
株式会社ヒューマンテクノシステムは、大手企業のインフラを支えるシステム開発で高い技術力を発揮する一方、「ボイスター」のように社会の課題解決に貢献する独自プロダクトも展開する。同社は、事業領域を問わず「仕事の本質は人である」という信念のもと、社員が主役となって力を発揮できる組織づくりを進めている。警視庁で24年勤務した後、家業に戻り、2024年に代表取締役社長に就任した菊池琢磨氏に、独自の強みと事業への思いを聞いた。
官公庁組織での勤務経験が導く人の本質を掴む姿勢
ーーこれまでのご経歴について、教えてください。
菊池琢磨:
私が就職したのは氷河期の真っ只中で、公務員試験も受ける中、新設された警視庁行政事務職採用試験になぜか運命的なものを感じ、受験し入庁しました。24年間在籍する中で、さまざまな仕事を経験しました。たとえば、8年間務めた鑑識課での業務は、亡くなった方から指紋を採取するなど、何人ものご遺体と向き合う日々でした。
キャリアの最後は総務部装備課で勤務し、ここでは警視庁が保有する約9,000台の車両のあらゆる整備契約業務を一任されていました。予算規模で10億円ほどを動かす仕事であり、現場とはまったく違う大きな規模の事務業務を経験できたことは、非常に貴重です。現場から大規模な事務まで、本当に幅広く携われたことに感謝しています。
ーー当時の経験で、現在の経営にも生きている学びはありますか。
菊池琢磨:
公務員からIT業界へとキャリアは変わりましたが、仕事の本質はまったく変わらないと実感しています。その学びとは、突き詰めれば「人」だということです。人に寄り添い、真剣に向き合うことの大切さは、どの仕事をしていても変わりません。むしろ、IT業界だからこそ、「人」という本質がより重要だと確信しています。
私たちのような中小のIT企業は、お客様先に常駐してプロジェクトに参画するケースが多くあります。そこではお客様のために、お客様の立場で仕事ができるかどうかが問われます。それはまさしく「人」の力であり、普遍的な真理ではないかと思います。
相互理解を深める発信の場づくりと交流促進
ーー貴社への入社経緯と、社長就任後に新たに取り組まれたことを教えてください。
菊池琢磨:
もともと父からは「いつ来るんだ」と誘われていました。しかし、警視庁での仕事で何も得ないまま転職するわけにはいかないと考えていました。そのため、「ここまでやった」という一つの区切りがつくまでは退職しないと決めていたのです。その考えのもと、50歳を目前にした頃、そのタイミングが来たと感じ、2020年に弊社に入社しました。入社後はまずプロダクト事業部の事業部長を務め、2024年に社長に就任しました。
社長としてまず取り組んだのは、月刊誌「致知」を使った読書会の復活です。コロナ禍で途絶えていたのですが、社員が集まって話をする場、発信する場をつくりたかったのです。社員一人ひとりに発信してもらうことで、「この人はこんなことを考えているのか」と相互理解を深めることが狙いです。読書会を復活させたことで、会社に明るさが出てきたと感じています。
会社は社長や幹部ではなく、社員が主役です。読書会のような場で意見を闊達に言えるようになれば、風通しも良くなるでしょう。読書会の後、社員同士が盛り上がっている姿を見ると、やってよかったと思います。
ーーほかにも社内の交流を促す取り組みはありますか。
菊池琢磨:
クラブ活動が盛んになりました。ゴルフやフットサル、脱出ゲーム、サッカー観戦など、さまざまなコミュニティが生まれています。普段の現場は別々で、あまり話したことがない社員同士もいますから、そうした社員が交流できる場として機能しています。
独自技術で解決を目指す社会課題への挑戦

ーー貴社の事業の柱や、その強みについて教えてください。
菊池琢磨:
事業の主幹となっているのは、電力会社やガス会社といった大手企業のシステム開発にプロジェクトの一員として常駐するシステム開発です。そのほか、金融機関向けの相続サポートシステムや、警察向けの物品管理システム、そして、音声合成ソフト「ボイスター」のような独自パッケージの開発・販売も行っています。
主幹であるシステム開発事業の強みは、技術力の高さだと自負しています。もともと弊社グループは金融系のシステム開発からスタートしましたが、現在はインフラ系にも強みを持っている点が特徴です。優秀な技術者が多く在籍しており、資格取得にも意欲的です。会社としても資格報奨金制度などでバックアップしており、たとえばPMP(※)の資格保有者も11名在籍しています。
(※)PMP(プロジェクトマネジメントプロフェッショナル):米国の非営利団体であるPMI(Project Management Institute)が認定する、プロジェクトマネジメントの専門知識とスキルを証明する国際資格。
ーー音声合成ソフト「ボイスター」は、どのようなソフトなのでしょうか。
菊池琢磨:
「ボイスター」は、あらかじめ収録したご本人の声から作成した音声データベースを使い、入力したテキストをご本人の声で読み上げる音声合成ソフトで、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や喉頭がんなどで声を失った方に、「第二の自分の声」として提供しています。
私たちは、声はその人のアイデンティティであり、かけがえのないものだと考えています。無料のソフトも世の中にはありますが、「ボイスター」が支持されている理由は、イントネーションなどを含めた「ご本人らしさ」をとことん追求している点です。専門スタッフがお客様のご自宅や病院へ直接うかがい、約1000ものテキストを読み上げて収録し、それを2カ月ほどかけて丁寧に仕上げます。ご本人だけでなく、ご家族などから「ぜひ本人の声で」と望まれるケースも多くあります。
ーーボイスター事業に対する社長の思いをお聞かせください。
菊池琢磨:
「ボイスター」は、障害のある方を助ける事業であり、今後も絶対になくしたくないと考えています。最近では、声を失う前の方だけでなく、脳血管障害や脳性麻痺などで発声が不明瞭な方の声を明瞭な音声に変換する「コノコエ」という新しいソフトも開発しました。これは国の支援も受けているプロジェクトです。
人間力と技術力を両輪とする会社発展の構想
ーー今後、会社をどのような姿にしていきたいですか。
菊池琢磨:
「いい会社」と言われるようにしたいです。何がいいかというと、やはり「人」の部分で、そこが魅力的だと言われる会社になれば、自ずと人も集まり、成長できると思っています。社員はいいものを持っているので、それをどう生かすかが重要です。
そのために、誰とでも仲良くなれるようなスクラム型の組織を目指しています。縦割りではなく、横のつながりを広げる仕組みを、これからもつくっていきます。最終的には、会社内だけでなく、ご家族や取引先、お客様など、つながりの輪をすべて広げていける会社にしていきたいです。
ーー最後に、貴社が求める人物像を教えていただけますか。
菊池琢磨:
大きく二つあります。一つ目は、やはりITに興味があり、その道で頑張りたいと思っている人です。アメリカではAIが仕事を代替し、大学院卒でも就職が難しいという話もありますが、日本のIT市場はむしろ拡大しています。金融システム一つとっても、すべてをAIが担うことはありません。むしろAIを統制する人間が必ず必要となり、新たなやりがいも出てくるはずです。ITやAIの将来に興味があり、自分がリードしたいという人には合っていると思います。
二つ目は、チャレンジすることが好きな人です。大企業と比べて、給与面で差があるかもしれません。ですが、だからこそ「これから一緒になって会社を伸ばせるかもしれない」という夢を共有し、一緒に成長していけるような、挑戦心のある方に来てほしいです。
編集後記
警視庁での24年とIT企業の経営。一見すると対極にあるキャリアだが、菊池氏の話をうかがうと、そこには「人」という一貫した軸がある。テクノロジーが進化しても、それを使うのも、つくるのも、その先にいるのも「人」である。社員が主役となってつながりを広げる同社の取り組みは、まさに「ヒューマンテクノシステム」という社名を体現している。技術力と人間力を両輪に、同社が描く未来に注目していきたい。

菊池琢磨/1971年神奈川県生まれ。東京大学卒業後、警視庁に入庁。2020年、実父が代表を務める株式会社ヒューマンテクノシステムに入社。2024年、同社代表取締役社長に就任。