
統合型人事システムで人事領域のDXを推進するjinjer株式会社。同社は、人事労務、勤怠管理、給与計算といった人事業務を幅広くカバーする統合型人事システム「ジンジャー」を提供している。単なる業務統合にとどまらず、「正しい人事データ」を一元管理・活用できる基盤を構築し、人事業務の効率化と、経営・組織の意思決定の質とスピード向上を支援している。2025年、成長著しい企業のトップに就任したのが冨永健氏だ。数々の外資系IT企業を渡り歩いた冨永氏が、なぜ今、日本のスタートアップである同社を選んだのか。そのキャリアを貫く好奇心と、500名超の従業員と共に創り上げる未来の展望に迫る。
実力主義を求め外資系IT業界への挑戦
ーー社会人としての最初のキャリアは、どのように選ばれたのでしょうか。
冨永健:
大学生の頃、
日本の大企業には、長期的な育成を前提とした安定的なキャリア設計があると感じる一方で、自身の意思や挑戦をより短いサイクルで試せる環境にも身を置いてみたいと考えるようになりました。そうした中で、成果や役割が比較的明確に問われると聞いた外資系企業に魅力を感じ、志望しました。
ーー外資系の中でも、特にIT・インターネット分野に注目されたのはなぜですか。
冨永健:
その中でも特に将来性を感じたのは、間違いなくIT、特に「インターネット」の世界でした。学生時代、店舗設計のアルバイトで初めてMacに触れ、インターネットを使えば世界中の人と無料で話せるという事実に、文字通り雷に打たれたような衝撃を受けました。そして「これは地球の構造そのものを変えてしまう」と直感したのです。
その日からITの世界に夢中になり、インターネットサービスプロバイダや、当時最先端だったインターネットカフェでアルバイトするほどでした。そして、ITバブルでマイクロソフトやオラクルの株価が驚異的な角度で伸びていくのを目の当たりにし、私の直感は確信に変わります。「この大きなうねりの中心に行きたい」、そう強く思いました。
ーー最終的にシスコシステムズへの入社を決めた経緯をお聞かせください。
冨永健:
アルバイト先の友人と就職先について話していた時、彼から興味深い話を聞きました。大学の教授が「これから注目なのはシスコシステムズかサン・マイクロシステムズだ」と、重要なヒントをくれたと言うのです。すぐに調べてみると、両社の株価が驚異的な角度で伸びていることを知り、「この勢いに乗るしかない」と決意してシスコシステムズ株式会社(現・シスコシステムズ合同会社、以下、シスコ)に入社を決めた次第です。
好奇心を軸にしたキャリア 7割の経験と3割の挑戦
ーーシスコでは、どのようなご経験をされましたか。
冨永健:
シスコは、インターネットの通信インフラを物理的に構成する、まさに革命の中心にいた会社でした。当時、電話が主流だった通信業界のビジネスを、インターネットという新しい技術で文字通りすべて置き換えてしまったのです。巨大な産業が置き換わる革命を仕掛ける側として経験したからこそ、次の変化にも敏感でした。インターネットの次に出会ったのが「クラウド」です。インターネットが社会構造を変えたときと同様の大きな潮流をクラウドでも感じました。その中でもアマゾンウェブサービス株式会社(以下、AWS)は次の時代を切り開く存在であると直感し、AWSへの転職を決意しました。
ーーキャリアを選択する上で一貫して大切にされている考えはありますか。
冨永健:
社長になりたいと考えたことは一度もなく、常に「楽しそうか」という好奇心が私の判断軸です。AWSへ移った当時も、周囲からは「当時は小売業と分類されていたAmazonの一事業に過ぎない部門へ、なぜ?」と訝しがられましたが、私の目にはクラウド革命が非常に面白く映りました。
ただし、全くの未経験分野に飛び込むわけではありません。自身の経験が7割は活かせ、残りの3割に新たな挑戦の余地がある。これまで経験のないことに挑戦し、それを成し遂げた先にどのような景色が広がるのかという好奇心が、最終的な決め手となりました。
人事業務の非効率解消とプロダクトの進化

ーー貴社の事業内容と、その最大の強みを教えていただけますか。
冨永健:
jinjerは、企業の人事部門が使うシステムをクラウドで提供するHRテックの会社です。私たちのサービス「ジンジャー」の最大の強みは、勤怠管理、給与計算、人事労務、タレントマネジメントといった機能を、一つのデータベースですべて提供している点です。システムがバラバラだと、データの連携作業や登録漏れが起きるなど非効率です。しかし「ジンジャー」は、一度情報を登録すればすべての機能に反映されます。そのため、原理的にそうした人為的ミスは起こり得ません。
ーー今後、プロダクトはどのように進化していくのでしょうか。
冨永健:
これからはAIの活用が鍵になります。たとえば、従業員の住所変更のような簡単な手続きは、人間を介さずにAIが自動で処理できるようになるでしょう。データベースが一つであれば、住所変更に伴う通勤費の変更までAIが提案できます。
また、たとえば勤怠データと評価データを組み合わせることで、優秀な人材の離職予兆を検知することも可能です。今までよりも出勤時間が遅くなっている、評価は高いのに給与が同期より低い、といった複数の人事情報をAIが分析し、人事担当者だけでは気づけなかった懸念点を知らせてくれるようになります。
全従業員の思いを紡いだビジョンで「誇らしく思える会社」へ
ーー数ある選択肢の中から代表に就任された決め手は何でしたか。
冨永健:
外資系企業の日本法人トップは経験しましたが、日本企業で、しかも新卒の従業員がたくさんいる会社の経営は未経験でした。技術開発部門を自社で抱えるのも初めてです。これまで経験のないことに挑戦し、それを成し遂げた先にどのような景色が広がるのか。その好奇心が、最終的な決め手となりました。
ーー経営の軸となるビジョンはどのようにして生まれたのでしょうか。
冨永健:
jinjerのビジョンは「『ひと』の可能性のすべてが見える世界へ」、ミッションは「人事の『これからの当たり前』をつくり、お客様とともに進化する」です。これらは、500名超の従業員がチームで議論を重ね、紡ぎ合わせてできた言葉です。だからこそ、お客様に提案する際も、まずこのビジョンをお伝えします。この考え方に共感してくださる会社と、私たちは一緒に成長していきたいのです。
ーーこれからどのような会社にしていきたいですか。
冨永健:
従業員一人ひとりが「jinjerで働いている」と胸を張れる会社、社会から尊敬される会社にしたいと考えています。そして、従業員にとってjinjerで働いていたことが個人のキャリアにおいて大きな価値となる、そんな存在を目指しています。そのための手段として事業規模の拡大は必要かもしれません。しかし、最も大切なのは、従業員が輝き、楽しく働けることです。全員でその目標に向かって進んでいきたいです。
編集後記
インターネット黎明期からクラウド革命まで、常に時代の変化を最前線で創り出してきた冨永氏。これまでの経験で培われた鋭い視点と、未知への挑戦を楽しむ純粋な好奇心。そして何より、500名超の従業員と共に作り上げたビジョンを心から信じ、語る姿。その情熱と従業員の思いが一体となり、変革は加速する。同社が目指す「『ひと』の可能性のすべてが見える世界へ」が実現される時、私たちの働き方は根底から変わるのかもしれない。

冨永健/1998年日本大学法学部卒業後、シスコシステムズ合同会社に入社。アマゾンウェブサービス株式会社やデル・テクノロジーズ株式会社を経て、2021年にカスタマーサービスソフトの株式会社Zendeskの社長に就任。2025年5月からjinjer株式会社の代表取締役社長 CEOに就任。慶応大大学院修了。