
アドトラックを「モビリティ広告」として再定義し、新たな市場を切り拓くohpner株式会社。同社を率いるのは、広告業界で17年のキャリアを持つ土井健氏である。株式会社fluctや株式会社テレシーを急成長させた実績を持つ人物だ。常に業界の常識を疑い、ビジネスの勝機「オセロの角」を見極めて確実に押さえ、数々の成功を収めてきた。既存の経営者像とは一線を画す同氏に、これまでの軌跡と事業成功の秘訣、そして未来の展望を聞いた。
既存媒体の再定義から生まれる新たな事業機会
ーーこれまでのご経歴と、貴社を設立した経緯についてお聞かせください。
土井健:
広告業界で17年ほどビジネスに携わってきました。キャリアの原点は携帯電話の広告代理事業です。株式会社サイバードに3年勤めた後、現在の株式会社CARTA HOLDINGSに入社し、株式会社fluctへ出向。そこでインターネットメディアの収益最大化事業を推進し、2代目社長として売上を20億円超から114億円まで成長させました。
親会社の役員として上場企業の経営やM&Aを数多く経験した後、親会社が電通グループ傘下に入ったことを機にfluctの社長を退任。その後、電通とCARTA HOLDINGSの共同事業として株式会社テレシーを創業し、社長に就任しました。
ーーテレシーではどのような事業を手がけられたのでしょうか。
土井健:
テレビCMをインターネット広告のように提供する、運用型テレビCMの事業です。当時、ネット広告市場の過当競争が激しく、より大きな市場で戦いたいという思いがありました。また、電博と呼ばれる大手広告代理店においては、数千万から数億単位の広告予算を持つ顧客には、十分に対応しきれていないという実情がありました。その歪みを攻めて行くべく生まれたのがテレシーです。私自身がマーケティングを全て担当し、3期目で売上78億円まで伸ばしました。そして、ある程度会社の基盤が整ったタイミングで退任しました。
ーー現在のモビリティ広告事業を始められたきっかけは何だったのでしょうか。
土井健:
テレシー時代、さまざまなマーケティングにおける認知施策を試す中で、当時「アドトラック」と呼ばれていたトラック広告の反響が非常に大きかったことです。多くの経営者から連絡をいただき、これはまだ誰も気づいていないチャンスだと感じました。たとえば、高収入求人のトラックは、テレビCMに50億円を投じても獲得できないほどの認知度があります。媒体の力は証明されているのに、ナイトワークの広告が中心でした。この領域を整理し、上場企業でも安心して使えるようにすれば新たな市場が生まれるという仮説から、この事業の準備を始めました。
勝敗を決するビジネスの鍵は「オセロの角」

ーーモビリティ広告事業における、他社にはない強みは何ですか。
土井健:
製造・運用・販売の三つの要素を、高いレベルで一貫して実行できることです。たとえば、トラックを改造できる工場は国内にはほとんどなく、4トントラックを何十台も駐車できる広大な車庫の確保も容易ではありません。質の高い運転手の採用も課題です。それに加え、警察署や東京都への申請などコンプライアンスを遵守しようとすると、事業の難易度は非常に高くなります。また、弊社は代理店を介さず、大手クライアントとも全て直取引ですが、これを実現できる企業は多くありません。この三つを高いレベルで実行できるのは弊社だけであり、負けることはないと考えています。
ーー数々の事業を成功に導いた秘訣はどこにあるとお考えですか。
土井健:
常に「オセロの角を取る」ことを意識しています。ビジネスにおいても、その産業や事業における「オセロの角」は何かを考え、そこを確実に押さえることが重要です。たとえばテレシーの時は、後発でありながら競合に勝つため、まず比べられる存在になることを目指しました。オフライン広告を大量に出稿する空中戦と並行して、「運用型テレビCM」などのキーワードで検索した際に競合より上位表示されるよう、SEO対策に注力したのです。また、業界の市場調査を後発のテレシーが先に発表したり、競合より先に書籍を出版したりしたことも「オセロの角」を取る一手でした。
ーー今回のモビリティ広告事業における「オセロの角」は何だったのでしょうか。
土井健:
「アドトラック」という名称を「モビリティ広告」に変えたことです。この新しいコンセプトが、感度の高い経営者に響きました。また、私自身の存在も競争優位性になっています。「オフライン広告」と検索すれば、サジェストで私の名前が出てくるほど、この領域の第一人者として認知されていることが最大の強みです。
多くの人は完璧なプロダクトができてから売ろうとしますが、私はまずコンセプトを市場に提示します。そして、顧客のニーズを確かめてから開発するのです。顧客が本当に求めている本質を見極め、課題解決に直結する提案ができることが弊社の強みです。
ビックビジョンは不要 半径5メートルの幸せから始まる事業
ーー経営者として最も大切にしていることは何ですか。
土井健:
ビックビジョンや大志があるわけではありません。「自分とみんなが嬉しいことをする」をohpnerのフィロソフィーとしており、まずは半径5メートルの人を幸せにすることから始めます。大きなビジョンやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)は掲げていません。その時々で「これならいける」と思ったことに、関わる人たちが皆幸せになれる形で挑戦しているだけです。上場企業の役員時代は制約も多く、本来の自分らしさを発揮できていないと感じていました。もっと自由に羽ばたきたいという思いが今のスタイルにつながっています。
ーー今後の組織運営や事業規模については、どのようにお考えですか。
土井健:
これまで100億円規模の事業を2度つくってきましたが、正直大変でした。30億円規模までなら自分らしさを保ちながら楽しくできるとわかったので、まずは、その規模の事業を複数つくっていきたいです。組織を大きくしすぎると、マネジメントに追われて新しい事業を創る時間がなくなってしまいます。「小さなチームで大きな仕事」が今後のテーマです。
ーー今後、どのような人材と一緒に働きたいと考えていますか。
土井健:
専門性の高いプロフェッショナルな人材しか採用しない方針です。役員クラスの仕事ができるレベルの人材に、相応の報酬を支払います。もちろん、会社の文化や価値観に合うかどうかはさらに重要です。「Go Exciting(ワクワクする方を選べ)」「Be a Good Human(良い人でいよう)」「Ace It(期待を超えろ)」という三つのクレドに共感できることが条件です。たとえば「良い人であれ」というのは、飲食店で店員さんに横柄な態度をとらないといった、人としての基本的な姿勢も含みます。そして任された領域で、常に期待を2歩も3歩も超えてくるような人と働きたいです。
ーー優秀な方が貴社で働くことで、どのような経験を得られるのでしょうか。
土井健:
無から有を生み出す力を間近で学べることです。大企業で活躍している優秀な方でも、1→100はできても0→1を創る経験は少ないでしょう。両者は、例えるなら野球とサッカーくらい競技が違います。私はそれを何度も経験してきているので、事業が生まれる瞬間の悩みや葛藤、思考のプロセスまで全てを見せることができます。将来起業したい人にとっては、最高の学びの場になるはずです。
ーー最後に、今後の展望について改めてお聞かせください。
土井健:
大きなビジョンや長期的な計画はありません。1年前は今の状況は全く想像していませんでした。「これはいける」と感じ、関わる人たちが皆ハッピーになれるのであれば、何でも挑戦します。ビジョンを掲げなくても、目の前のことに真摯に取り組むことで道は拓ける、という新しい経営者の形を見せていきたいです。結果的にその市場において1位が獲れそうなら、獲りにいくだけです。
編集後記
幾多の事業を成功させてきた鋭い戦略眼と、周囲の人々の幸せを願う人間性。土井氏は、この二面的な魅力を併せ持つ。「オセロの角を取る」という独自の戦略論で、ビジネスの勝機を逃さず、常識を覆す価値を創造する。その一方、壮大なビジョンではなく「半径5メートルの幸せ」を起点に事業を展開するのだ。長期的な計画がなくとも、目の前の機会に真摯に向き合い道を拓くその姿は、予測不能な時代における新しいリーダー像を提示している。

土井健/株式会社fluctの2代目代表として売上20億円超から114億円まで成長させ、親会社の東証一部上場に貢献。株式会社VOYAGE GROUP執行役員、取締役を経て、株式会社テレシーの初代代表として、売上を3期で78億円まで拡大。2024年にohpner株式会社代表、モビリティサイネージ株式会社の会長に就任し、オフライン広告革命を推進している。2025年8月、株式会社ラジオ大阪に出資し、大株主の一社となり、社外取締役に就任。
■最新書著:『オフライン広告革命 GAFAのいない世界から広告を変えていく』
■YouTubeチャンネル:『土井健の雑談タイム』