
建設業界が人手不足という構造的な課題に直面する中、企業の持続可能性が改めて問われている。特に、専門技術を要する電設業界(※1)では、人材の確保と育成が経営の根幹を揺るがす問題となっている。そんな中、創業90年という長きにわたり、大手化学メーカーをはじめとする顧客との強固な信頼関係を築いてきたのが、株式会社岡電気工業所だ。同社は、長年経営を率いてきた現会長の津田良氏から現社長の岡原伸司氏へとバトンが渡され、新体制のもとで次なる成長戦略を描く。90年の歴史を守りながら、業界全体の課題解決と持続可能な社会の実現に挑む、同社の挑戦の軌跡と未来への展望をうかがった。
(※1)電設業界:電気設備工事を専門とする業界。
90年の信頼を紡ぐ事業の根幹と新体制への思い
ーー貴社の事業内容と、強みについておうかがいできますか。
津田良:
弊社は創業から90年、工場の電気設備工事を主体に事業を展開してきました。創業者がもともと化学工場の設備担当として勤めていた縁で、創業以来90年間、日本を代表する化学メーカー様とパートナーとしてお付き合いがあります。現在では、お客様工場内に複数の社員が常駐し、設備の保全から新規工事、改造まで、電気に関するあらゆる業務をお任せいただいています。
弊社の主な顧客は、化学、薬品、食品といった業界の大手企業です。これらの業界は比較的景気の波に左右されにくいため、おかげさまで弊社も安定して事業を継続できています。
岡原伸司:
弊社の仕事は単に物を売るのではなく、ケーブルを敷設したり、配管を曲げたり、「人」が動くことで成り立つ商売です。特にコロナ禍では、世の中が「三密」を避ける動きにある中でも、現場を止めるわけにはいきませんでした。社員たちが感染対策に気を配りながら現場を守ってくれたからこそ、会社が存続できたと感謝しています。
ーー2024年に岡原氏が社長に就任されましたが、その経緯についてお聞かせください。
津田良:
以前から事業承継の話は出ていましたが、3年ほど前に私たち二人が相次いで大きな病気を患ったことで、その計画が遅れることになりました。当時はお互いに「あとを頼む」と冗談めかして言い合うほど切迫した状況で、まさに二人三脚で困難を乗り越えました。この経験があったからこそ、本格的に次代へバトンを渡すタイミングを考えるようになりました。
互いの弱みを補い強みへ変えるグループ経営の形
ーー貴社がホールディングスとしてグループ経営を進めている理由は何でしょうか。
津田良:
建設業界、特に弊社のような専門工事業界は、人手不足や後継者不在といった深刻な悩みを抱える企業が少なくありません。そのような状況下で、「弱い力でも集まったら強くなる」というのが、私たちのホールディングス構想の根幹にあるテーマです。
技術力はあっても、営業力や採用力がない。経営者が高齢化し、事業を続けたくても続けられない。そういった会社がお互いの弱みを補い、助け合うことで、より強固な経営基盤を築けるのではないかと考えました。岡電気工業所のスローガンでもある「輝く未来造り(ものづくり)を応援する」の言葉通り、モノづくりに携わるすべての人たちを応援するということを命題に、それぞれが培ってきた知識と経験を存分に生かしていただける環境を提供し、グループに関わるの全ての人々が輝き続けられる。そのような企業グループを目指しております。現在は電気工事だけでなく、プラントの組立工事会社やリフォームを手がける工務店などもグループに加わり、それぞれの強みを生かして事業を展開しています。
ーーホールディングス化は、社員のキャリアにどのような影響がありますか。
津田良:
会社の数を増やしていくということは、トップの数も増えることを意味します。現在はまだ構想段階ですが、意欲のある社員にグループ会社の社長を任せるなど、新たなポジションを創出していきたいと考えています。独立を目指す社員がいれば、グループ内で仕事を提供してバックアップすることも可能です。挑戦したいと手を挙げる社員が出てくれば、会社として全力で応援します。まだホールディングス化から日が浅く、十分に浸透していませんが、最初に誰かが手を挙げてくれれば、その波は必ず広がっていくと信じています。
企業の持続可能性を支える人材という経営基盤

ーー貴社では採用・育成についてどのようにお考えですか。
岡原伸司:
業界全体で人材不足は大きな課題です。人が定着しなければ技術も継承されない中、採用は弊社でも長年の課題であり、常に努力を続けています。最近では、年間休日を11日増やして124日にしたところ、応募数が目に見えて増えました。改めて、働きやすい環境を整えることが、優秀な人材を惹きつけるうえで不可欠だと痛感しています。
また、次世代の「仕事もプライベートも大切にしたい」という価値観を尊重し、従業員が働きやすいと思える環境づくりを進めています。報告書作成などの手間を省けるよう、現場管理ソフトを導入するなどDXも積極的に推進中です。
津田良:
最近は転職が当たり前という風潮ですが、「石の上にも三年」という言葉があるように、一つのことを粘り強く継続することでしか得られない力があると私は考えています。その価値を、面接や日々のコミュニケーションを通じて、次世代に伝えていくことも私たちの役目です。
ーー貴社の人事評価制度についてもお聞かせください。
岡原伸司:
以前は経営者の物差しで評価が決まる部分もありましたが、社員が納得し、自身の成長を実感できる「見える化」された評価制度の構築を進めています。
津田良:
具体的には、社員自身が立てた目標に対する自己評価と、上司からの評価をもとに、3か月に一度、必ず面談の機会を設けています。仕事の現場が各地に点在しているため、上司が部下の働きぶりを日常的に見ることが難しいのが実情です。だからこそ、こうした面談を通じて本人の思いや課題を丁寧にすくい上げ、次の成長につなげることが何より重要だと考えています。また、勤続年数や年齢に応じた評価軸を用意するなど、一人ひとりに寄り添った評価を心がけています。
独自技術で実現する未来の充電インフラ構築
ーー現在取り組まれている新規事業について教えてください。
津田良:
「電気屋として、未来の地球のために何ができるか」を突き詰めて考えた末にたどり着いたのが、EV充電器事業・EVステーション事業です。弊社では「クリーンエナジーラボ」というサービス名で展開しています。現在、電気自動車(EV)の普及が進まない大きな要因の一つが、充電インフラの不足、特に集合住宅での設置の難しさです。
そこで弊社は、既存のマンションにも手軽に導入できるEV充電器と、課金や電気代の回収などを一括管理できる専用アプリを開発しました。この仕組みを使えば、マンションのオーナーは手間なく充電器を設置でき、利用者はアプリ一つで手軽に充電・決済が可能になります。
ーーこの事業を通じて、どのような未来を描いていますか。
津田良:
私たちはこの事業を、ユーザー、オーナー、そして弊社のような電気工事会社の「三方よし」のモデルにしたいと考えています。通常、下請け、孫請けと仕事が流れる中で、末端の工事業者は厳しい価格交渉を強いられがちです。しかし、この仕組みを使えば、全国の電気工事会社がメーカーである弊社から直接商品を仕入れ、既存のマンションに直接提案、販売できるようになります。これにより、工事業者は適正な利益を確保でき、業界全体の活性化にもつながると信じています。
大阪・関西万博の駐車場に85台の充電器を無償で貸与し、アプリのダウンロード数が2000件を超えるなど、おかげさまで少しずつ実績も出てきました。「マンションだからといって電気自動車を諦めていませんか?」というメッセージを社会に届け、EVが当たり前になる社会のインフラを整えていきたいと考えています。
編集後記
創業90年という歴史がもたらす安定感と、未来を見据えた変革への強い意志。その両輪を力強く回そうとする津田会長と岡原社長の姿が印象的だった。「弱い力でも集まれば強くなる」という言葉は、単なる経営戦略ではない。業界全体で生き残り、共に未来をつくっていこうという共存共栄の信念そのものだ。老舗企業の挑戦が、業界の未来を明るく照らしてくれるに違いない。

津田良/1996年に株式会社岡電気工業所に入社し、経営に参画。代表取締役社長を経て、2024年より代表取締役会長に就任。また、株式会社エールホールディングスの代表取締役も兼任。
岡原伸司/2012年に株式会社岡電気工業所に入社。取締役、常務取締役を経て、2024年10月より取締役社長に就任。