
世界的なホームファニッシングカンパニー、イケア。スウェーデンにルーツを持つ同社は、洗練されたデザインと手頃な価格、そしてサステナビリティへの先進的な取り組みで世界中のファンを魅了し続けている。そのグローバル戦略において、日本市場は単なるアジアの一拠点ではなく、イノベーションを生み出す重要な「発信地」としての役割を担い始めている。
2021年、イケア・ジャパン株式会社の代表取締役社長に就任したペトラ・ファーレ氏は、25年以上にわたりイケアの幅広い事業領域にて経験を積んできたベテランリーダーだ。「日本に来ることは長年の夢だった」と語るファーレ氏。同氏はなぜ日本に惹かれ、日本市場にどんな可能性を見出しているのか。そして、「Life at home report」の幸福度調査で明らかになった日本の課題に対し、どのようなソリューションを提示するのか。組織を強くする独自の価値観と企業の強みとともに、余すところなく語ってもらった。
25年の軌跡と憧れの地である日本への挑戦
ーーまずは、これまでのご経歴をお聞かせください。
ペトラ・ファーレ:
私がイケアに入社したのは2000年のことで、今年で勤続25年目になりました。日本では一つの企業に長く勤めることは珍しくないかもしれませんが、欧州では比較的稀なことです。それでも私がイケアに在籍し続けているのは、常に新しい挑戦と学びの機会があったからです。
これまでに、店舗運営といった小売の最前線から、スウェーデンの本社機能、製品開発を行う「IKEA of Sweden」、そしてポーランドでのマネジメントなど、イケアの業務プロセスのほぼ全てに関わってきました。グローバルとローカルのそれぞれの視点でビジネスを捉える機会に恵まれたことは、私にとって大きな財産です。
そうして経験を積み、日本への赴任が決まったときは、「やった!」と飛び跳ねたいほど喜びました。日本に来ることは、私にとって長年の夢だったのです。個人的に、日本の文化や美意識、人々の優しさ、そして豊かな自然に強く惹かれていたこともありますが、経営者としての視点でも、日本市場は非常に魅力的だと感じていました。
ーー具体的に、日本市場のどのような点に惹かれたのでしょうか。
ペトラ・ファーレ:
日本は「ポテンシャル」と「ミステリー(神秘性)」が共存する、非常に興味深い市場です。まず、1億2000万人以上の人口と約6100万の世帯数という規模は、弊社が掲げる「この家が好き。」というブランドメッセージを届けるための巨大な可能性を秘めています。
そして何より興味深いのは、日本社会が持つ二面性です。古き良き伝統やアナログな文化を大切にする一方で、世界に先駆けて最新のテクノロジーを取り入れる柔軟さも持っています。たとえば、飲食店の券売機などに象徴される自動化のシステムは、欧州よりもはるかに生活に浸透しています。この土壌があるため、実はデジタル化を受け入れる素地は十分に整っているのです。過去と未来、アナログとデジタルが融合する日本でビジネスができることは、私にとって非常に刺激的な挑戦です。
世界の成功を左右する日本の品質要求水準
ーー現在の日本市場をどのように捉えていますか。
ペトラ・ファーレ:
中途半端なものは生き残れない、厳しい市場だと考えています。日本の消費者は、製品の品質や機能、デザインに対して非常に高い水準を求めており、世界的に見ても、これほど要求水準が高く、かつ探求心の旺盛な市場は稀でしょう。
しかし、だからこそ大きなチャンスがあると思っています。厳しい目を持つ日本の顧客に受け入れられる製品やサービスを開発できれば、それは世界中のどの市場でも通用する品質証明になるからです。日本市場は、私たちがグローバルで成功するための試金石であり、重要な開発拠点でもあるのです。
ーー日本発の取り組みが、グローバルに影響を与えた事例はあるのでしょうか。
ペトラ・ファーレ:
非常に良い事例として、ポップアップストアの展開が挙げられます。以前のイケアには、大規模なストア以外でポップアップストアを展開するという概念があまりありませんでした。しかし、日本のチームが「お客様が求めているのならやってみよう」と全国数カ所で実施したところ、予想を上回る反響をいただきました。
この成功事例はすぐにグローバルで共有され、ロンドンのオックスフォード・ストリートなど、他の主要都市でも同様の取り組みが始まりました。日本の消費者のニーズに応えるための工夫が、結果としてイケア全体の戦略をアップデートさせたのです。
組織を強くする「連帯感」と成長戦略「3本の道」

ーー社長就任後は、どのような取り組みに注力されてきましたか。
ペトラ・ファーレ:
イケアには既に強固なビジョンやビジネスアイデアが確立されていましたので、私が就任後も、それらをあえて刷新する必要はありませんでした。そこで私は、既存の戦略である「3本の道」を、より加速させて実行することに注力しました。
1つ目は「より手ごろに」。昨今の円安下においても、コスト上昇分を会社側で吸収し、価格の維持や引き下げを実行しました。2つ目は「より身近に」。商品受け取りセンターを2025年12月時点で618拠点まで拡大し、前橋、京都、横浜ベイクォーター、広島などで新規店舗をオープンし、お客様との接点を増やしました。そして3つ目は「よりサステナブルに」。ビジネスの成長と環境配慮を両立させる取り組みを行っています。これらを着実に実行してきた4年間です。
ーーそれらの取り組みを進める上で、組織として大切にしていることはありますか。
ペトラ・ファーレ:
イケアには「イケアバリュー」という8つの価値観があるのですが、私が特に伝えたいのが「Togetherness」、すなわち連帯感です。
日本語の「連帯感」や「協調性」というと、周囲に合わせて波風を立てない、同質性を重んじるといったニュアンスで捉えられがちかもしれません。しかし、イケアが大切にするスウェーデン流の「Togetherness」は少し異なります。
私たちは、一人ひとりが違う考えや背景を持っていることを多様性として歓迎します。意見が違うことは素晴らしいことであり、むしろ称賛されるべきです。異なる意見を出し合い、徹底的に議論する。そして一度方向性が決まったら、チーム一丸となって実行に向かう。このインクルージョン(※)を前提とした強い連帯感こそが、イノベーションを生み出す源泉だと信じています。トップダウンではなく、仲間全員が当事者意識を持って取り組む組織文化を、日本でもさらに深く浸透させていきたいです。
(※)インクルージョン:組織や社会において、多様な人々が互いの個性や能力を尊重しあい、誰もが受け入れられていると感じられる状態。
CSO(=チーフ・サステナビリティ・オフィサー)として挑む「環境と社会」への責任
ーー環境・社会課題への取り組みに関する考えをお聞かせください。
ペトラ・ファーレ:
サステナビリティへの取り組みは、「やったほうがいいこと」ではなく、「やらなければビジネスが成り立たないこと」です。私たちは世界最大級のホームファニッシングカンパニーとして、地球環境と社会に対して大きな責任を負っています。私たちのサステナビリティ戦略には、3つの柱があります。
1つ目は「Healthy & Sustainable Living(健康的でサステナブルな暮らし)」。お客様が家庭で無理なく環境に配慮した生活を送れるような製品やアイデアを提供することです。
2つ目は「Climate, nature & circularity(気候、自然、循環型社会)」。資源を循環させ、気候変動対策をリードすることです。日本では配送用トラックの100%EV化や、店舗運営におけるゼロエミッション化を推進しています。
3つ目は「Fair & Equal(公平性と平等性)」。ジェンダー平等や人権尊重を含め、誰もが公平に扱われる社会の実現です。
私がCSO(※)を兼務しているのは、これらの戦略を経営の中核に据え、最高責任者としてその実行にコミットする姿勢を明確にするためです。日本はサステナビリティへの取り組みにおいて、まだ伸びしろがあると感じており、社内外への理解浸透を加速させていきたいと考えています。
(※)CSO(Chief Sustainability Officer):サステナビリティ部門を統括する責任者。
ーー日本における現状と、イケアの役割についてどうお考えですか。
ペトラ・ファーレ:
残念ながら、サステナビリティやジェンダー平等に関するいくつかの指標において、日本が遅れをとっていることは事実です。しかし、だからこそイケアが率先してモデルケースを示す意義があると感じています。
たとえば、深刻な高齢化社会を迎える日本において、女性の労働参加やリーダーシップは「あれば望ましいもの」ではなく、社会を維持するための「必要不可欠な要素」です。私たちは家庭内での家事分担の平等や、職場でのジェンダー平等を推進することで、より公平な社会づくりに貢献したいと考えています。
また、サステナビリティに関しては、これを競争優位性だとは捉えていません。環境課題は一企業のみで解決できるものではないからです。政府や自治体、競合他社とも手を取り合い、社会全体で取り組むべきテーマとして、協調してアクションを起こしていきたいと考えています。
「よりよい家での暮らし」実現に向けた最大のミッション

ーー日本の住環境には、どのような課題があるとお考えですか。
ペトラ・ファーレ:
最大の課題は、家での暮らしに対してポジティブに感じている人が少ないという点です。私たちが世界各国で行っている「Life at Home Report」の調査によると、家での暮らしについて、満足だと感じている人の割合は、グローバル平均が61%であるのに対し、日本は43%という数字にとどまっています。
家は本来、外でのストレスから解放され、自分自身に戻れる神聖な場所であるはずです。それにもかかわらず、多くの人が家の中で十分な満足を感じられていない。この現実を変えていくことこそが、私たちの最大のミッションです。
具体的には、2025年9月から始まる新事業年度において「料理と食事」に焦点を当てた取り組みを推進しており、その強化の一環として、満足度を高める鍵となる食や料理のシーンに注目し、キッチンやダイニング、リビングルームを単なる作業場ではなく、コミュニケーションが生まれる楽しい場所に変える提案などを行っています。
ーー課題解決に向けたアプローチと、貴社独自の強みについて教えてください。
ペトラ・ファーレ:
私たちの提案を支える最大の強みは、独自の商品開発理念「デモクラティックデザイン」です。「美しいデザイン」「優れた機能性」「サステナビリティ」「高品質」「低価格」。この5つの要素すべてを兼ね備えた製品だけを世に送り出しています。特に日本では品質へのこだわりが強いため、これらを妥協なく追求することで、お客様が「この家が好き」と思える住環境づくりをサポートしたいと考えています。
また、私たちは単に家具を売るだけの会社ではありません。「より快適な毎日を、より多くの方々に」というビジョンのもと、社会や地球環境にポジティブな影響を与えるという強いパーパスがビジネスの根幹にあることこそが、他社にはない私たちの独自性だと考えています。
日本のビジネスパーソンへ贈るメッセージ
ーー最後に、日本のビジネスパーソンや読者に向けて、メッセージをお願いします。
ペトラ・ファーレ:
私からお伝えしたいメッセージは4つあります。
1つ目は「Happy to be home(この家が好き)」。世界で一番好きな場所が「自分の家」であってほしい。自分を偽らず、心から安らげる場所を大切にしてください。
2つ目は「Be Yourself(あなたらしく)」。みんなと同じである必要はありません。一人ひとりが違う個性を持っていることは素晴らしいことです。自分らしくあることを恐れず、ユニークな存在でいてください。
3つ目は「Enjoy Your Job(仕事を楽しもう)」。人生の多くを仕事に費やすからこそ、楽しむことが重要です。好きな仕事に就くのが理想ですが、今の仕事を好きになる努力をすることも大切です。情熱を持って取り組めば、自然と生産性も上がり、成果につながります。
そして4つ目は「Lead the Change(変化をリードしよう)」。もし現状に満足していないなら、誰かが変えてくれるのを待つのではなく、あなた自身が変化の起点になってください。自分が望む変化を、自ら体現する。一人ひとりがそうやって行動を起こせば、未来は必ず良い方向へ変わっていきます。私たちも変化を恐れず日本社会と共に成長し続けていきます。これからの私たちの挑戦に、ぜひ期待してください。
編集後記
イケア・ジャパンのリーダーが語る日本の評価には、深い洞察と愛情が溢れていた。ポテンシャルと神秘性が共存する特殊な市場において、要求水準の高い顧客の存在こそが成長の鍵であると語る。事業拡大と環境・社会への責任を両立させる「3本の道」は、持続可能な未来への強い意志の表れだ。「家での満足度43%」という衝撃的なデータに向き合い、住環境を変革しようとする姿勢は、単なる小売業の枠を超えている。今後、同社がどのような新しい「幸せの形」を提案してくれるのか、今後の展開が注目だ。

ペトラ・ファーレ/2000年にイケアへ入社。IKEA Services Group Retailのセールスディベロップメントマネジャー、イケア・ポーランドの副社長などを歴任。その後 Inter IKEA Group、IKEA of Swedenにて、ベッドルーム部門のグローバルビジネスエリアマネジャーとして、展開に関わるビジネス戦略の立案、製品開発などの責任者として活躍。2021年8月にイケア・ジャパン株式会社の代表取締役社長兼Chief Sustainability Officerに就任。