
ライフラインを支える設備・管工事業を手がける若林設備工業株式会社。大手ゼネコンでの経験を経て家業に戻った若林豊氏。同氏は、若手が育たず疲弊していた昭和的な組織風土を目の当たりにした。そこから「社員とその家族の物心両面の幸福」という理念を第一に掲げる。そして組織を変革し、売上と利益を着実に成長させてきた。若手が次々と辞めていく危機的状況から、いかにして「社員一人ひとりが互いのために尽力する」会社をつくりあげたのか。その根底にある経営理念と今後の展望についてうかがった。
大手ゼネコンで知った「人の温かさ」が経営の原点
ーー社会人として最初のキャリアについて教えてください。
若林豊:
大学卒業後は、大成建設に就職しました。文系学部出身でしたので、事務系総合職として採用されています。最初の半年間は東京で研修を受けて現場の空気を学び、その後、関西支店へ配属になりました。現場の経理担当として、予算管理や協力会社との交渉など、金銭にまつわる業務に携わっていた形です。
ーー大手ゼネコンでのご経験で、特に印象に残っていることは何ですか。
若林豊:
何よりも「人」の温かさが印象に残っています。「スーパーゼネコン」と呼ばれる大きな会社ですが、ギスギスしたところがなく家庭的な雰囲気がありました。仕事は厳しくも、そこには温かい愛情があり、本当によくしていただいたと、今でも深く感謝しています。就職氷河期で採用人数が少ない中、大事に育ててもらったという思いが強いです。社会人としての基礎を築かせていただいた最も充実した2年間であり、そのときの同期や先輩後輩とは今でも交流が続いています。
若手が次々辞める危機的状況からの組織改革
ーー家業へ戻られたのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
若林豊:
父が60歳で引退すると話していたのがきっかけです。長く大企業に在籍すると、その文化に染まりすぎてしまう恐れがあります。中小企業である家業に戻った際、社員との間に価値観の乖離が生まれると懸念しました。会社が嫌になって辞めたわけではなく、将来的な事業承継を見据え、早めに戻るのが良いだろうと判断したのです。
ーー家業に戻られてから、どのような課題に直面されましたか。
若林豊:
私が入社した当時、社内に若い社員が全くいませんでした。景気の悪化から採用を止めており、当時の先輩社員はみな、個々の高い技術で仕事をする、いわゆる職人気質の方ばかりだったのです。組織というよりは「個人商店の集まり」に近く、部門間の連携がほとんど見られない状況でした。
私が採用を始めても教育する文化がなく、新人は放置されてしまいます。夢と希望を持って入社してくれた若者が、2年ほどで絶望して辞めていくという繰り返しでした。その状況に、「このままでは会社がなくなる」と強い危機感を抱いたのです。
この状況を乗り越えるためには、とにかく上の世代を説得し続けるほかありませんでした。「今までこのやり方でうまくいってきたのに、何を変える必要があるんだ」という反発は当然あります。ですから、稲盛和夫氏の経営塾などで成功している経営者の普遍的な考え方を学びました。それを自分の中で咀嚼し、自信を持って自分の言葉で伝え続けたのです。人の価値観を変えるというのは、粘り強い対話が求められる、本当に根気の要る取り組みでした。
社員と家族の幸福追求 成果を分かち合う経営
ーー社長に就任されてから、特に大切にされている考え方を教えてください。
若林豊:
大切なのは、社員とその家族が物心両面で幸せになることだと考えます。そのためには、まず金銭的な幸せが不可欠です。どれほど崇高な理念を語っても、社員の生活が安定していなければ真の共感を得ることは難しいでしょう。そのように考えています。
創業60周年時の事業計画で「給料を2割上げる」と宣言し、それを実現させました。現在では、業界内でも比較的高水準の給与体系になっていると自負しています。経営者も社員も、適材適所で組織に貢献する仲間です。経営者としての私の役割は、皆で生み出した成果を適切に分配し、社員が意欲的に働ける環境を整えること。そうすることで社員がいきいきと働き、それが会社の利益として返ってくる。この好循環が、近年の成長につながっていると考えています。
ーー若林社長が考える「社長の仕事」とは、どのようなものでしょうか。
若林豊:
社長にしかできない仕事は、会社の思いを伝えていくことだと考えます。個々の実務は、突き詰めれば他の誰かに任せることも可能でしょう。しかし、会社の根幹となる理念や、揺らぐことのない価値観(マインド)を社員と共有し続けることこそ、私の最も重要な使命だと認識しています。
未来の住環境創造 人々の暮らしを豊かにする挑戦

ーー改めて、貴社の事業内容についてご紹介いただけますでしょうか。
若林豊:
弊社は、建設業の中でも水道・空調・ガスといった人々の生活に欠かせないライフラインを扱う、設備・管工事業を専門としています。人間の体でいえば、血管や臓器をつくるような仕事と言えるでしょう。事業の約8割は民間のゼネコンからの専門工事であり、残りの2割が個人や企業のお客様からの直接の改修工事、あるいは官公庁の元請け工事となっています。こうしたリニューアルのご要望にお応えする中で、今後は「衣食住」の中でも特に大きなウェイトを占める「住」の価値について、お客様がもっと気軽に考え、選択肢を広げていけるような新しい商材のご提案も準備しているところです。
ーー今後の事業展開について、どのような展望をお持ちですか。
若林豊:
直近で策定した10年計画では、「幸せの実現」という指針を掲げました。具体的な目標として売上高50億円規模を目指し、持続的な賃金アップを実現していきます。同時に、心理的安全性の高い環境づくりも進め、社員がやりがいを持って挑戦し続けられる風土に注力したいと考えています。将来的には、より気軽に住環境を変えられるような新規事業も構想中であり、人々の暮らしを豊かにする挑戦を続けていきたいです。
編集後記
大手ゼネコンで人の温かさに触れた経験を原点にした若林氏。危機的状況にあった家業を「社員の幸せ」を第一に考える組織へと変革した。その根底には、まず経営者が社員に対し「誠意を尽くす」という確固たる信念が息づいている。それにより信頼関係を築き、好循環を生み出してきたのだ。ライフラインという社会基盤を支える事業を誠実に続け、未来の住環境を見据えた新たな挑戦へと、すでに踏み出している。同社の今後の飛躍が楽しみだ。

若林豊/1982年大阪府生まれ、同志社大学法学部卒。2005年大成建設株式会社に入社し、2007年に若林設備工業株式会社に入社。2014年に同社専務取締役に就任。2019年に同社代表取締役社長に就任。