
新潟を拠点に鉄スクラップと産業廃棄物のリサイクル事業を手がける株式会社大橋商会は、業界の古いイメージを刷新し、持続可能な社会に貢献する企業として注目を集めている。同社を率いるのは、創業者である父から事業を継承した二代目、大橋崇氏だ。かつては家業を継ぐことに抵抗があったという同氏だが、会社に戻ると社員の可能性を信じ抜き、組織を根底から変革していく。「社員が主役」という揺るぎない哲学を掲げ、第二創業期を築き上げた大橋氏の挑戦と、その胸に秘めた熱い思いに迫る。
第二創業期の幕開け 苦難から始まった経営者の道のり
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
大橋 崇:
当初は、会社を継ぐ気は全くありませんでした。家業である鉄スクラップのリサイクル業は、私が中学生や高校生の頃に経営が傾いたためです。もともと父からは「お前の行きたい道に進め」と言われていました。
教員を志して教育学部に進学したものの、在学中に会社が産業廃棄物のリサイクル許可を得て経営状況が上向きます。すると父から「30歳までは自由にしていいが、その後は戻ってきてほしい」と言われたことを機に、卒業後は別の同業種で修業を積む道を選びました。
ーー貴社に入社された当時、社内はどのような状況だったのでしょうか。
大橋 崇:
修業を終えて弊社に入社した当時、社内の組織や経営状況を調べると多くの不透明な部分が見つかりました。そのため、改革が必要だと感じたのです。父には「このままでは会社は続かない。5年間は売上が減るかもしれないが、それでもいいか」と伝え、強い覚悟を持って事業改革に乗り出しました。
しかし、当時社内にいた古参の社員からは「社長の息子だから」という反発を受け、社員の派閥が生まれるなど、社内は混乱を招きます。それでも私は、社員一人ひとりと面談を行いました。そして、会社の課題や新しい事業への意見を直接聞いたうえで、新しい許可の取得や新規事業を積極的に進めていきました。
売上至上主義からの転換 社員と築いた顧客との信頼
ーー貴社の強みと、その価値観が生まれた背景についてお聞かせください。
大橋 崇:
弊社の最大の強みは“社員”です。入社後、売上ばかりを追いかけていた時期がありました。しかし、どれだけ売上が伸びても利益がなければ社員に還元できません。社員が疲弊していく姿を見て、私は経営者として間違った方向に進んでいると痛感しました。
そこで、社員の努力を正当に評価し、適正な利益を確保するため、取引先へ値上げ交渉を決断したのです。営業担当者は難色を示しましたが、「すべての責任は私が持つから、安心してやってほしい」と伝えました。結果、9割以上のお客様が弊社との取引を続けてくださいました。これは、日頃からお客様と真摯に向き合ってくれた社員たちの努力が実を結んだ証だと考えています。
ーー社員と会社の結びつきを深めるために、どのような取り組みをされていますか。
大橋 崇:
「社員を大切にしない会社は絶対に良くならない」という信念のもと、さまざまな施策を実施しています。まず会社が利益を出したら社員に還元すると約束しました。ここ10年ほどは毎年決算賞与を含めて年3回の賞与を支給しています。
ほかにも、一般的な健康診断に加え、年齢を重ねた社員には胃カメラや脳のMRI検査などの費用を会社が負担。社員とその家族の健康を守る取り組みにも力を注いでいます。
また、社員とその家族への感謝を伝えるため、毎年ホテルを貸し切って納涼会を開いています。ご家族にも参加していただくのは、どんな会社で働いているのかを知ってもらいたいからです。
社員が誇れる職場づくり 業界の未来を拓くための投資

ーー新たな取り組みについて詳しくお聞かせください。
大橋 崇:
現在、私たちは2箇所の新しい工場を建設する計画を進めています。鉄スクラップと産業廃棄物、それぞれの部門に専用の場所を設け、より効率的で安全な作業環境を確立する計画です。
また、業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)にも積極的に取り組んでおり、現在は紙媒体の使用の削減に努めています。その結果、トラックの運転手から工場スタッフまで全員がタブレットで業務を完結できるようになりました。将来的には、AIを活用した選別作業の導入も検討しています。これにより、社員の負担を減らし、働きやすい環境をさらに追求していきたいと考えています。
さらに、業界のイメージを刷新し、社員が自信を持って働ける会社にしたいという思いがあります。その一環として、新潟県内で毎週CMを流したり、福利厚生を積極的に公表したりしています。
ーー今後の人材採用についてどうお考えですか。
大橋 崇:
今後は、新卒採用と中核を担う人材の育成に注力していきたいと考えています。私たちは社員に対し、「自分の個性を生かし、やりたいことを具現化できる会社です」と伝えています。小さなアイデアでも、それが素晴らしいものであれば、何千万円、何億円の投資をしてでも実現させたいです。社員一人ひとりがやりがいを感じ、生き生きと働くこと。それが会社の成長につながり、ひいては業界全体のイメージを変える力になると信じています。
編集後記
大橋氏のインタビューから伝わるのは、経営の根底に流れる徹底した“人”への思いだ。事業承継後の社内対立という大きな壁を乗り越える原動力となったのも、社員一人ひとりへの揺るぎない信頼があったからだろう。「社員を大切にしない会社は絶対に良くならない」。その言葉は、数々の試練を経て辿り着いた、同氏の経営哲学そのものである。社員のアイデアに数億円の投資も厭わないと語る姿勢や、その家族の人生まで思う手厚い支援は、まさに信念の体現に他ならない。業界イメージを刷新し、新たな未来を切り拓こうとする同社の挑戦から、今後も目が離せない。

大橋崇/1971年新潟県生まれ、文教大学卒業。株式会社エスアールに入社し、6年間の修行期間を経て2002年に入社。2012年に同社代表取締役社長に就任。