敗し、学歴社会で競争することに失望して高校を中退しました。その後、父親の経営する食品会社に就職しましたが、朝早くから夜遅くまで働く生活に馴染めず、3年ほどで家を飛び出したのです。人生を変えたいという強い思いから、22歳で不動産業界に飛び込みました。そこで出会った不動産の仕事が、まさに私の天職だと感じたのです。
ーー不動産業界での仕事は、何がそこまで福井社長を惹きつけたのでしょうか。
福井勝利:
とにかく楽しく、年間3日ほどしか休まず、毎日夜10時や11時まで働くのが当たり前でした。歩合制だったので、22歳、23歳でしっかり稼げるようになったことも楽しさの一つです。しかしそれ以上に、賃貸仲介という仕事を通じて、部屋を探しているお客さまや物件オーナーさん、そして会社からも「ありがとう」と感謝されることが大きな喜びでした。誰も不幸にならない、みんなが幸せになる商売だと思い、仕事にのめり込んでいきました。
ーーその後はどのようなキャリアを歩まれましたか。
福井勝利:
キャリアを振り返ると、私がそこまで仕事にのめり込めたのは、「誰にも負けたくない」という気持ちが強かったからです。当時、圧倒的な実績を誇る先輩方に刺激を受け、自らの成長に没頭しました。また、勤めていた会社が急成長する中で株式上場を目指しており、「中卒の自分が、この企業の幹部になれるのか」という「ワクワク感」に駆られたことも大きな原動力です。
しかし、管理職に就いてからは現場の時ほどの熱意が感じられなくなり、物足りなさを感じるようになりました。そして、「自分が一体どこまで行けるのか、自分の目で確認したい」という強い思いから、33歳で独立を決意しました。
ーー独立後の事業の立ち上がりは順調でしたか?
福井勝利:
最初の2年間は苦労ばかりでした。「もっとできるはずだ」という思いだけが空回りし、貯金残高が7万円という経験もしました。しかし、徐々に結果が出始め、2年目からは毎年売上が倍々ゲームで伸びていったのです。
順調に店舗を拡大していく一方で、東京進出の失敗を機に、出店数を増やすのではなく、特定のエリアを「深掘り」する戦略に切り替えました。賃貸仲介・管理だけでなく、オーナーさんの資産管理事業にも乗り出し、この地域深掘り戦略の延長線上に、後の介護事業参入があったのです。
オーナーの不安を解消するために 自ら切り拓いた介護事業

ーー介護事業の参入は、どのような経緯で決断されたのですか。
福井勝利:
マンションオーナーさんの会を主催し、土地活用についてコンサルティングを行う中で、「これからの時代にアパートやマンションだけで大丈夫なのか」という疑問が生まれました。そこで、需要が高まっている高齢者向け住宅を提案したところ、オーナーさんから「もし運営会社が倒産したらどうなるのか」という不安を指摘されたのです。その懸念を払拭するためには、不動産屋である私たちが自ら運営し、本当に儲かるモデルを確立しなければならないと考えたのがきっかけです。
ーー新規事業を立ち上げる上で、特に苦労された点は何でしたか?
福井勝利:
当時、弊社は利益の30%を社員のボーナスに充てていたため、新規事業で赤字を出すことに既存の役員や社員は猛反対しました。「赤字になったら自分たちのボーナスがなくなる」と。そこで私は、「では、別会社でやろう」と宣言し、株式会社ケントメディカルケアを設立しました。介護事業を軌道に乗せるまでには2年ほどの大きな赤字を経験し、運営のノウハウが全くない中、書籍を頼りに手探りで事業を進めました。
「全従業員の幸せ」を追求する組織づくり
ーー貴社の介護事業の強みについてお聞かせください。
福井勝利:
私たちの強みは、ドミナント戦略と医療連携による高収益モデルの構築です。一つのエリアに3つの施設を集約させ、フロアごとに異なる特色を持たせることで、医療ニーズの強い方や認知症の方など、どんな方も受け入れられる体制を整えています。何より重要なのは、重度の方でもケアできる質の高い職員と、地域の医療機関との強固な連携です。これらの取り組みによって、業界平均を大きく上回る20%以上の利益率を達成しています。
ーー介護業界は人材確保が課題と言われていますが、貴社はどのように採用・育成に取り組んでいらっしゃいますか。
福井勝利:
インターネットの求人サービスを活用した採用活動で中途採用を行っているのですが、同業他社と比べて応募数が非常に多いことに、担当の方に驚かれます。その要因は、同業他社を上回る給与水準や充実した福利厚生、そして会社の成長性です。採用単価を抑えつつ、スキルを持った即戦力人材を確保できています。また、従業員満足度を向上させる事が、顧客満足度向上に継ると考え、職場環境の改善と人材育成にも力を入れています。一時は60%を超えていた離職率も、今では10%ほどにまで下がりました。
経営者人生を懸けた「最後の勝負」

ーー現在、経営者として特に力を入れていることはありますか。
福井勝利:
私は61歳を迎えた今もなお、経営者として常に「自分が一体どこまでやれるのか」という探究心を持っています。周りからは「もう十分稼いだのだから、これ以上リスクを負う必要はない」と言われることもありますが、私は成長を追求することと、働く従業員に夢や希望を与え続けたいという思いを大切にしています。かつて私が急成長している会社で感じた“ワクワク感”を、今の従業員や幹部たちにも感じてほしいのです。それが経営者としての私の役割だと思っています。この思いから、現在、売上35億円規模を目指し、我々にとって大きな勝負となる30億円の大型投資を進めているところです。
ーー今後の事業の展望についてお聞かせください。
福井勝利:
日本は高齢化が進む一方で、単身世帯が増加しています。将来、一人暮らしの高齢者が自宅で生活できなくなったときに、受け皿となるのは介護施設しかありません。この状況は今後しばらく続くと考えていますが、将来的にはDXやロボット化が進み、介護のあり方も大きく変わるでしょう。その変化に対応するためにも、今のうちに投資ができるだけの事業規模にしておく必要があります。また、ただ介護を提供するだけでなく、高齢者が抱える保証人探しや住まいの問題など、あらゆる困りごとを解決できる会社になりたいと考えています。
編集後記
波乱に満ちた過去から、天職と出会い、経営者として成功を収めた福井氏。しかし、その飽くなき挑戦は今もなお続いている。現在の事業の成功に満足することなく、人生を懸けた大型投資に踏み切る姿からは、自身の可能性をどこまでも追求する強い信念と、働く従業員に“ワクワク感”を与え続けたいという熱い思いがひしひしと伝わってきた。人が資本である介護業界において、従業員の幸せを最優先に考える同社の姿勢こそが、さらなる成長を後押しする原動力となるに違いない。次世代を見据えた挑戦を続ける同社の未来に、今後も目が離せない。

福井勝利/1998年6月に有限会社建都興産を創業。2005年5月に有限会社ケントホームを、同年6月には株式会社ケントコーポレーションを設立。2011年9月に株式会社賃貸保証サービスを設立、同年10月介護事業会社 株式会社ケントメディカルケアを設立。2019年訪問看護・訪問リハビリ事業を開始し、株式会社ナーシングケアサービスを設立。2020年1月有限会社友愛を子会社化。