
ふるさと納税の仕組みを活用し、子どもの格差解消に挑むネッスー株式会社。同社が展開する「こどもふるさと便」は、寄付者が返礼品を通常通りに受け取りながら、自身の税金の使い道を「どの地域の、どんな困難を抱える子どもたちに、何を届けるか」まで具体的に指定できる画期的なサービスである。幼少期の原体験から「生まれた環境による格差をなくしたい」と強く志した代表取締役の木戸優起氏。法務官僚の夢、大手広告代理店への挑戦、商社や戦略コンサルでの修業を経て、社会課題を事業で解決する道を選んだ同氏に、創業の原点から事業の独自性、そして支援の循環が生まれる未来への展望を聞いた。
子どもの格差解消を目指す起業への道
ーーまずは、キャリアの原点をお聞かせいただけますか。
木戸優起:
きっかけは、小学3年生の頃に難病の子どもたちと触れ合う機会があったことです。そこで、生まれた環境によって人生が大きく変わってしまう現実を目の当たりにし、残酷な差が生じることに強い問題意識を抱きました。医者ではない私に、病気そのものはどうすることもできません。しかし、環境面の問題で生じるような社会的な格差は解消できるはずだと考え、生まれた環境の違いによる格差がない社会をつくることに関わりたいと強く思うようになりました。
ーー起業へ至るまでに、どのようなキャリアを歩まれましたか。
木戸優起:
小さいころは、法律というルールをつくることで社会を良くしようと法務省の事務次官を志しましたが、その道は叶いませんでした。そこで、法的な強制力ではなく、人々の意識に働きかける広告の力に着目し、公益社団法人ACジャパンの仕事を志望しました。しかし、OB訪問で出会った広告代理店の方から「君のやりたいことは、クライアントワークでは実現できない。自らが事業者になるしかない」と諭されたのです。これが大きな転機となり、具体的な目標として起業を意識し始めました。
とはいえ、当時の私には経験がありません。まずはビジネスのつくり方を学ぶために商社へ入社し、その後、より高いレベルでの経営や投資の知識を身につける必要があると感じ、コンサルティングファームへ移りました。
ーーそこから、実際に創業を決意したきっかけは何だったのでしょうか。
木戸優起:
コンサルティングファーム在籍中に、フードバンク(※)のNPO活動や子ども支援財団の立ち上げに関わったことが大きな転機となりました。現場での活動を通じて、学習支援などを行う以前に、まずは「食」が満たされていなければ何も始まらないという現実を痛感したのです。
折しもコロナ禍で、医療や生活インフラなど、社会の基盤を支える仕事に就かれているご家庭にしわ寄せがいき、格差が急速に拡大していました。しかし、それは同時に、社会全体の関心が「子どもの貧困」に向き始めたタイミングでもありました。「多くの人が課題を認識している今こそ、共感を集めて事業を始めるチャンスだ」と確信し、2022年の創業に至りました。
(※)フードバンク:食に乏しい人の支援と、まだ食べられるにもかかわらず様々な理由で廃棄される「食品ロス」の削減を目的に、食品メーカーや小売店から寄贈された食品を、支援を必要とする個人や団体に無償で提供する活動。
ふるさと納税の新たな形「こどもふるさと便」

ーー主力事業である「こどもふるさと便」の仕組みを教えてください。
木戸優起:
「こどもふるさと便」は、ふるさと納税の仕組みを活用して子どもたちを支援する事業です。ご自身の寄付金が、様々な困難を抱える子どもたちへの食の提供や体験機会の創出といった、具体的な支援に直接使われるのが特徴です。寄付金の使い道が明確で、自分の意思を反映させられる仕組みになっています。
最大の特徴は、寄付者が返礼品を受け取ることができ、寄付額も他のサイトと同じでありながら、子ども支援に直接参加できる点です。多くのふるさと納税サイトでは、寄付金の使い道は「子育て支援」のように領域が指定できる程度で、具体的に何に使われたかまでは分かりません。「こどもふるさと便」では、「どんな子どもに、何を届けるか」までを寄付者自身が選べます。寄付した自治体の特産品が、地域もしくは連携しているこども支援団体に、自らの選択によって届けられます。この具体性と透明性の高さが、他にはない価値だと考えています。
ーーサービスを広めるうえで、どのような難しさがありますか。
木戸優起:
寄付をしてくださる方は、他のふるさと納税サイトと同様に地域の特産品を返礼品として受け取ることができます。しかし、仕組みが少し複雑なため、正しく理解していただくのに工夫が必要です。たとえば、「自分が選んだ返礼品が自分のもとに届かない」という誤解が生まれやすいようです。そのため、返礼品は寄付者自身が受け取れること、寄付額も変わらないこと、その上で子ども支援ができるという点を丁寧にお伝えするようにしています。「通常のふるさと納税と返礼品は変わらずに、子ども支援もできる」というメッセージを軸に、コミュニケーションを現在も試行錯誤しているところです。
「利他の心」を持つ仲間と100年続くインフラへ
ーー今後、どのような方と一緒に働きたいと考えていますか。
木戸優起:
まず大前提として、「子どもの格差」という社会課題に問題意識を持っていることが重要です。そのうえで、私たちが特に大切にしているのは、スキルや経験以上に、自分のことよりも他人のことを優先できるという「利他の心」です。
私たちの仕事は、顔も知らない子どもたちのために、時に困難な課題へ向き合うことがあります。コスパのよい仕事は他にもあるかもしれませんが、それでも課題解決のために働きたいと思ってくれるような、人のことを優先できる方と仲間になりたいと考えています。そのため、「他の人のために」という気持ちで動けるタイプの人が、私たちの会社には合うかと感じます。
気持ちの持ち方や社風にマッチするかを何よりも重視しているので採用は慎重ですが、その分、本当に同じ志を持つ仲間が集まり、社内の雰囲気はとても良いです。会社の成長をともに願い、社会を良くしようという思いを持つ方に来ていただきたいです。
ーー最後に、この先どのような未来を実現していきたいですか。
木戸優起:
私たちが目指すのは、支援の循環が生まれる社会です。たとえば、10年後、私たちが支援した子どもたちが大人になった時、「あの時の支援があったから今の自分がある」と感じ、今度は自らが誰かを支援する側に回る。そのような「善意の循環」を生み出すことができれば、これほどうれしいことはありません。事業の成果は子どもたちの成長とともに現れるので時間はかかりますが、長い目で見て、そうした変化のきっかけをつくりたいです。
もちろん、「子どもの格差」そのものが解消されて私たちの会社が必要なくなる社会になれば、それが究極の理想です。しかし、社会課題は時代と共に変化し、なくなることはないでしょう。そのため私たちは、特定の事業に固執するのではなく、その時々の社会課題を解決する事業を生み出し続ける「社会事業創造カンパニー」でありたいと考えています。社会の変化に適応しながら、100年先も必要とされるインフラのような存在になることが目標です。
編集後記
幼少期の原体験から生まれた「子どもの格差をなくしたい」という木戸氏の一貫した強い思い。そのキャリアは、それを実現するための軌跡そのものだ。同氏がたどり着いたのは、既存のふるさと納税という仕組みに「寄付者の意思」を乗せること。これにより、誰もが無理なく社会課題解決に参加できる「こどもふるさと便」という革新的なモデルを創出した。そして、支援を受けた子どもがいつか支援する側へ回るという「善意の循環」を生み出すという壮大なビジョンを掲げる。社会に不可欠なインフラを創造しようとする挑戦は、これからの未来を明るく照らすだろう。

木戸優起/1985年和歌山県生まれ。幼少時にこどもの難病をきっかけに、こどもの機会格差に課題感をもつ。慶應義塾大学法学部卒業後、日本紙パルプ商事にて、広報、営業、新規事業開発を経験。その後、ドリームインキュベータにて、企業やPEファンドに対する戦略コンサルティングやベンチャー投資に従事。2022年から、非営利団体でフードバンク事業に携わり、同年6月に当社を創業。作家として絵本「ふたりのももたろう」も出版。