
山口県に拠点を置く株式会社ジオパワーシステムは、地中の熱エネルギーを利用した独自の換気・空調システムを開発・提供する企業である。年間を通して温度が安定している深さ5m前後の「浅い地中熱」に着目し、汎用的な重機で施工できる画期的な工法を確立した。これにより、コストを抑えながら、省エネと健康的な室内環境の両立を実現している。住宅用で培ったノウハウを活かし、近年では工場の暑さ対策や公共施設など非住宅分野へも事業を拡大している。その独自性と将来性から注目を集める同社の代表取締役の橋本真成氏に、システムの革新性や今後の展望について話を聞いた。
健康と環境対策を両立する地中熱システムの着想
ーー事業を立ち上げられた経緯についてお聞かせください。
橋本真成:
もともと父が創業した工務店で、床下に石を敷き詰めて地中の熱を直接建物に伝える、独自の省エネ住宅を開発・販売していました。その頃、建材に含まれる化学物質が原因で健康被害が起こる「シックハウス症候群」が社会問題となり、建物の換気の重要性が強く叫ばれるようになったのです。そこで父は、地中熱という自然エネルギーを利用して換気ができれば、省エネと健康を両立できるのではないかと考えました。これが、地中熱を利用した換気システム開発のきっかけです。
ーー他にないシステムを広める上で、どのような取り組みをされましたか。
橋本真成:
「口で説明しても伝わらない」と考え、最初はとにかく体感していただくことに注力しました。自宅や祖父の家にもシステムを導入して実証データを集め、お客様に実際の住み心地を体感していただく場所を設けたのです。山口大学とも共同で研究し、エビデンスを揃えていきました。そして、このシステムを全国に広めるため、2001年に弊社を設立。私が専務に就任し、全国の各県で説明会を開催して協力店を募る全国行脚を始めました。
ーーその取り組みの中で、大きな転機となった出来事はありますか。
橋本真成:
設立当初は、世の中にないものだったのでなかなか理解されませんでした。しかし、導入されたお客様の声などから徐々に評価が広まっていきました。大きな転機となったのは、2005年の愛知万博です。山口県からの紹介で政府館への導入を提案したところ、正式に採用されました。これをきっかけに知名度が上がり、提携してくださる工務店も全国的に増えていきました。
浅層地中熱に特化した画期的なコスト最適化
ーー改めて、ジオパワーシステムの仕組みについてお聞かせください。
橋本真成:
弊社の近くに「秋芳洞」という大きな洞窟があるのですが、洞内は年間を通して17℃前後と安定しています。実は、地下5mより深い場所はこれと似た状態で、夏は涼しく冬は暖かい、安定した熱エネルギーの層が存在します。この「夏と冬と地面さえあればどこでも使える」自然エネルギーを、換気設備として誰もが簡単に利用できるようにしたのが、弊社のシステムです。木造や鉄骨造といった建物の構造を選ばず、換気設備が必要な建物であれば導入が可能です。
ーー他社の地中熱利用システムとの違いはどこにあるのでしょうか。
橋本真成:
従来の地中熱利用は、深い地層まで掘削する必要があるためコストが高く、温暖な地域が多い日本では費用対効果が見合わないのが一般的でした。そこで弊社は、比較的浅い地下5mから10m前後の熱を効率的に利用する手法を開発しました。施工を簡単にするために目を付けたのが、電柱を立てる際に使われる掘削機です。この汎用重機で掘れる深さと穴の大きさで、最も費用対効果が高くなるよう設備の設計を最適化しています。
また、弊社のシステムは、あくまで地中熱でまかなえる範囲で効率よくエネルギーを利用します。足りない分は既存の高効率なエアコンなどと組み合わせることを前提としています。無理に全てのエネルギーを地中熱で賄おうとすると、かえって費用対効果が悪化してしまうためです。自然エネルギーで4割、高効率機器で6割を担う形でも、大きな省エネ効果が期待できます。また、換気しながら室温を緩やかに調整するため、人間の体が自然に順応していくという利点もあります。
一般住宅から非住宅分野へ広がる事業拡大

ーー近年、特に注力されている分野はありますか。
橋本真成:
もともとは一般住宅用として開発しましたが、近年は工場や公共施設、事務所といった非住宅分野からの問い合わせが非常に増えています。特に工場の暑さ対策で注目されています。夏場の工場は非常に高温になりますが、一般的な移動式のスポットエアコンは涼しい風を出す一方で排熱もするため、結果的に室温を上げてしまうという課題がありました。私たちのシステムは、新鮮な外気を地中で冷やしてから室内に供給するため、工場内を暑くすることなく、換気と冷却を同時に行えるのが特長です。
ーー導入コストに対する効果はどのくらい見込めるのでしょうか。
橋本真成:
たとえば、工場のスポット空調として導入した場合、従来のスポットエアコンと比較して約6割の消費エネルギー削減が可能です。初期投資についても、国の補助金制度の認定を受けているため、活用すれば初年度からコストメリットを出すことも可能です。エネルギー価格が高騰し、温暖化が深刻化しています。そうした中で、エネルギーをなるべく使わずに暑さ対策を実現する手段として、弊社のシステムが貢献できると考えています。
ーー社会的な観点から、このシステムの重要性をどうお考えですか。
橋本真成:
温暖化対策には、温室効果ガスの排出を減らす「緩和」と、気候変動の影響に備える「適応」という二つの考え方があります。弊社のシステムは、省エネによって「緩和」に貢献すると同時に、猛暑といった環境でも快適に過ごせるようにすることで「適応」にもつながります。
また、人間の体は、急激な温度変化に対応しようとして体調を崩しやすい特性があります。そこで、地中熱による緩やかな温度調整を通じて、体が持つ自然な適応力を引き出し、エアコンの使用期間を短縮します。エネルギー消費を抑えながら、体にも負担をかけないというこの考え方は、これからの社会に不可欠なものになっていくはずです。
全国ネットワークを活かした新たな施工体制と今後の展望
ーー今後の事業展開について、どのような構想をお持ちですか。
橋本真成:
これまでは住宅を中心に、各地の工務店様とのネットワークで事業を展開してきました。しかし、非住宅案件の増加に伴い、新たな販路を持つパートナー様との連携を強化しています。たとえば、工場などに販路を持つ商社様や機械メーカー様と組み、営業はパートナー様にお願いし、実際の施工は全国の協力店ネットワークが担うという形です。リモートでの商談も可能になったことで、山口を拠点にしながら、より広く、強い連携体制を築けるようになりました。
ーーシステムそのものの今後の進化についてはいかがでしょうか。
橋本真成:
弊社のシステムは、部材と施工が合わさって初めて完成品となります。そのため、施工方法をさらに簡素化したり、関連機器の性能を高めたりといった技術開発を常に進めています。また、地中熱と他の熱源をどう効率よく組み合わせるか、熱をどう蓄えて効率よく使うかといった研究も継続しています。まだまだ活用されていない浅い地中熱のポテンシャルを最大限に引き出し、より多くの建物に標準的に導入されることを目指していきます。
編集後記
地中深くではなく、ごく身近な浅い地中に眠る未活用のエネルギー。ジオパワーシステムは、その熱を誰もが利用できるよう、電柱の掘削機という汎用技術に着目し、独自のシステムを構築した。そして、100%を自然エネルギーで賄う理想を追うのではなく、既存の技術と組み合わせることで費用対効果を高めるという現実的な思想が、普及への道を拓いている。温暖化への「緩和」と「適応」が同時に求められる現代において、同社の技術は企業の省エネ対策や労働環境改善の切り札となり得るだろう。

橋本真成/1971年生まれ。94年東光工業に入社。2001年ジオパワーシステム設立、専務取締役。08年に東光工業の代表取締役就任。同年から現職