
通院が困難な患者でも自宅で心臓リハビリを可能にする。そんな遠隔医療の実現を目指すのが株式会社リモハブだ。同社は2025年6月、開発する医療機器プログラムについて薬事承認(※1)を取得し、社会実装に向けた大きな一歩を踏み出した。循環器内科医としてのキャリアから一転、「日本の医療機器開発を盛り上げたい」との思いで起業した代表取締役CEOの谷口達典氏。医師であり経営者でもある同氏に、国産遠隔リハビリシステムの概要、医師目線を活かした開発の強み、そして将来展望について話を聞いた。
(※1)薬事承認:医薬品や医療機器が有効性、安全性、品質の基準を満たしているかを厚生労働大臣が審査し、製造・販売を認めること。
「日本の医療機器開発を盛り上げたい」と思い起業家へ
ーー医師から経営者へ転身された経緯をお聞かせください。
谷口達典:
もともと、経営者になりたいという思いや起業意欲は全くありませんでした。転機は、スタンフォード大学の「バイオデザイン」という医療機器開発の人材育成プログラムに参加し、開発プロセスを学んだことです。循環器内科医としてデバイスを使った治療に携わることが多かったことから、医療機器には興味がありましたが、日本で生まれた医療機器はあまり多くなりません。一方で、メイド・イン・ジャパンの安心感や信頼は医療機器にフィットするはずだという思いがありました。
そこから、日本でも医療機器開発ができるようにしたいと考えるようになりました。当時の日本には開発プロセスを一気通貫で知る人も、スタートアップが大企業にM&Aされるようなエコシステム(※2)も確立されていない状況でした。それなら自分で学び、一通り経験することで、日本の医療機器産業の発展に貢献したいという思いが強くなりました。
私はこれまで研究に携わってきましたが、医療機器を開発し患者さんに届けることも臨床に直結する非常に重要な仕事です。研究は、最終的に多くの人の命を救う力がありますが、医療機器開発は患者さんのQOL向上や予後改善に、より直接的に貢献できる点に大きな意義があると感じています。
(※2)エコシステム:ビジネスにおけるエコシステムとは、起業家がスタートアップを立ち上げ、ベンチャーキャピタルなどからの投資やインキュベーションを受けた後に、最終的に大企業にM&Aされ、その起業家がまた新たなスタートアップを立ち上げる循環のこと。
ーー経営者になられてから、苦労されたことはありますか。
谷口達典:
医療の知識だけを学んでいた状況から一転し、開発、ビジネスモデル、マネジメントなど、さまざまなことを知る必要が出てきました。そこは実務を通して学びながら進めてきました。個人的にはスタートアップが経験するような失敗はすべて踏んできてしまったのではないかと思っていますが、その都度なんとかリカバリーし、反省を学びに変えながら成長してくることができました。
悲願の薬事承認 在宅心臓リハビリを現実にするSaMD
ーー薬事承認を取得されたとのことですが、その際の心境はいかがでしたか。
谷口達典:
率直に嬉しかったです。弊社のビジネスは研究開発型で収益化までに時間がかかります。プロダクトがまだ世に出ていない中で、世に出すことに近づく大きなマイルストーンを達成できたことは大きな喜びでした。特に私たちが開発しているのはSaMD(※3)と呼ばれるものです。プログラムで患者さんを治療する機器はまだ多くないため、その一つをつくり上げられたことは大きかったと捉えています。
(※3)SaMD:「Software as a Medical Device」の略で、「医療機器プログラム」を意味し、医療を目的としたソフトウェアを指す。
ーー承認の決め手となった治験の内容について教えてください。
谷口達典:
今回の治験は「非劣性試験」と呼ばれるもので、従来の医療に対して効果が劣らないことを示す研究でした。具体的には、従来の「通院での心臓リハビリ」に対し、「弊社の機器を使った遠隔の心臓リハビリ」が、有効性や安全性の面で劣らないかを検証しました。この結果をもって、PMDA(※4)から承認をいただくことが叶いました。
(※4)PMDA(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency):独立行政法人医薬品医療機器総合機構。医薬品・医療機器・再生医療等製品の承認審査・安全対策・健康被害救済の3つの業務を行う組織。
ーー開発された、医療機器プログラムの概要をお聞かせください。
谷口達典:
弊社では、遠隔心臓リハビリを支援する医療機器プログラム「リモハブ CR U」を開発しました。ひと言でいうと、現在、通院で行われている心臓リハビリを、患者さんが在宅で遠隔で受けられるようにするシステムです。ご自宅に専用のエクササイズバイクを設置し、胸に心電図を計測するウェアラブルセンサーを装着してもらいます。運動時の生体情報がクラウド経由で医療機関に送られ、医療者はその情報をもとに患者さんの運動負荷や運動時間などを調節しながら指導できる仕組みです。
ーーこのシステムにはどのようなニーズがあるのでしょうか。
谷口達典:
心臓リハビリは週3回以上が推奨されていますが、高齢の患者さんや付き添うご家族にとって頻回の通院は大きな負担になります。また、医療者側にも「効果が高いのできちんと受けてもらいたい」というニーズがあります。こうした背景から、すでに多くの医療機関から導入に関して、高い関心をいただいています。
「すべての医療者のために」医師目線が貫かれたUX設計

ーー開発において大切にされているビジョンは何ですか。
谷口達典:
弊社のバリューは「全ての患者と全ての医療者のために。」というものです。「患者さんのために」というビジョンは医療業界ではよく聞かれますが、それだけでなく、医療を提供する側の医療者の働きやすさや、やりがいにつながることも大事にしています。
ーーご自身が医師である強みは、どのように製品に活かされていますか。
谷口達典:
私自身も医師であるため、臨床の医師は非常に忙しいと身を持って知っています。その中で、たとえばシステムの操作画面がわかりにくかったり使いにくいだけで、導入が見送られることもあります。医療者にとって、忙しい中でプラスアルファの作業が発生することは抵抗感につながります。それをできるだけ感じさせないオペレーションを作ること、つまり医療者と患者さんの体験(UX)を重視している点は、医師としての目線が活きている部分です。
保険適用と未来への投資求める人材とデータの応用
ーー今後、目指されていることについて教えてください。
谷口達典:
現在は、プログラムをより普及させるために、保険適用を目指して動いているところです。それと並行し、将来のことも考えていかなければなりません。遠隔心臓リハビリ事業がローンチされた後の、次の事業についても具体化する作業を進めています。
ーー事業拡大に向け、現在どのような人材を求めていますか。
谷口達典:
直近ではセールスのメンバーがまだ足りません。医療業界のセールスは特殊なため、製薬会社や医療機器メーカーなどでの経験がある方を歓迎します。また、デザイナーも採用したいと考えており、プロダクトや会社がどういうものかを正しくユーザーに伝えられるよう、ブランディングやコミュニケーション設計に力を入れていきたいです。
ーー事業で得られたデータを、今後はどのように応用されますか。
谷口達典:
次の事業に活用できる資産は、まず開発してきたプロダクト群です。また、医療機器開発を一通りやり遂げたノウハウも、弊社の強みといえます。特に、心疾患患者が自宅で定量的な負荷をかけた際の生体データは貴重です。このデータは、今後の治療をより個別化していく上で活用できる見込みです。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
谷口達典:
心臓リハビリは、必要と分かっていながら、日本全国でおそらく1%の患者さんも適切に実施できていないのが現状です。そうした患者さんたちが、もっときちんと良い医療を受けられるようにしていきたい。それに向け、弊社のシステムを、全国の患者さんにできるだけ早い形で届け、その課題解決に貢献できればと願っています。
編集後記
医師としての臨床経験から「日本の医療機器開発を盛り上げたい」という強い使命感を抱き、起業家へと転身した谷口氏。その挑戦が、薬事承認という形で結実した。単に患者の利便性を高めるだけでなく、自らの医師経験に基づき医療者の負担をも深く洞察したUX設計に、このシステムの真価が表れている。保険適用、そして蓄積されたデータの活用へ。在宅医療の質を飛躍的に高める可能性を秘めた国産プログラムの社会実装に、大いに期待したい。

谷口達典/1981年大阪府生まれ。2006年大阪大学医学部卒業後、循環器専門医として臨床・研究に従事。大学院在学中にスタンフォード大発の医療機器開発人材育成プログラムであるジャパン・バイオデザインに第一期フェローとして参加。同プログラム第一号となる株式会社リモハブを創業。遠隔心臓リハビリシステムの開発に取り組む。2022年、DTx領域では日本初となるM&Aによる事業売却を果たす。2025年、リハビリ領域の遠隔医療として国内初となる遠隔心リハを支援するための医療機器プログラムの薬事承認を取得。