※本ページ内の情報は2026年1月時点のものです。

本田技研工業株式会社の新事業創出プログラム「IGNITION」発のカーブアウトベンチャーである株式会社ストリーモ。同社はユーザーの安心感を第一とした新たな移動体験を提供する電動マイクロモビリティー「Striemo(ストリーモ)」(以下、ストリーモ)を開発・製造・販売している。今回、本田技術研究所のエンジニアとして第一線で活躍し続けながらも、「技術で世界を変えたい」という強い使命感から起業した代表取締役の森庸太朗氏に、開発の裏側や独自の信念、そして描く未来について話をうかがった。

レースの世界から日常のものづくりへ「世界を変える」決断

ーーまず、貴社を起業された経緯をお聞かせいただけますか。

森庸太朗:
もともと株式会社本田技術研究所で二輪から四輪まで幅広い乗り物の開発に携わっていました。中でも長く担当したオフロードレース車の開発では、ダカール・ラリーの開発を主導するなど、エンジニアとして非常に充実した経験を積みました。

しかし、レースの世界で速さを追求する中で、ふと「これは本当に世の中を変えているのだろうか」という葛藤が生まれたのです。そして、かつてのスーパーカブのように、万人の生活に寄り添い、日々の暮らしを豊かにするものづくりがしたいという思いが強くなりました。

転機となったのは、社内の新規事業プロジェクトでインドなどのスタートアップ現場を視察したことです。乗り物があることによって生活に変化が起こっている光景を目の当たりにし、「自分の技術はここで活かすべきだ」と確信を得ました。

そこからは、会社の業務外の時間を活用し、自ら部品を買い集め、自宅のガレージで溶接して試作車をつくる日々が始まりました。試行錯誤の末に、二輪車の軽快さと四輪車の安定性を融合させた、全く新しい機構を持つ試作車が誕生しました。歩くような速度でもふらつかず、自分の手足のように扱える機体に乗った瞬間、「これなら世の中を変えられる」という自信を抱きました。

その後、「この技術を絶対に世に出さなければ」という使命感に突き動かされ、新事業創出プログラム「IGNITION」に応募し、独立を決意しました。

ーー創業期はどのような苦労がありましたか。

森庸太朗:
製造パートナーの確保と資金集めには苦労しました。まだ世の中にない製品ですから、図面だけではその価値を理解してもらうのは難しい状況だったためです。しかし、試作車があったので、実際にそれを見せて「乗ってください」と試作車を体感してもらうことで、「これは今までとは違う世界がありそうだ」と共感を得ました。

また、ユーザーテストの場所確保にも苦労しました。創業当初はコロナ禍だったので、人を集めるのも場所を借りるのも一苦労だったのです。最終的にはプールの跡地を借りて、水が抜かれたプールの底に車両を下ろし、家族や友人に頼んで走ってもらい、感想を集めました。こうした地道な積み重ねが、製品への確信と協力者の獲得につながりました。

物理学に基づいて実現した「安心」という価値

ーー貴社の事業内容について教えてください。

森庸太朗:
弊社は「ストリーモ」という、新世代の電動マイクロモビリティを開発・販売しています。外見はキックボードのように見られがちですが、前側は二輪車の原理、後ろ側は四輪車の原理で走る独自の構造を持っています。これにより、歩くような極低速でもふらつくことなく安定し、停止時には足を着かずに自立することが可能です。歩行領域から自転車領域までをカバーする、全く新しいカテゴリーの乗り物を提供しています。

ーー貴社独自の強みはどこにあるとお考えでしょうか。

森庸太朗:
最大の強みは、理論と物理に基づいた設計による、圧倒的な安定性と信頼性です。一見すると面白い動きをする乗り物は世の中に多くありますが、私たちは「物理の壁」を超えない範囲で、着実に設計を行っています。また、人の感覚に寄り添った操縦性を実現しました。

自転車が発明されて約200年、基本的な構造は変わっていませんでした。「ストリーモ」は、「人と親和性の高い新しい走りの原理」を用いた新しい乗り物です。これにより、単なる移動手段としてではなく、全く新しい走りの原理を提案しています。単なる移動手段としてだけでなく、移動そのものを楽しむ体験価値を提供できている点も強みだと自負しています。

ーー「ストリーモ」の開発において、最も重視されたポイントは何でしょうか。

森庸太朗:
最も重視したのは「安心・安全」です。これは移動における当たり前の前提ですが、「ストリーモ」はその点を徹底的に追求しました。具体的には、特許技術である「バランスアシストシステム」を搭載しており、極低速から停止時まで圧倒的な安定性を実現しています。

従来の二輪車などでは、速度を出さないと安定せず、常にバランスを取ることに神経を使う必要がありました。その点、「ストリーモ」はこのストレスから解放され、周囲の景色や会話を楽しむ余裕が生まれます。人と乗り物の親和性を高めることで、幅広い年齢層の方に乗っていただける「安心・安全」という価値を届けています。

新カテゴリーの乗り物をつくる組織と未来への展望

ーー今後の成長戦略とビジョンをお聞かせください。

森庸太朗:
最近、「よく見る、あれ」と言われることがあるのですが、他のキックボードと混同されている可能性があります。今後はそうではなく、「あれ、『ストリーモ』だよね」と固有名詞で呼んでいただけるような認知を目指しています。

そのために、全国で約100店舗の対面販売網を構築し、地域密着型の自動車ディーラー様との連携も強化しています。連携することで、単にインターネットで売るだけでなく、管理やメンテナンスまでしっかりと提供し、お客様に「長く乗れる安心」をお届けする体制を整えていきます。また、よりカジュアルに乗れるモデルの展開やレンタル事業、新しい用途や取引先の開拓にも注力していきます。

そして将来的には、日本発のモビリティとして世界への普及を目指し、グローバル展開も推進していきます。現在はどのように展開するのがベストなのか、模索している最中です。

ーー採用、人材育成、組織づくりについて、どのようにお考えでしょうか。

森庸太朗:
採用の面では、今後は拡大する販売部門やマーケティング部門をさらに強化していく方針です。そのため、「乗り物好き」であることは嬉しい要素ですし、自社製品を心から好きになり、自分の言葉でその魅力を語れる人と一緒に働きたいです。

創業初期は、製品そのものが人を引き寄せてくれました。ある社員は、Hondaの二輪車販売事業者出身なのですが、「ストリーモ」を見て「これは世の中に広げなければならない」と直感し、翌日には応募してくれました。こうした熱量を持ったメンバーが集まっていることが、私たちの大きな財産です。日本発の新しい乗り物を世界に広げていく。その挑戦を楽しめる方と共に成長していきたいです。

組織としては、スタートアップならではのスピード感を重視しています。指示を待つのではなく、自ら考え行動する組織を構築したいと考えています。建設的な議論を通じて目標を定め、スピーディーに実行できるチームをつくっていきたいです。

編集後記

元エンジニアである森氏の言葉には、長年技術を磨き上げてきたエンジニアとしての矜持と、製品に対する絶対的な自信が宿っていた。自宅のガレージから開発がスタートした「ストリーモ」は今、人々の移動を支える新たなインフラとなろうとしている。「安心という土台の上で、初めて楽しさが生まれる」という同氏の信念は、効率性ばかりが重視されがちな現代の移動に、人間らしい豊かさを取り戻す鍵になるかもしれない。日本発のモビリティが世界の景色を変える日は、そう遠くないだろう。

森庸太朗/1980年東京生まれ。東京工業大学理工学研究科制御システム工学専攻修了、博士(工学)。在学中、「IEEE ICRA SERVICE ROBOTICS AWARD」などを受賞。本田技術研究所で二輪車の研究開発に従事し、世界初技術の量産化で社長賞を2度受賞。ダカール・ラリー参戦車の開発を主導しデビューウィンを達成。自立二輪・三輪車両の研究、新規事業開発、本社経営企画を経て、2021年に株式会社ストリーモを設立。